第11話 収穫祭
一年余の時間が流れ、季節は秋になった。
木々の葉の色は爽やかな緑から、鮮やかな赤や黄に変わった。
今日はブラックウッド領都で初めての収穫祭が行われる。
ブラックウッド領が拓かれてから三年半余り、状況は日々変化し、皆目が回るように忙しく、祭りを開こうなどと考える暇もなかった。
ステラとギルバートも夫婦になって以来、春の社交シーズンにも王都へ行けていない。
やることはまだ山積みだが、今年は少し落ち着き、収穫を祝うくらいの余裕はあるのだった。
領都以外でも祭りがひらけるよう、備蓄が豊富な領都や町から、小さな村々へも事前に食料を回している。
ステラたちがウーリーから呼んだ職人たちとブラックウッドの改革を始めてから二年半ほど。
蒔いた種は大きな実を結んでいた。
新しい肥料については、すでに領全体へ導入している。
麦や野菜など、作物の収穫量は三割ほど増し、味も従来のものと比べ良くなっていると評判だ。
来年以降、肥料をそれぞれの町や村で作るかどうか、代表者を集めて意見を聞いたが、まだしばらくは領都で集中的に作ったものを回すことに決まった。
その代わり、町や村が肥料の素材となる骨や豆を、領都で使う分も含め提供することになった。
将来的には職人たちを派遣して作り方を伝え、それぞれで用意できるようにしたい。
また、来年からは国とアッシュバーン領にも肥料を販売することになっている。
国全体の繁栄を思えばすぐにでも製造方法を公開すべきであるが、そんなお人好しではこの領が国や他領の食い物になってしまう。
少なくとも、これまでにかけてきた費用や労力、時間を回収できるよう立ち回る必要があった。
国が新しい肥料を試し、その有効性を認めるのに三年から五年はかかるとして、その後は製造方法を開示してほしいと頼みという体の命令がくるだろう。
そのころにはブラックウッド、もしくはウーリー産の新しい肥料を使っている領だけ、畑の大きさに比べて収穫量が異常に多いという情報は国中に広まっているはずだ。
それまでになるべく量を作って高値で売りたいが、他領からは作り方を盗もうとたくさんの間諜が紛れてくるだろう。
そのタイミングで製造方法を国に奏上し、報償をせしめるというのが現実的だろうか。
やり方や時期はウーリー側とも相談し、足並みを揃える必要がある。
酒造りについては順調に量産が進んでおり、各所の酒蔵にはずらりと樽が並んでいる。
アッシュバーンを始め、噂を聞いた他貴族や試供品を送った王家からも注文が殺到しており、職人たちはうれしい悲鳴を上げている。
その中でもガラス造りの職人たちに協力してもらい、無色透明なガラス瓶に入った琥珀色の蒸留酒と、美しいカットが入ったガラスグラスのペアセットは貴族の贈答用にバカ売れしていた。
今後は蒸留酒だけでなく、エールのように食事と一緒にごくごく飲めるものや、ワインのように甘みや香りを楽しめるものも改良していきたい。
こちらも製法を狙う輩がそのうちやってくるだろうが、酒精を高めるには特別な蒸留器具が必要になるため、しばらくは時間が稼げるだろう。
その間にブラックウッドの酒の知名度をさらに高める計画だ。
ガラス造りについては、国全体で徐々に眼鏡が流行ってきている。
フレーム部分を細くしたお洒落なもの。
運動してもずれないもの。
目の検査をした上での特注品。
他にはガラスの食器やアクセサリーなども作成。
公爵家からはシャンデリアの注文も入った。
ガラス製品はまだまだ高価であるが、小さな置物などは比較的安価で平民にも人気なのだそうだ。
ステラは領内の引退した鍛冶職人たちにも声をかけ、希望者は現役に復帰して手伝ってもらった
鎚を振るうわけではないが、炉で火を扱う部分は共通しておりすぐに慣れてくれた。
