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RING 組織犯罪対策第三課特異事例対策室  作者: 文月 イツキ
一つ目 游星の白昼夢、流星の明晰夢
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3、冥海の流星 

 その男はやけに背が高く誰もが大きいと感じる体躯に明るい髪色、日焼けした肌を持っていた。場所が場所ならとても目立つ姿だが、派手な歓楽街なら溶け込んで背景になれそうなほどに目立たない。

 その男は深海ふかみ太陽たいようと自分の周囲の人間に名乗っている。裏社会のとある組織の連絡係メッセンジャーとしてその筋で通っている男だ。


「暗っ、ったく一人暮らししてた頃に電気止まったの思い出すじゃねぇか」


 そんな深海は都内のとあるマンションの一室にやってきていた。

 部屋の中は灯りの一切を消している上にカーテンを締め切っており、まだ昼間だというのに、一寸先も見通せないほど暗い。


「おーい、アリス。生きてるかー?」


 真っ暗な部屋で誰かを探しているようで、手探りで灯りのスイッチを探す。

 足元は見えていないが、歩く都度ガサガサ音を立てることから、相当ゴミが床に散乱していることがわかる。


「まったく、せめてゴミ袋にまとめておけっていつも言ってんだろ……」


 なんとか灯りのスイッチを見つけ、部屋が暖色の光で露わになる。

 案の定、ワンルームの部屋を埋めつくすようにコンビニ弁当の空箱や空のペットボトル、空き缶が床中に散乱していた。


「……はぁ」


 深めの溜息を吐く深海は呆れながら部屋の主の姿を探す。


「まさか、ゴミに埋まってたりしねぇよな……」


 ざっと見渡す限り探し人は見つからないようだ。


「買い物でも行ってんのか? 鍵も掛けないで不用心な……ん?」


 出直そうと踵を返そうとした深海だったが、静かな部屋の中でわずかに呼吸をする音を耳にする。


「すー……すー……」

「おいおい、マジか」


 音の方に目を向けると、部屋の角の一部分、そのわずかな空間だけを避けるようにフローリングが見えており、壁に背を預け、ギターケースを抱きかかえる少年が体育座りをしながら寝息を立てていた。

 その小さな体躯に不相応な大きさの真っ黒のモッズコートを毛布の代わりに被り、目深に被ったキャップ帽とネックウォーマーとマスクで口元を隠し、その人相までは分からないが、間違いなくこの部屋の主であることを、深海は把握していた。


