4、メンテナンス・ブランチ
仕事帰りで、お風呂入ってぼーっとしてたら投稿時間が過ぎていたことをここに懺悔します。
許せ
「プラネットは清掃終えたら格納庫に戻しておくぞ」
「ありがとうございます。篝理さん」
先日の一件から数日が経ち、そこから芋づる式に『齋藤組』なる暴力団をドンパチして壊滅させたりなど色々あったが割愛して、現在、指環犯罪対策室、もといRINGは新宿の歓楽街を中心に巡回の強化、売人の摘発、ルートの捜査など、日々の業務をこなしていた。
町の煌びやかさに紛れ、裏社会の巣が蔓延る新宿は、警察も目を光らせざるをえないのだろう。
そんな中、ユメは今日、指環犯罪対策室庁内の技術班の元へ訪れていた。
「今回のメンテで一部パーツ取り替えておいたから、パーツ代の領収書は経理に回しておいてくれ」
白雪篝理、この技術班の班長を勤めている長身痩躯のすらっとしたリケジョ然とした女性だ、タイトなスーツの上に白衣を羽織り、鋭い目も合わせて、ぱっと見はバリバリ仕事に生きてますといった風体だ。風体は……。
「んじゃ、次はゆめめちゃんの方の定期メンテだな、ほれ、上脱ぎな」
「あ、はい」
医務室のように篝のデスクが置かれた部屋で言われるがままにユメはパーカーとシャツを脱ぎ、キャミソールの姿になる。
真っ白な肌、そのところどころに、あの日以来の消えない縫合跡や古傷が大なり小なり差はあれどいくつも見受けられた。中でもひと際目を引くのは、一切肌の色に馴染まない光沢を帯びた《《右腕》》だ。
肩より先の失われたはずの右腕。そこには金属で出来た義手が取り付けられていた。
篝理は専門の工具のようなもので、右腕をいじり、カルテのようなものに数字やらコメントやらを書き込んでいく。
「相変わらず綺麗なもんだな……もしかして、使いづらいか?」
「いえ、元々左利きなので」
「そうは言っても、お前の班は現場が多いはずだが……想定してる稼働の半分も消耗してない。これじゃメンテナンスのし甲斐がないな」
「なんか、ごめんなさい」
「まあ、お前は指環持ちの中でも特例、貴重なサンプル……もとい、人材だから危険な現場でなんかあっても困るんだけど。それじゃ指環見せて」
貴重なサンプル。そう篝理がユメを指して言うのには理由がある。
以前は右の薬指にくっついていた指環が、右腕を失った今は、左手に移っているのだ。
アメリカ等で軍属の指環持ちが訓練中に指環部分を損壊する例は何件かある。中には指が落ちたりして修復不可能なほどのものも。だが、それが身体に及ぼす影響は特記するほどでもなかった。
所詮は皮膚が硬質しただけの証、重要なのは身体の方であり、指環がどうなっているか、などさしたる問題ではない。というのがそれまでの常識だった。
ユメの一件以降、覆るわけだが。
未成年者指環持ちの前例のない重篤症状が、様々な事例が専門機関に大きな利益と莫大な仕事量をもたらした。
指環の欠落からの、再生成。人工指環の技術を用いた義肢の研究。そして――事故以降、第二次性徴途中での成長・老化の停止。
成長途上の指環持ちが外的要因でもたらす変化は、絶対数の少ない指環持ちの貴重なサンプルデータとなった。事故から十年の月日を経たにも関わらず、香澄夢芽の長期的なモニタリングが続いている。
「はい、右手開いてー、はい、閉じて―」
動作を確認するように、右手を開閉するユメ。
左手の指環と心臓付近には電極みたいなものが貼り付けられ何かを計測しているようだ。
「直接メンテナンスに関係ないのに時間を取らせて悪いな、一応記録しとく決まりだから」
「大丈夫です。この時間は融通してもらえるので」
ただでさえ貴重な人材である指環持ちの中でも特例中の特例である『香澄夢芽』は、もはや世界規模の生物学的な財産だった。
とはいえ、発展した社会で働く民主制と基本的人権の尊重によって、仮にも彼女の尊厳と自由意志はある程度は守られていた。
