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第58話 これは間違いなく両親へのご挨拶

 目覚めるとキングベッドの真ん中に寝かされていた。

 天蓋までついているお姫様ベッドの端に座っていた彼女に気付いて飛び起きる。



「ゴメン。どれくらい寝てた?」

「二時間くらいかな。これから夕食だから一緒に行こ」



 シオンに手を取られ、階下に降りるとだだっ広い部屋に案内された。

 部屋の中心には長方形のテーブルと椅子が置かれ、既に空席は二席だけとなっている。

 貴族を思わせる風貌の人達がテーブルを囲んで食事をする中、彼らの視線はシンとシオンに向けられた。



「起きたかね。早く着席したまえ」



 家長と思われる壮年の男性に促され、戸惑いながら席に着くと重苦しかった空気を壊すように笑いが起こった。

 部屋の端に控えている使用人達も口元を隠しながら一緒になって笑っている。

 ただシンだけは理解が及ばずキョロキョロと見回し、シオンは頬を膨らませた。



「もう! お父様もみんなも人が悪い! シンが困ってるでしょ」

「お前のボーイフレンドを怖がらせるのが父親の役目だ。許せ、Aimeeエメ



 そんな父娘おやこのやり取りを見て、シンは隠れて安堵の吐息を漏らした。

 考えてみれば、これは彼女の実家を訪問するという重大なイベントであり、生半可な気持ちで旅行を敢行したのは間違いだった事に気付く。

 立ち上がり、頭を下げながら自己紹介と謝罪を述べると彼女の父の表情から笑みが消えた。



「その謝罪は何に対してかな?」



 ビリビリと感じる威圧感にたじろいでいると母親と思われる女性が助け船を出してくれて事なきを得た。



「俺……あ、私はお嬢さんとお付き合いしている訳ではありません。あれは手違いと言うか」

「酷いよ、シン」



 父親、母親、二人の兄、使用人達の表情が一瞬にして曇る。

 選択肢を間違えた、と悔やみ訂正しようとしたが一度口にした言葉は撤回する事が出来ずシンは体を強ばらせる。

 激怒されるかと覚悟したが決してそんな事はなく、寧ろシオンを非難する声が上がった。



「まったく、お前という奴は何を考えている。国際生放送でとんでもない事をしおって。お前だけが恥をかくならまだしも、彼を巻き込むなど」



 父親のお叱りが止まる事はなく、いつもの光景だと言わんばかりに母親達は食事を再開してシンの前にも料理が運ばれてくる。

 これまでにフランス料理を食べた経験の無いシンが固まっていると背後から近付いた男性が丁寧に指導してくれた。

 味わった事の無い料理を堪能しつつ、父娘おやこの口喧嘩を眺めているとまさかの飛び火した。



「シン君はうちの娘と交際する事に抵抗はないのかな?」

「正直、どうすれば良いのか戸惑っています。お互いの事をよく知りませんし、お互いに外国人で文化の違いもあるでしょうし」

「シン君の気持ちはどうなのかな? あれは世界中の人達の前で口づけする程には君の事を好いている」

「それも分かりません。とにかく中途半端な事は言えませんし出来ません」



 質問に対して何一つ答えを出していないシンだがシオンの家族にとって彼の印象は決して悪いものではなかった。

 もしも娘が連れてきた男がもっと適当な奴だったならば、父親も兄達もこんなに会話していなかっただろう。むしろ屋敷の敷居を跨がせる事はなかった筈だ。

 付き人であるアレクサンドレが車に乗せた時点でこうなる未来を予見していたシオンはシンと結ばれる事を信じてやまないのだから一切口添えをしなかった。



「では、シン君。この旅の期間中に娘との交際について熟考してくれ。それと諸々のマナーも学んでいくと良い。どんな結末になったとしても大人になった時に君を助けてくれる筈だ」



 シンは春休みの約三週間をフランスで過ごす事となりテーブルマナーを学び、社交界への参加し、観光を楽しんだ。

 そんな日々の中でシオン・Aimeeエメ・ベルナールという少女についても知り、好意を抱くようになっていた。

 彼女は共通の話題であるシエルカードゲームについては一切触れず、互いの事を語り合った。



「シン君はシエルカードゲームを辞めたのかね?」

「はい。そのつもりです。シオンさんと出会えたきっかけなので蔑ろにするつもりはありませんが、犠牲者が出るゲームを続けるのは辛いです」

「そうか。どちらにしても決めるのは君自身だ。それで娘とは順調かな?」

「明日、自分なりの答えを伝えるつもりです」



 翌日。人生初の告白をした事でシオンと正式に恋人同士になった上、両親公認の婚約者へと肩書きが変化した。

 誰からも文句を言われる事はなく受け入れられたのは良かったが、初彼女が婚約者というのは世間的におかしくないか、と複雑な心境だった。



「あれの夫になるという事はベルナール家の婿になるという事だ。どういう意味か分かるかね?」

「……どういう意味でしょうか」

「リュンヌというお菓子ブランドを知っているかな?」



 いくら情報に疎いシンとは言え、ホワイトデーのお返しを毎年選んでいると絶対に目に入るブランド名だ。

 それが何の関係があるのか、と疑問を抱きながら父親を見上げるシンをシオン達が笑う。



「本当に気付いていなかったんだ。リュンヌは私達の曾お爺様が創業したブランドで今はお兄様が経営しているの」

「……へ? え、じゃあ、あの社交界って本物って事!?」

「本物も偽物もないよ。シンはリュンヌを経営する家の婿になるんだよ。また有名人になっちゃうね」



 将来まで深く考えずに告白した事は間違いだったのではないか、と頭を抱えるシンの腕に自身の腕を絡め、シオンは潤んだ瞳で見上げる。

 逃げる気はないが、完全に外堀を埋められたシンは今更ながら真剣に彼女との交際に臨む覚悟を決めた。

 その日の夜。シンとは別の意味で覚悟を決めたシオンは彼をいつぞやのお姫様ベッドに招き入れ、満月が輝く夜を共に明かしたのだった。



「おはよう」

「シオン!?」



 薄く瞼を開けると一糸纏わぬ彼女の姿が視界に飛び込んできて思わずベッドから落ちそうになる。

 昨夜の事を思い出して赤面するシンを見てシオンはクスクスと笑った。



「なんでシンの方が恥ずかしそうなの?」

「なんでって」

「じゃあ、今度は恥ずかしくならないようにしておいてね」



 無茶な注文をする彼女に背を向け、着替えを終える。

 フランス土産をキャリーケースに詰め、お世話になった彼女の両親、兄、使用人達にお礼の述べたのだが、彼らがいつになくニヤニヤしている事は気に留めないようにしておいた。



「娘を頼むよ、婿殿」

「またね、シン」



 往路と同様にファーストクラスで約十三時間を過ごしたのだが、人間の慣れは怖いものでサービスの数々に初回ほどの感動をしなくなっていた。

 上流階級の生活に触れて自分の感覚がずれ始めている事を悟ったシンは身の程にあった生活を取り戻す為に気持ちを切り替えて、母にフランスでの出来事を語った。

 成り行きとはいえ、名家のお嬢様の婚約者になってしまった事に対して慌てふためき、国際電話で高額な料金を支払ったというのは伏せておこう。

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