「おい、アリス――って、ぐぇっ!!」


 深海は自身がアリスと呼ぶ少年を起こそうと、その肩に手を伸ばそうとする。すると、アリスは彼の腕を掴み取りゴミだらけの床に組み敷いた。


「ん……なんだ、深海か。なにか用?」

「なんか用があるから様子を見に来たんだろ! いきなり何しやがる!」

「勝手に上がりこんどいて何言ってんの。自己防衛だよ。寝てる時に襲われたりしたら気持ち悪いでしょ」


 誰がお前なんか襲うかよ。というセリフを飲み込む。

 相手が顔見知りであることを確認したアリスは深海への拘束を解き、先程と同じように、部屋の角で体育座りの状態に戻る。どうやらそこが定位置のようだ。


「それでなんの用、次の仕事?」

「そうだ。今回はお前の上の連中直々のご依頼だ」

「はぁ?」


 口元は見えないが明らかに不機嫌な声音でアリスは不満を示す。


「どこのどいつが僕の上だって?」

「はぁ、お前な……そうやって邪見にするが、戸籍もないお前に文句も言わずに住む場所とか仕事を提供してるのは誰だって思ってんだよ」

「はいはい、感謝してますよー。それでも僕はお前らんとこの仲間になった覚えも、なる予定もない」

「……まぁいい、仕事さえしっかりやんならな」


 生意気な口を聞くアリスに辟易しながらも、深海は仕事の概要と写真を渡す。


「そいつを殺せ」


 通いなれた定食屋で注文をするような気楽さで、深海は用件を伝える。


「また暗殺? 別に構わないけど」


 こっちはこっちで、「あんたいっつもとんかつ定食ねぇ」と言わんばかりの受け答えだ。


「うちの諜報員が、標的のスケジュールを抑えてる。期限は二日、人目につかないように殺せ。掃除はこっちで手配する」

「うい、了解」


 ぼーっと眺めたあと、「覚えた」と伝え概要の紙と写真をくしゃくしゃにして深海に投げ返す。


「今回、一応注意しておいてほしいんだが」


 投げ返された紙を受け取りながら、今思い出したかのようにアリスに伝える。


「この間、新宿で極道の組が丸ごと検挙された」

「どうせ暴対法で廃れるだけの連中が一つ潰れたくらいでなにさ」

「まあな、今時、ヤクザが潰れたくらいで騒ぐことじゃないが、問題はそいつらをしょっぴいた警察だ」

「警察? それこそ今更でしょ。そいつらを上手くやり過ごしながら、き……お前らみたいな連中は繁殖してきたんでしょ」

「お前も同じ穴のムジナだろうが…………んんっ! なんて言ったか刑事局の特殊部隊……」

「『RING』、正式には『特異事例対策室』、組織的な凶悪犯罪の増加傾向から数年前に設置された特殊部隊」

「そう、それだ。詳しいなお前」

「お前の勉強不足だろ」

「そいつらがヤクザ壊滅させたって界隈で噂になってる。今回の件で、そいつらが新宿に網張ってんじゃねぇかって話」

「それこそ、僕らに関係ないんじゃない。連中、確か警察庁刑事局の組織犯罪対策課そたいの附属機関だ。アンタらの対応は公安だろ?」

「そうは言っても、暴力団関係の線で引っかかったり、捜査本部が立ち上がったりするようなことになったら、連中が出張ってくるかもしれん。聞いた話によると全員指環持ちの警察官だってよ。贅沢な話だ」

「まあ、気をつけろってことね」

「一応な。とある情報筋から連中の情報は仕入れてる、刑事局なら私服巡回とかしてるかもしれんから、一通り顔を覚えておけ」


 どこから仕入れてきたのか、警察庁の人事データらしき紙束をアリスに手渡した。

 一枚一枚、住所以外のプロフィールやら階級やらが顔写真と共に記載されていた。おそらく警察手帳に乗る用の写真だろう、どいつもこいつも仏頂面だ。


「随分ご苦労なことで」


 普段から制服の巡回警官に気を配ってはいるが、うっかり私服警官に職務質問を受けたりしたら面倒だな。と思ったのか、アリスは先ほどよりは注意深く写真を眺めている。

 とは言え、その様子は傍から見ればペラペラと斜め読みをしているように見えることだろう。

 子気味よくまくられている音が、止まる。


「終わったか……あん?」


 どうせアリスのことだからすぐに確認を終えたのだろうと、思っていた深海が怪訝そうにする。

 アリスは紙束の中から二枚、いや三枚だろうかを抜き出してそれを凝視していた。


「気になるやつでもいたのか?」

「…………いや」

「ん?」


 深海の声にも生返事で心ここにあらずといった様子のアリス。

 その表情は……コメントを控えたい。

 目元からしか読み取れない彼の表情を汲み取るには、著しく客観性に欠ける表現しかできないからだ。


「もう大丈夫、処分してくれて構わない」

「お、おう。そうか」


 紙束を返すと、寝起きで硬くなった身体をほぐしながら、アリスは立ち上がる。

 体育座りのせいで縮こまってるように見えただけかと思っていたが、ただでさえ日本人離れした巨体の深海が、より大きく見えるほどに、とてもコンパクトな体格をしている。


「行くよ」

「もう行くのか?」

「二日しかないんでしょ。なら早めに行動しないと」

「つくづく珍しい……まあ、やる気があることはいいことだが」


 アリスは身体のシルエットを覆いつくすほどのモッズコートを羽織る。


「…………ようやく見つけた」


 その呟きの音は、口を覆うネックウォーマーに吸収された。


「必ず殺す……」

「やっぱ、今日は気合入ってんな」

「フフ……そうだね」

「え……お前、今?」

「ぼさっとしないで、さっさと行くよ」


  調子を狂わされている深海を尻目に、ギターケースを担ぎあげる。

 その両手は真っ黒な手袋に覆われていた。


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