「ゆめめちゃんにも拒否権はあるんだから。面倒だったら断ってくれてもいいんだぜ」
「私も助かってるので。それに、そこまで手間ではないですよ。私の意思も尊重してもらってるし」
その言葉は文面通り受け取って問題ないだろう。
事実、失った腕は質感こそ違えど再生してもらっているのは、ユメがデータ収集に協力しているからに他ならない。
「ゆめめちゃんが気にしてないならいいよ。自分もお前を調べるのは有意義だからな。なんとかして、解剖できないもんか」
「あ、あはは……」
表情こそ変わらないが、確実に引いている。
「次は人工臓器の検査だな……そこのベッドに……の前にちょっと麻酔一本いっとく?」
次の検査に麻酔は全く必要ない。
「お断りします。何する気ですか……」
「冗談通じないなぁ」
「あなたはやるときはやるでしょ……」
「理解度が高くていらっしゃる」
「……ベッドに拘束具とかついてないよね」
念のためベッドの回りを確認したりしながら、やや不安が残りつつも、つつがなく検査は終わった。
「身体の方はどこも異常なし。まあ無茶はしてないってことで何より。ただ、プラネットは酷使しすぎ。今回の交換パーツ多過ぎ。随行支援ユニットはアレ一つしかないんだからもっと大切に扱って」
「ご、ごめんなさい」
それはうちの作戦本部に言ってください。と思いながらもユメは頭を下げる。
『プラネット』随行支援ユニットは現在進行している指環と連動させた最新義肢プロジェクト、それの発展形の実験機だ。
ユメが装着している義手もその一環。義手を動かすシステムを応用して遠隔操作で物体を動かす研究。だとユメは聞いている。
将来的にはプラネットから得たデータをフィードバックし、量産、警察や自衛隊などの機関に配備を視野に入れているのだそう。
「あと、右腕も積極的に使ってくれよ。毎度変化なしの報告書ばっかじゃあさぼってると思われる」
「善処します」
「よろしく頼む。そんじゃお大事に」
○○○○○○
「それ取って」
「ん」
葵は自分の食事に集中しながら、卓上に置かれてるポン酢を手に取り、詩音に渡す。
ユメがメンテナンスに行ってる間、葵と詩音は通いなれた定食屋で昼食をとっていた。
葵はいつものアジフライ定食(キャベツ多め)、詩音は生姜焼き定食を注文している。
晴川詩音、丁寧に櫛を入れたカカオ40%くらいのチョコレートみたいな長い髪を後ろで邪魔にならないように一まとめした、いかにも女性刑事ですといったピシッとしたスーツ、意志の強そうなパワーのある瞳にシャープでインテリな要素を付与する最強装備のアンダーリム眼鏡を着用した知性的でクールな雰囲気と、有無を言わせない圧力を兼ね備えた女性だ。
「最近、忙しくない?」
「それな」
受け取ったポン酢を小鉢のサラダと千切りキャベツに欠けたあと、葵に戻してもらう。
「室長が言ってたけど、近いうちに新宿署にどっかの捜査班を出向させようって、検討してるんだって」
「行きたくねぇ……この間のマル暴の一件も新宿署からの出動要請だったくね? あそこ、反社案件多すぎ」
「ここまで来るともはや文化ね」
「新宿とか近過ぎだし、絶対寮から直で登庁だぜ。いっそどっか田舎にでも飛ばしてくれよ……」
心底、自分たちの班が出向組に選ばれたくないと言った様子で葵はアジフライをかじる。
「RINGは政令指定都市にしか支部機関ないわよ。多分どこ行っても忙しい」
「なんだって指環持ちはこんな仕事ばっかなんだよ」
「警察、海上・陸上自衛隊、後は政府お抱えの研究機関。選べたのはこんくらいだっけ? かかりつけの病院も政府の指定、仕事もお国が認めたとこしか選べない、夢も希望もあったもんじゃないわね……」
「忙しくてもいいから、せめて血の気の少ない仕事に転職してぇ」
おそらく、そう言った葵の希望に合うのは研究職だが、彼には適性が欠けていた。そうなってくると選べる選択肢は狭まってくる。
「うちの暴力担当が何言ってんのよ。まあ、その意見には賛成するけど」
