第59話 好きな人と同じクラスになれるおまじないと知っているか
四月になり、高校三年生になっての初登校日。
貼り出されたクラス名簿で自分の名前を見つけ、次に同じクラスとなった生徒の名前を順番に見ていくとほとんど二年の時と変わらなかった。
「金田とは三年間ずっと一緒だな」
「そうだね。リョウ君、亜梨乃さん、麻々乃さんとも一緒だ」
金田は掲示板の前で喜び合っている双子を眺めて意味ありげに溜め息をついていたが、シンはその時全く別の場所を見てギョッとしていた。
整頓された教室の席に着き、担任教師の話を聞いて体育館へ移動する。
決して静かなクラスでは無いと思うがそれにしても騒がしい。
シンは極力そちらを見ないように努めながら長ったらしい式を終えた。
体育館から退場する際、新入生の悪友の妹と目が合い、軽く手を振ってみると小さく手を振り返しながら照れくさそうに笑っていた。
教室に戻ると生徒達の自己紹介が始まったのだが三年目になると大体の生徒とは顔見知りであり、深い話をされない限り知っている情報ばかりだった。
そう感じているのはシンだけではないようで早く終わらないかとソワソワしている生徒が多い。
そして、一番最後に立ち上がったのはシンの隣の席に座る生徒であり、他のクラスメイトと異なり教壇に上がった。
頬杖をつき、隣を見ないようにしていたシンは今もずっと外を眺めている。素行不良は自覚しているが、どうしても正面を向けない理由が彼にはある。
「一年間の留学で参りました。シオン・Aimee・ベルナールと申します。気軽にAimeeとお呼び下さい」
「えー。ベルナールさんのような方が何故こんな学校に留学されたのかは先生も知りません。とにかく、粗相の無いようにして下さい。それからベルナールさんの強い希望により席は鴻上の隣になりました」
いつになく真面目な態度の担任教師を笑う者は居なかった。
それはシオンの放つオーラに圧倒されていたのと付き人のアレクサンドレが眼光を光らせていたからだ。
優雅に教壇から降りたシオンはシンの隣の席に座り、未だに校庭を睨んでいる恋人の後頭部を見つめる。そんな視線を受け止めながら新学期初日を終えた。
「なんで、日本に居るんだよ」
「お父様から頼むって言われてたし、私はまたねって言ったよ」
確かに言われたがこんなにも早く再会が訪れるとは思ってみなかった。
ただでさえ、目立つ容姿のシオンが隣に居るという事が話題となり、始業式以降も昼休みには他のクラスの生徒や下級生が度々訪れるようになった。
シオンの絡みに嫌がっている風だが、シンは強く拒絶しないというやり取りを見て、癒される者や嫉妬する者が後を絶えない。
「お、アヤメだ。ちょっと外すな」
「やっと来やがったか」
三年生になってからは昼休みの時間をシオンを含めた五人で過ごすようになり、その光景に違和感がなくなった頃になってようやく彼女は遠慮がちに上級生の教室を訪ねてきた。
アヤメと話している彼らを教室内から眺める女子三人組、特にシオンの視線はこれまでに見せた事のない鋭さだった。
「Aimeeちゃん、目、怖いよ」
「あら。失礼しました。彼女があまりにも可愛い子だったので」
「リョウの妹」
「そっか。妹ちゃんが入学したって言ってたもんねー。ていうか、Aimeeちゃんって嫉妬とかするんだ」
「結構、嫉妬深い方なんですよ。そうですね、ちょうど良い機会なので。亜梨乃、シンは渡さないよ」
唐突に宣戦布告された亜梨乃は言葉を失い、麻々乃は無言で弁当をつつきながら二人の顔を交互に見る。
亜梨乃がシンを見る視線は実に分かりやすく、恐らく気付いていないのはシンだけだろう。
「言ってなかったけど、わたしはシンの恋人なんかじゃない」
その次に続くのは「だから正々堂々勝負しよう」というような青臭いセリフを期待した亜梨乃だったが、その願望は一言で打ち砕かれた。
「わたしはシンの婚約者なんだよ」
その言葉の意味を正しく理解するまでには十分な時間が必要だった。
一瞬にして真っ白になる頭の中で『婚約者』という文字がぐるぐると回る。
麻々乃は至って冷静にシオンの蒼い瞳を見つめ返す。
七枚之悪魔の一柱である【嫉妬の魔猫】を持つシオンの嫉妬心は並大抵のものではなく、その瞳の奥には「シンの為なら手段は選ばない」という強い意志が宿っていた。
「でもね。シンが亜梨乃を選ぶならそれで良いと思ってる。だからシンを振り向かせてみて」
挑発的に微笑む猫のような笑顔の裏には「絶対に負けない」という自信がこべりついているようだった。
「三年生の教室に行くのって緊張するから仕方ないだろ」
「お兄様とその親友に会いに行くだけだろ。そんなにハードル高いかよ」
「そういうもんなんだよ。……どうした?」
教室に戻ってきたシンとリョウに気付かれる前に表情を戻したシオンは満面の笑みで二人を迎え入れる。
「何でも無いよ。今日もシンの家に行くね」
「来なくていい」
「勉強、わたしが教えた方が身になると思うけどな」
短時間で日本語をマスターした才女であるシオンに苦手な科目は無い。
実際にこの数日間で苦手教科を克服している自覚がシンにもあった。
弁護士になるという夢を叶える為にも彼女の好意に甘えた方が良いと判断したシンは今日も彼女と帰路につく。




