第60話 新事実の発覚
新学期が始まり一ヶ月も経つとシオンは学校生活に慣れ、亜梨乃達以外の友人も出来たようだった。
しかし、シンと二人きりで登下校する事だけは徹底した。
「そういえば最近、"リスク"の動きが止まったな」
「"リスク"?」
「そっか。シン君は春休みにフランスに居たから知らないんだ」
"リスク"とは巷で噂のシエルカードプレイヤー狩りを指す名称である。
年齢、性別、国籍、全てが謎に包まれており、危険かつ不確実な人物としてネット上でそのような呼び名が付けられた。
彼あるいは彼女は一方的にプレイヤーにバトルを挑み、一度も負けていないと言われているがその姿を見た者が居ない為、情報が錯綜している現状だ。
その強さを認め、カガリの抜けた穴を埋める逸材という意見を発信する者も存在する。
近々、警視庁のシエルカード犯罪対策部が大規模捜査を行うとも噂されているが、それも噂の域を出ない情報だった。
「"リスク"ねぇ。なんで誰も姿を見てないんだよ。マントでも被ってるのか?」
「見てないんじゃねぇ。負けた奴らは意識不明で入院してるんだ」
「はぁ!? じゃあ、皆、発症したのか!?」
"リスク"に負けた者は例外なくシエル症候群を発症し専門病院に入院している。
どのような経緯で発症したのかは不明だが"リスク"を止めないと犠牲者は増加の一途をたどるだろう。という内容が書かれたネット記事を読むシンはいつになく真剣だった。
世界大会を経て、シエルカードゲームの恐ろしさを誰よりも痛感したのはシンである。
無作為にシエル症候群を発症させている"リスク"と呼ばれる人物を許す訳にはいかないが、自分が戦ってプレイヤー狩りを辞めるように説得する事は無理だろう。
そんな葛藤を続ける彼に対して、麻々乃はタブレットを指さした。
「シエルカードゲームについて面白い記事を書くライター、風間。深堀する?」
「あぁ、頼む」
眉間に皺を寄せていると額を指で弾かれる。
「痛てッ」と額を撫でるシンを諭すようにシオンが優しく語りかける。
「悩み過ぎ。それはシンが抱えるには大き過ぎる問題だよ。警察が動くなら大人に任せれば良いじゃない。自分で対処したいなら警察官になってシエルカードゲーム犯罪対策部に入庁すれば良い。でもシンの夢は弁護士でしょ?」
リョウも亜梨乃も麻々乃もシンの夢は初めて聞かされた。
それは彼にとって特別な存在である夕凪とシオンしか知り得ない情報だ。
シンから直接ではなく、シオンの口から聞かされた事に納得のいかない亜梨乃は唇を尖らせているが、やはりシンは気付かない。
帰宅後、いつものようにシオンとアレクサンドレはシンの家に上がり込んだ。
二人は部屋に篭り、アレクサンドレはリビングで紅茶を飲みながらテレビ鑑賞に洒落込むのが最近の日課となっている。
ふと階段を見上げるとシンが一人で降りてくるところだった。
「アレクさん、シオンがどうやって【羨望の小悪魔】のカードを手に入れたのか教えて下さい」
「それはお嬢様に聞いた方が宜しいかと」
「俺に気を遣ってシエルカードゲームの話をしようとしないからアレクさんに聞いてるんです」
「それならば尚更、お嬢様とお話する事を推奨します」
彼の指先を追いかけるように振り抜くと音も立てずに階段を降りたシオンが背後に立っていた。
ギョッとするシンには目もくれず、腰に手を回してピタリと体を密着させる。
「気遣ってなんかない。シンは好きな話をすれば良い。私はどんな話だって聞くし、どんな話だってするよ」
「……教えてくれ、シオン。どうやって【羨望の小悪魔】を手に入れたんだ?」
満足したのか背中から離れたシオンがソファに座ると見計らったようにアレクサンドレが二人分の紅茶をテーブルに置く。
シオンはブランド物のパスケースから三枚のカードを取り出してテーブルに並べると湯気の立つ紅茶をひと啜りした。
「【羨望の小悪魔】は日本のシエルカード専門ネットショップで購入したパックから自分で当てたの。【羨望の魔物】はお兄様がプレゼントしてくれたから入手経路は分からない。そして【嫉妬の魔猫】はシンからの初めての贈り物」
思わず惚ける程の笑顔を向けられ、シンは俯き気味に頭を掻いた。
それなりの時間を共にしたつもりだがまだ彼女に慣れないのか、と自分でも驚きつつ同様に三枚のカードを並べる。
「俺の【魅惑の小悪魔】は何者かによってポストに入れられていたんだ。だから出所不明品だ。【魅惑の魔物】と【色欲の魔兎】はシオンからの贈り物だから割愛するが、俺はこいつと契約した記憶が無いのにその記録が残っている」
「それってどういう事?」
シオンとアレクサンドレが顔を見合わせる。二人も数々のプレイヤー達と戦ってきたがシンのようなケースは初めてだった。
シオンの質問に対する明確な答えを持ち合わせないシンは黙り、首を横に振る。
沈黙が続くリビングの空気を一変させたのはアレクサンドレの一言だった。
「折角、世にも珍しいカテゴリーdevilが二種類もあるのですから召喚してみては如何でしょうか」
促されるままにスマートフォンを操作する二人の目の前に現れたのは純白黒尾の兎と、茶色の豊かな被毛を持つ丸みを帯びた猫だった。
二匹は互いに歩み寄り再会を喜ぶように身を寄せ合う。
「仲良しなのかな?」
「みたいだな」
「わたし達みたい」
敢えて無視するシンは二匹の視線に気付いた。
何かを訴えようとしているその赤い瞳とエメラルド色の瞳に吸い込まれそうになるが二匹の声は聞こえない。
「"ルクシーヌ"の声が聞こえれば良いのにな」
聞き慣れない単語に反応して顔を上げると小首を傾げたシオンと視線があった。
どうやら彼女は二匹ではなく、シンを見つめていたらしい。
「この猫の名前?」
「そうだよ、可愛いでしょ。やっぱり名前が無いと。シンも兎って呼ぶのは可哀想だよ。この子の名前はないの?」
シンは口籠もる。
この兎の名前を知っているが、シオンと異なり自分で名付けた訳ではない。その名は子供の頃に本人から教えて貰ったものだ。
それを言ってしまって良いものか。考えを巡らせるシンはポツリと呟いてしまっていた。
「"ウェルヴェリアス"だ」
「名前があるなら、そう呼んであげて」
シオンは基本的に否定しない。
本心はどうか分からないが、シンに向けられる瞳は常に澄んでいる。それは時に心地よく、時に残酷だと思った。
「俺が世界で初めてカテゴリーdevilのカードと契約した事になってるけど、俺よりも先に入手していた【羨望の小悪魔】と契約しなかった理由はあるのか?」
「止められたの。【羨望の小悪魔】を開封してすぐに国際郵便が届いてね。時期が来るまで契約しないで欲しいって」
「それは誰から……?」
「鷺ノ宮エンタープライズ代表取締役社長、鷺ノ宮 朝陽さん」
必ず確認したいと思っていた質問に対する答えは意外な人物の名前だった。
シンは驚きのあまりコップを落としそうになり、このカードゲームの裏で大きな力が働いているのだと感づいてしまった。




