第76話 彼女の愛情が重すぎる
近所の警察署から警視庁のシエルカードゲーム課の取り調べ室に連行されたシンと亜梨乃は別々に取り調べを受けたが、彼らはシオンの名を出さなかった。
シンは「俺がバトルして勝ったら、リスクが意識を失った」と説明し、亜梨乃は「カガミを看ていたからどうなったのか分からない」と説明した。
未成年を扱う案件であり慎重に取り調べを行なわれている雰囲気を感じていると、一目で偉い人と分かる男性が現れてシンと亜梨乃は別室へと連れられた。
そこはフカフカのソファや大きな机が置かれた部屋でお茶まで用意されていた。
「こんな深夜に外出とは関心しないな、シン選手。どちらにしても補導だよ」
更に驚いたのは、そのソファで茶を啜る人物が進堂総理だと言う事だ。
深夜にも関わらず内閣総理大臣と警視総監を呼び出す事態に発展した事に呆然とするシンと何が何だか分からず隣で硬直する亜梨乃。
「さて、シン選手。取り調べの様子を見させて貰った。君は嘘をついているね。実際のバトルは見ていないので断定は出来ないが、仮に【色欲の魔兎】を召喚していたとしても【宴安酖毒の王蛇】には勝てなかっただろう。それは君が一番理解している筈だ」
シンが最も嫌っている、全てを見透かす進堂総理の瞳が向けられる。
「そうだな。例えば、あの場には君の婚約者が居た……とか」
シンも少なからず動揺したが、亜梨乃はガタガタと膝を震えさせ始めた。
必死に膝を押さえつけるが全く治まる様子は無く、泣きそうな目でシンを見つめる。
「私の勘も捨てたものではないな。安心して欲しい。君達を裁くつもりはない。寧ろ感謝しているくらいだ。無差別シエルカードゲームプレイヤー狩り事件の首謀者"リスク"を葬ってくれたのだからね」
ガタッと音を立てる亜梨乃の肩を掴んだシンは黙って首を振り、着席を促す。
「加害者であるシオン・Aimee・ベルナール、彼女を庇った佐藤 亜梨乃とシン選手。君達を見逃そう。君達は今日あの公園には居なかった。それで良いですね、警視総監」
警視総監に続いてシンが頷くと進堂総理は顎をクイッと動かし、扉の方を指し示した。
「親御さんが到着する頃だろう。気をつけて帰りたまえ」
ふらつく亜梨乃を支えながら玄関ロビーに向かうとシンの姿を見つけた母が立ち上がった。
またしても母に心配をかけた事に罪悪感を抱くシンは無言のまま車に乗り込み、亜梨乃を送り届けてから帰宅した。
「おかえり」
「……どうして、"リスク"が麻々乃だと分かった?」
「彼女の行動歴を洗い出して、事件発生時期と照らし合わせただけ。わたしには探偵の素質があるかも」
無言でシオンの隣を通り過ぎたシンは自室に引き篭もる。
しばらくしてシオンがドアを開け放ち、シンの自室に押し入ると、真っ暗な部屋をパソコンのディスプレイの明かりだけが照らしていた。
「エッチな動画でも見てた?」
悪戯な笑みを浮かべ、悪戯な声を発しながら歩み寄るシオンはパソコンに映し出された映像を見て、口をつぐむ。
「なに、これ?」
「これがシエルカードゲームの正体だ。俺達は鷺ノ宮エンタープライズに躍らされているんだよ。シエル症候群も予定調和だ。クソッ!」
デスクを叩くシンを優しく包むシオンからシャンプーの香りがする。
シオンにとってシンとは自分と同じカテゴリーdevilのカードを持つ者であり、嫉妬の対象にならない男だ。
他人よりも劣る事をなによりも嫌う彼女は幼少期から自分よりも優れる能力を持つ子を見ると、密かに嫉妬心を抱き、両親が心配する程の努力で乗り越えてきた。
そんなシオンの手に渡ったのが、カテゴリーdevilの【嫉妬の魔猫】をバラした【羨望の小悪魔】だった。
すぐにでも契約するつもりだったが鷺ノ宮 朝陽に止められ、世界初の称号をシンに奪われた。
魔王杯ではシンを完膚なきまで叩き潰し、再起不能にした後で【羨望の小悪魔】との契約を発表して唯一無二の存在になろうと画作していたが、不覚にも決勝戦を楽しんでしまった。
その時のシオンの胸の内に嫉妬心は無く、シンという何の才能も持たない凡人に対して嫌がらせをするつもりだった。
だからこそ、優勝賞品の選択を譲ったのだ。
予想通り【嫉妬の魔猫】を取ったシンの後に【色欲の魔兎】を取り、彼の契約モンスターの進化を奪った。
帰国してからも手元にある【色欲の魔兎】を見つめる度にあの凡人の全てを奪ってやりたいと想いを募らせた。
【羨望の小悪魔】と契約した事を公表しないように鷺ノ宮 朝陽に国際郵便を送りつけ、圧倒的な力でフランス予選を突破後、世界大会でシンと再会して【色欲の魔兎】を渡すと同時に唇を奪ってやった。
フランスに招いた時に骨抜きにしたつもりだったが、まだ彼は心を開き切らない。
他にも女の影がある筈だ、と考えたシオンの嫉妬はシンではなく、シンの周囲にいる女子達へ注がれるようになった。
まずは麻々乃を消した。
次は亜梨乃か、皇か、冬姫か、それとも別の誰かか。
あの母親も厄介だ。子離れできていない姿を見る度に虫唾が走る。
そんな気持ちを表に出さないようにシオンは耳元で優しく囁く。
「一緒に鷺ノ宮エンタープライズへ乗り込もうか」
シンとシオンは全く別の目的を持って、強大な敵、企業、組織、そして国へと勝負を挑む。




