第71話 本当の目的を見失うな
膝枕の状態で頭を撫でられているシンは眠気を振り払うように身体を起こした。
「おっと。急に起き上がるな」
「思い出した。そうだ、俺はエルダー・ワールドを知っている」
「お前がこっちの世界に戻ってからの事は知らないが、それ以外の事は情報収集してあるぞ」
「便利な身体だな」
欠伸をこぼすシンを眺めるウェルヴェリアスの慈愛に満ちた瞳が涙に潤む。
二千年以上の時を生きる彼女にとってはたった七年の筈だが、この七年は"たった"なんて言葉で済ませられないくらいに長かった。
「っし。じゃあ、お前の半身を取り戻しに行くか」
「いや、半身はまだ後で良い。どうせすぐに手に入る」
「はぁ? さっきと言ってる事が違うぞ」
「小さい事を気にするな。何事にも理由が必要なシンの為に"戦う理由"を用意してやると言っているんだ」
これでシエルカードゲームに復帰出来る理由を得た。
シエル症候群は恐ろしい病だが、彼女が大丈夫だと言うのなら、その言葉を信じて前線に立つだけだ。
「じゃあ、何から始めるんだ?」
「私の同胞を集める。シンの最終目標はシエルカードゲームに勝つ事ではないだろ? 神に戦いを挑むなら七体の魔獣が必要だ」
「集めるのは良いけど、俺は契約出来ないぞ」
「譲渡というシステムが備わっているだろう? カテゴリーdevilのカードと契約している人間を懐柔し、シンが扱えるようにすれば良い」
「でも、好感度不足で俺の言う事を聞かないだろ」
「案ずるな。私がついている」
なんとも頼もしい相棒だ。
この一言でウェルヴェリアスが他の六体の魔獣にとってどのような存在なのか分かった気がした。
しかし、過去を思い出したシンは本当にヴェガルミナスも彼女の言う事を聞くのか不安な気持ちが募る。
「奴の裏の気持ちを揺らせば良い。シンと私が強くなれば必ず勝てる」
そんな自信満々で言われると自然に笑みが溢れた。
シンの心の昂りはウェルヴェリアスにとってのご馳走様だ。
頬を染めながら、ゴクンと喉を鳴らしたウェルヴェリアスはうっとりとした表情で唇を舐める。
「美味いか?」
「あぁ、絶品だ。進堂とヴェガルミナスを倒した時のシンの昂りを心の底から喰いたいと思う。奴と戦う時には私の半身が手に入るだろう。そして、奴らに勝てば一旦はこの世界を救える」
「お前はヴェガルミナス側につかなくて良いのか?」
「私は人間側に加勢するつもりはない。私はシンの味方だ。シンの敵が私の敵だ」
「神への挑戦はその後か」
「……正直、神には挑んで欲しくない」
ウェルヴェリアスは眉をひそめ、シンは「はぁ?」と呆れた声を出す。
「シンの魂は逆行転移の影響で傷ついているから、これ以上の負荷をかけたくないというのが本音だ。しかし、神に挑むのならエルダー・ワールドに行く必要がある。お前の魂が耐えられるか心配だ」
「……大丈夫だ。お前は飯の事だけ考えておけば良い。俺は神に勝ちに行く」
シンの瞳を真っ直ぐに捉えるウェルヴェリアスは頷き、それ以上の事は何も言わなかった。
ウェルヴェリアスはまだシンに隠している事がある。
それは自分の半身である純潔の騎士の魂を誰が所有しているのかという事だ。
無事に人間界へ辿り着いたシンは成長する過程で鷺ノ宮 夕凪と出会い、純潔の騎士の魂は自らの意思で夕凪の手へ移った。
その頃から夕凪はシンの事を本名ではなく、"シン"と呼ぶようになり、それを面白上がったリョウによりあだ名が定着したのだった。
次に夕凪の父である鷺ノ宮 朝陽に取り付き、シエルカードゲームの全容を探り、それらの情報をエルダー・ワールドに残った色欲の魔獣と共有した。
エルダーをカード化する為の装置に飛び込み、ウェガルミナスの次にカード化されると鷺ノ宮 朝陽はそれを懐に隠し、再び夕凪の手に渡ったのである。
夕凪に【魅惑の小悪魔】のカードを入手させて、シンに送りつけたのも純潔の騎士が仕組んだことだ。
本来、色欲の魔獣と純潔の騎士は一つの生命体だがウェルヴェリアス本人によって魂が引き裂かれている上に、別々にカード化された為、二枚のカードが存在することになる。
この二つが揃わない限り、ウェルヴェリアスは真の力を発揮できない。
それでも日本大会準優勝、世界大会四勝三敗という好成績を残せているのは、彼女が優れたエルダーであり、契約者もとい友であるシンとの関係性が良好だからである。