「……」
思案顔、と言っていいのか葵は箸を止め顔をしかめている。
「なに? 悪党面晒して」
「うるせぇ。ちょっと考えてたんだよ……」
「何を?」
「ユメだよ」
「六年も警察やってなにを今更……アタシらは、あの子の決断を尊重する。そう決めたはずでしょ」
「でもよ、アイツの選択肢なんて俺らよりも少なかった。本当に警察官なんかになりたかったのか? なんてよ……」
「そうだったとして、アタシらに何ができるわけ? んな、どうしようもないことばっかり考えてる暇があったら、もう少し考えて行動したらどうなの? この間の作戦はなに? 結局、ユメに要らない手間かけさせて」
「あぁ? 作戦本部が逃走経路見逃してたのがそもそもの原因だろ、その上、危険運転の指示出したのは何処のどいつだ?」
和気藹々、とはかけ離れた剣呑な雰囲気に場の空気が凍る。
そんなところに、ガラっと戸を開く音が聞こえる。
「二人ともお疲れ」
検査を終えたユメだ。
遅れて入ってきたユメは店員に「とんかつ定食、ご飯大盛り、豚汁に変更で」と慣れ親しんだ口調で伝え、詩音の隣に腰掛ける。
二人が話をしていると、ガラっと戸を開く音と共に検査を終えたユメが定食屋に入ってきた。
「二人ともお疲れ」
「お疲れ」
「検査どうだった?」
二人は会話を中断し、それぞれの言葉でユメを迎える。
「問題ないって。けど、プラネットに無茶させ過ぎって怒られた」
「あぁ……誰のせいだろうなぁ」
「えぇ……誰のせいでしょうねぇ」
ユメからの報告を受けて、心当たりしかない二人は互いを薄く睨む。
「まあ、ある程度は仕方ないよ。現場には出ないといけないんだから。最近はこの間みたいに激し目の抵抗してくるマル暴多いし」
先日の一件のことだろう。ユメの言葉通りに受け取るなら。二人よりは警察官という仕事に『誇り』のようなモノを感じる。
「いやもう、一生デスクワークしててぇ。ていうか溜まってた……午後からやんなきゃ」
山積みの残務を思い出し辟易しているのか、アジフライの尻尾を飲み込み項垂れる。
「効率悪い癖に」
「現場よか百倍マシだろ。この間の一斉検挙だって、連中は一晩でパクられたと思ってんだろうけど、下っ端吐かせるためだけに、何日も寝れなかったんだ」
「やめて、防カメ精査思い出す……もうしばらく液晶見たくないわ」
「俺らの健康のためにも定時退庁推進してこうぜ」
「せめて残業禁止デーが週一は欲しい」
「君らねぇ……気持ちはわかないでもないけど、ほら、市民の日々の暮らしのためのやりがいのある仕事、的な感じでモチベーションならない?」
ユメがぐっ、と胸の前で拳を構える。
「「ならない」」
二人は口を揃えて答える。
「えぇ……」
「そんな殊勝な心掛けな奴は、やる気のある交番勤務の新人くらいだろ」
「刑事課とか生活安全課なら感謝とかされるだろうし、それがモチベーションになるだろうけど、うちらは組織犯罪対策、被害者と直接顔を合わすことはない。公安も交通課も似たようなもんでしょうけど、うちらの仕事で市民は守れていても、市民にとってはそれが当たり前」
「逆に少しでも隙を見せたら非難の的だ。貧乏くじもいいところじゃね」
「はぁ……それ、絶対大きな声で言わないでね」
そこに詩音のスマホに着信が入り、すぐさま詩音が電話に応答する。一瞬ピクンと反応を見せ残りのご飯をかき込む葵とすぐ様店員を呼び止め勘定を済ませようとするユメ。ユメの分は残念ながら間に合わなかったようだ。
「行くよー」
「本部?」
「新宿署」
「またかよ……」
「残務処理はまた今度だね、手が空いたら手伝うよ」
三人は詩音を先頭に、休まらない現場《戦場》へと足を向けるのだった。
警察として慣れてしまった緊急招集、それぞれに「だるい」とか「今日帰れるか」とか「いつも通り頑張ろう」など思っていた。
誰一人として、この事件が、取りこぼした過去に触れるなど、夢にも思ってもいなかったことだろう。