第1話 仲人は国王様(強制)
煌々と輝くきらびやかな灯りと、楽士たちが奏でる華やかな旋律のもと、王城の大ホールでは壮大な夜会が開かれていた。
初春の今日は、この国を興した初代国王の生まれを祝う生誕祭である。
城下では三日前から祭りが催され、生誕日当日の今夜、王家が主催する夜会には多くの人々が集った。
ホールには賓客が千人以上はいるだろう。
王都にいる貴族や高級軍人、有力な商会や組合の長、他国の使節団など幅広く招待されている。
皆、思い思いに飾り立て、社交に勤しみ、料理やダンスを楽しんでいた。
国王は奥に設えられた一段高い王族席からホールを見渡し、遠国から贈られた希少な酒を一口含んで転がした後、満足気に嚥下した。
現在、このアルゴ王国はうまく回っていると言える。
長男の王太子は影響力のある侯爵家から妃を娶り、二年前には男児が生まれた。王太子妃は現在、次の子を身籠っている。
次男も優秀ながら野心に溺れることのない性格で、次の王である兄を盛りたてようとしている。
その下の子供たちも皆健康で、それぞれ多方面に才能を発揮していた。
王子王女たちの母である王妃や側室たちの仲も悪くない。
自分たちの立場や利益のため、次男やその下の王子たちを次の王へと推していた貴族たちはすでに派閥ごと潰した。もしくは逆らえないよう弱みを抑えている。
ここ数年は国全体で日照りや長雨もなくそれなりの豊作が続いており、民が飢えることもない。
順調であるうちに十分な備蓄をするよう指示もしてあるため、突発的な自然災害の一つや二つ起こったとしても問題なく乗り切れるはずだ。
他国との関係も悪くない。
長年続いていた北で隣接する帝国との戦争は昨年休戦し、現在は終戦に向け条件のすり合わせが行われている。
帝国では現在内乱が次々発生しているため、そちらへの対応に集中したい帝国は王国にとって良い条件での終戦を受け入れるだろう。
その内乱も、裏で王国が手引きしたものだった。
内政と外交、いずれもそれなりに安定している状況と言える。
全てが自分の手腕だとは思わないが、取り立てた臣下の功績や成り行きも含め、全体的にうまくいっている。
つまり、最近の国王は退屈しているのだった。
「――――――!!」
王族席から少し離れたところから、争っているような喧騒が聞こえてくる。
国王は友好国の大使からの挨拶を受け終えると、そちらへ意識を向けた。
「この頭でっかちモヤシが! 拳でわからせてやろうか!」
「頭の中まで筋肉でできているとは気の毒なことだ。身に降る火の粉は払うしかあるまい」
なにやら剣呑な声が聞こえてくる。
ホールを警備する兵士の一人が小走りでやってきて、国王と横に控えていた近衛騎士団長に報告する。
「アッシュバーン伯とウーリー伯が顔をあわせてしまったようで……」
アッシュバーン伯爵家とウーリー伯爵家、共に建国当初からこの国を支えてきた由緒ある貴族家である。
アッシュバーン伯爵家は帝国と隣接する北の国境であるノースハースト辺境伯領の南に接する領地を持ち、代々武を尊ぶ家である。
領兵の鍛錬に注力し、勇猛な強兵団で知られる。
他国との戦や国内で内乱が起こると積極的に参加し、先の帝国との戦争でも王家の呼びかけに真っ先に応えて活躍した。
ウーリー伯爵家はアッシュバーン伯爵領に接する南の領地を治め、知や理を是とし、代々国の文官として仕えてきた。
重臣も度々輩出しており、現在の当主は財務大臣として国庫を厳しく守っている。
また戦にも通じており、先の戦争では財務大臣でありながら中央の作戦室に寝泊まりし、優れた作戦を複数計画して戦局に大きく貢献した。
両家とも、武と知で支える国の柱である。
そして残念ながらこの二家は、昔からとんでもなく仲が悪いのであった。
曰く、古い先代が美姫を取りあったとか、領の隣接部で大きなトラブルがあったとか、家宝が盗まれたとか、大事な木を燃やされたとか、噂は色々と聞いたことがあるが本当のところは国王にもわからない。
二家はできるだけ顔を合わせないようにしているようだが、いざ顔を合わせてしまうと、このように諍いを始めるのだ。
喧騒は止まず、ますます大きくなっている。周りには多くの人が集まっていた。
国王は席を立ち、遠目に現場を確認しようとした。
隣に座る王妃が迷惑そうな顔を広げた扇で隠す。
アッシュバーン伯は熊のような巨体でウーリー伯に迫り、険のある目つきで威嚇する。
ウーリー伯も細身ではあるが上背ではそう負けてはいない。全く臆する様子なく、鷹のような鋭い目で相対していた。
二人の殺気に気圧された若い給仕の手が震え、思わず銀盆を落としてしまう。
いくつものグラスが床に落ち、割れる高い音が合図となった。
その場にいた大多数の目では捉えられない応酬が始まる。
アッシュバーン伯が丸太のような腕で殴りかかると、ウーリー伯は上体を反らし、大きな拳を空振らせる。
ウーリー伯は指先を揃えて軽く曲げ、アッシュバーン伯の太い首筋を突きで狙うが、上げた肩に阻まれる。
周りの参加者たちは悲鳴をあげるだけで近付けず、本人たちも周りを巻き込まないよう、一応の気は使っているようだ。
しばらくして膠着状態を脱しようと力の入った一撃が双方から繰り出され、流れが読めず止めに入った警備兵が大きく跳ね飛ばされる。