望遠鏡については国軍から大量購入の要請があったが、他国に気取られる前に配備を終わらせたいという意図もあり、数人の職人が王都へ出向くことになった。
高級な馬車に乗せられ、軍の護衛に囲まれながら領都を発った彼らは、まるで売られていく子牛のような目をしていた。
申し訳なくも思うが、待遇については決して粗末にしないよう頼んである。
賓客扱いとまではいかないだろうが、望遠鏡の作成を指導しながら、軍が所有する施設で良い生活ができるだろう。
帰ってきたら特別手当も奮発するつもりだ。
外から呼び込み急激に増えた入植者たちは、それまで住んでいた既存の領民たちと初めはトラブルを起こした。
しかし、支援されながらであるが、それでも過酷な開拓村での生活に耐え、次々と土地を拓いて畑や牧草地を広げていった。
そんな様子を見て、既存の領民たちは徐々に彼らを仲間として迎えるようになってきている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
領都の収穫祭には近隣の町や村からも多くの領民が集まった。
今日のブラックウッド領主邸は最低限の使用人や警備だけ残し、総出で祭りの手伝いに出払っている。
表通りや中央広場には多くの露店が出店し、人々の喧騒で賑わった。
「――というわけで、今年はこのブラックウッドで初めての収穫祭を開催することができた。
神の祝福と皆の頑張りのおかげである。
豊かな恵みに感謝を。来年の豊穣を願って。
今日は存分に楽しんでくれ。乾杯!」
ギルバートが地面の震えるような大声で開始の挨拶をする。
どっとした歓声と酒杯をぶつけあう音が上がった。
ギルバートの挨拶は、通信網によってブラックウッド中の町や村へと送られる。
祭りの今日、当番となった連絡員は貧乏くじだが、別で調整してほしい。
中央広場では薪が組み上げられ焚き火台となっている。
祭りの開始時に収穫された作物の一部が神への奉納として火にくべられ、その後は領民たちが周りで踊っている。
有志で募った楽団が太鼓や笛、弦で陽気な音楽をかきならす。
皆が思い思いにリズムに合わせ、手足を放り楽しんでいる。
今のところ、ブラックウッドが興ってから領での餓死者はいない。
天候に恵まれなかったり、魔獣被害を受け収穫量が少なかった所へは支援を徹底させた。
ステラもギルバートもわりと自由に領内を歩き回るため、今や多くの領民に顔を知られている。
特にギルバートは初めは怖がられ、遠巻きにされたが、危険な魔物や野生動物の目撃連絡があると領兵団を伴い自身で討伐を行ったため、今では領民にとても人気があった。
大きな個体の魔熊と正面から組み合って倒した話は半ば領の伝説となっている。
ちなみに祭りの余興として開催された腕相撲大会では、ギルバートが初代王者となり、来年以降は永久に参加不可とされた。
焚き火台が見える高い場所に設えられた領主席でステラが宴の様子を見ていると、下で親に止められながら小さな女の子が護衛に一生懸命話しかけている。
護衛は少し困った顔をしていたが、親子が去った後「これを奥様へ渡してほしいと言われたのですが……」と野の草花で編まれた花輪を見せた。
それをうれしそうに頭に乗せ、ステラは隣にいる夫に笑いかける。
「ギル様」
「うん、なんだいステラ?」
「私はここに来れて、とても運が良かったのだと改めて思います。
ギル様と一緒になれましたし、新領の発展に携われたことも僥倖です。
私は今、とても幸せです」
「そうか、幸運だったのは俺の方だと思うが。ステラが満足してくれているならなによりだ」
祭りの参加者たちの笑い声と楽団の音楽のなか、ステラとギルバートが目を合わせる。
「来年もまた、このように祝いたいものですな」
目付役のアルフレッドが控えめに口を挟んだ。
「そうね」
「そうだな」
二人は仲良く同じことを言いながら身を寄せた。