第7話 戦う理由
翌日。
授業を終え、足早にカードショップへ行き、送り主が店長でない事を確認したシンは高層マンションの前に居た。
ここに来るのは久々であり、緊張する指でチャイムを鳴らした。
電子音の後にオートロックの扉が開かれ、エレベーターに乗り込み目的地へ向かう。
「やぁ、久しぶりだな」
「凪姉、話があって来た」
女子大学生に出迎えられたシンは遠慮がちに中に入り、部屋の床に座った。
シンの前には紅茶が用意され、上品で淡い香りが室内を満たす。
パスケースから取り出したカードを渡しながら本題を切り出した。
「凪姉、このカードを俺に送った?」
「これは新シエルカードだな。私はもうカードゲームには関わっていない。人違いだ」
「このカードがポストに入ってたんだ。しかも、俺はこいつと契約していたらしい」
「要領を得ないな。契約とは本人の同意の元で結ばれるものではないのか?」
「本来はそうなんだけど、俺には身に覚えがない」
「……私は弁護士を目指している身だが、探偵ではないぞ」
「分かってるよ。それが聞きたかっただけ」
シンは紅茶をひと啜りし、温かい息を吐いた。
「凪姉はもうシエルカードをやらないの?」
「そうだな。私達が楽しんでいたのは旧シエルカードだ。新シエルカードは戦略も戦術も不要なのだろう? あまり魅力を感じないな。それに私は忙しくなってしまった」
一流大学に現役合格した後、夢に向かって確実に歩みを進める彼女はシンにとって遠い存在になってしまった。
彼女はそう感じていないが、シンは作りたくもない壁を作り、一方的に身を引いている。
今日もシエルカードが手元に届かなければ、この部屋を訪ねる事はなかっただろう。
「シンは始めたんだな」
「昨日だけだよ。俺はもう辞める。その前に誰がこいつを送って来たのか知りたくて」
「楽しかったか?」
「……え――?」
「今のシエルカードゲームは楽しかったか?」
「……楽しかった」
俯き気味に肯定したシンは頭を撫でられ、反射的に身体を後ろにのけ反らせた。
「それなら続けた方が良い。高校生は一度きりだぞ。それとも……理由が必要か?」
彼の母親の次にシンの事を理解している自信がある彼女は甘い言葉を紡ぎ続ける。
「私にこのカードの進化した姿を見せてくれ。今のシエルカードは二段階進化するのだろう?」
「凪姉っ、それは……」
「不可能か? 計算上は難しい。だが、現に上位ランカーは進化先のカードを入手しているぞ。さっきもテレビで紹介していた」
返却されたカードを受け取り、ジッと手元を眺める。
昨日の話では自引きで進化ラインを揃える事は途方もない話だ。
誰かが引き当てている事を願い、転売かトレードの二択に賭ける方が効率的だと考えた。
「最初からお金に頼るなよ。お姉さんはカード一枚に何十万円も出すのは関心しない」
思考を見抜かれている事で言い淀んだシンはカードをパスケースに仕舞い、紅茶を飲み干した。
「分かった。このカードを進化させて、凪姉に見せに来るよ」
「良い顔になったな。私にとっても楽しみが出来て良かった。だが、勉強も疎かにするなよ。勉強が出来る事も若者の特権だ」
情けなくも"戦う理由"を与えられたシンは本格的にシエルカードへの参戦を決意するのだった。