衝撃で外れた警備兵の兜が大きく宙をまい、不幸な軌跡を描いて王族席のテーブルへと落ちた。
近衛騎士たちがマントを広げ王族を守ったが、甲高い音を立てて皿やグラスの破片が散り、遠方の希少な酒は豪奢な絨毯に吸われた。
演奏が止まり、ホールは水を打ったように静まり返る。
ぴたりと停止した両伯は青い顔をしていたが、共に参加していたそれぞれの家族に短く目線を送ると、膝をついて大人しく両手を差し出した。
「こやつらを牢にぶち込め! 貴族向けではなく地下牢へだ! 沙汰は追って下す!」
国王がこめかみに青筋を立て言い放つ。
両伯が縄をかけられ、ホールの外へ連れて行かれる。
周りの者たちは皆、驚きとこれからどうなるのかの好奇心が半々といった顔をしていた。
散らかった料理や皿の破片が素早く片付けられ、演奏が再開される。
夜会はその後、つつがなく進んだ。
翌日の昼前、地下牢から出されたアッシュバーン伯とウーリー伯の両伯は王城内の小さめの会議室で待たされていた。
両伯とも一睡もせず硬い石の床で夜を明かしたためか、それとも精神的なものか、それなりの疲れが顔に浮かんでいる。
服装は夜会の時のままだが、直すための鏡もなかったため、襟はよれ胸元のハンカチーフもずれてしまっていた。
それぞれの家族も呼び出され、一様に青い顔をしている。
小一時間ほど待たされた後、文官を引きつれた国王が部屋に入ってきた。
部屋の隅でずっと跪いていた両伯が弾かれたように立ち上がる。
国王は長机の最奥の席にどかりと座ると、二人に着席を促すこともなく言い放った。
「此度の騒動の沙汰を下す。
両伯には、それぞれ末子に未婚の息子と娘がいるな。
今日は来ておらんのか。まあ良い。
それらで婚姻を結ぶことを命じる」
国王が意地悪そうに笑い、両伯は仲良く目を丸くした。
国王は国内の地図と作物や特産品の一覧を文官から受け取り、目を走らせる。
「アッシュバーンとウーリーの領境は未開の森が多く、特産品もなしか。
まあそうであろうな。うーん、であればブラックウッドと名付けよう」
機嫌良さげな国王の声が部屋に響き、アッシュバーンとウーリーの両伯が目を合わせる。
「アッシュバーン領とウーリー領の領境付近を一部で没収し、新たにブラックウッド領として画定する。
領主としては子爵位とともにアッシュバーンの末男をすえる。
我が仲立ちしたのだ。当然離縁なぞ許されんぞ?」
国王がとても悪い顔をする。
「陛下、どうかお待ち下さい!
それではまるで我が娘はアッシュバーンの人質ではないですか。罰は当人である私が受けますゆえ」
アッシュバーンさえ絡まなければいつも冷静沈着なウーリー伯が、額を床にこすりつけ、珍しく狼狽えた様子で言い募る。
「こちらこそ、嫁いできた娘を通じて我が家の情報をウーリーに流されてはたまりませんぞ。
陛下、どうかご再考をお願いしたく存じます。この首であれば喜んで差し出しますので」
アッシュバーン伯も負けじと額を床に打ち付ける。
ガンと音がして床を血が流れ、文官たちが息を呑む。
国王は整えられた髭を扱きながら言う。
「うーむ、確かに当主はアッシュバーンの息子になるから平等ではないか。
それでは、没収する領地はアッシュバーンが多めとしよう。
それと王城から目付役を送ることとする。
アッシュバーンの息子がウーリーの娘をないがしろにするならば、ブラックウッド領は王家の直轄領として没収だ。
ウーリーの娘が間諜のように情報を流すなども然り。
ゆめゆめ仲を違えることがないよう、それぞれ息子と娘に言い聞かせることだ」
「「………………」」
沈黙した両伯のもとへ追い打ちをかけるように文官が紙を運ぶ。貴族用の婚姻申請書だ。
通常は神殿へ提出した後で国の法務局に回されて承認の後、籍が記録される。
「さっさと記入しろ。
光栄に思うことだ、今回は特別に我が自ら承認のサインをしてやる。
国王に承認の記をされた婚姻など、王国史以来ほとんどないのではないかな?」
国王がますます意地悪そうな笑みを浮かべる。
両伯が苦虫を噛み潰すような顔をして床で記入を行い、国王が機嫌良さげに承認のサインをする。
そんなこんなで、その場にいなかった、それぞれの家の末子であるギルバート・アッシュバーンとステラ・ウーリーは、本人たちのまったく預かり知らないところで夫婦となったのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ステラ様、もうすぐ着きますよ」
馬車の中、ウーリー家の末娘であるステラは小さいころから仕えてくれる侍女の声でうたた寝から目覚めた。
しばらくして馬車が止まると外からドアが開けられる。
従僕の手を取って用意された小階段を降りると、屋敷の入り口で二列となった、それほど多くはない従者やメイドたちに迎えられた。
その列の真ん中で、一際体が大きな男性が立っていた。
大きな男性はステラの前まできて跪く。
「初めましてステラ嬢、俺はギルバート。あなたの夫となる、いや……先日夫になった者です」
顔を上げ、ステラの顔をまっすぐ見上げた大きな体の男性は、機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せていた。