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第57話 初めての海外旅行

 三学期というのは短いもので期末テストを終えると更に短い春休みが始まる。

 四月から三年生になるので羽目を外し過ぎないように、と担任に釘を刺されたがそんな無茶をする学生は居ないだろう。

 シンもそう思っていた。



 終業式の一週間前を見計らったようにシンの家に届いたのは遥か遠方に住む恋人(仮)からの封筒だった。

 恐る恐る開くと中には飛行機のチケットと共に以前SNSでやり取りした時よりも上手な日本語で書かれた手紙が同封されていた。

 連絡をまめにしない男は嫌われるだの、電話に出ろだの、文句がびっしりと書かれている手紙を無視できないと観念したシンは母親に事情を話してパスポートを取得し、人生初の海外旅行を一人で行く羽目になってしまった。



 わざわざ恋人(仮)に会う為に片道十三時間をかけるとはなんて非効率的なんだ、と嘆きながら空港へ向う。

 そもそも恋人同士なのかも怪しい。交際というよりも交換だろう。

 自宅を出た時から空港へ到着するまで脳内を文句だけで満たすシンは搭乗を目前にして緊張で足が竦んだ。



 どこに泊まるのかも、何泊するのかも分からない無計画な旅行に向かうシンは大きめのキャリーケースを持って来ていたが見渡す限り大荷物を持つ客は居ない。

 空港スタッフの手厚い対応により荷物は取り上げられ、レッドカーペットを歩いて搭乗する。

 案内されたのはどう見てもワンルームにしか見えない個室の席でどんなに足を伸ばしても窮屈にならない。



 人生初の飛行機搭乗がファーストクラスになるとは思っておらず、フランス行きを気軽に決めた事を後悔しながら辺りを見回すと場違い過ぎて冷や汗が流れた。

 若手実業家のような風貌の者や会社役員のような威厳のある者と、慣れたようにそれぞれがくつろいでおり、なんとも居心地が悪い。

 そんなシンを気遣う添乗員は世間話を交えつつ、フライト中の過ごし方や充実過ぎるサービスの説明をしてくれたのだが、密着し過ぎではなかろうか。



「ソフトドリンクもございます。何に致しましょうか」



 ドリンクオーダーを取るだけでこんなに近づく必要は無いだろう、と距離を取る様に座り直したシンは控えめに注文を終える。

 目的地に到着するまで映画を見たり、昼寝したり、観光ガイドブックを読み漁ったりして過ごし、食べた事のない三大珍味を味わった。



「お客様にはまだ早かったでしょうか。和食もご用意がありますよ。お待ち致しますね」



 夜には座席をフルフラットにして毛布をかけてくれる。

 最初こそ緊張していたがこんな思いは二度と出来ないだろうと開き直り、長いようで短いフライトを満喫した。

 始終感動していたシンは微笑みを絶やさない添乗員に名刺を貰った。

 人生二枚目となる名刺をしまい、フランスに降り立ったシンは大荷物を受け取り、指定された出口へと向かう。



「ここで合ってるんだよな」



 不安感から独り言を呟くシンの目の前にはリムジンが停車しており、一人の男性が頭を下げている。

 その男性は顔を上げてリムジンの扉を開けた。



「待ってたよ、シン。ようこそ、フランスへ」



 丁寧なお辞儀をする令嬢は間違いなく自分のあだ名を呼んでいるが、その事実を認識出来なかった。

 無反応のシンに気を悪くする様子はない。彼女は人差し指と中指で挟んだカードを顔の隣に持っていく。



「あぁー! 【嫉妬の魔猫】って事はAimeeエメ選手か!?」

「他人行儀が過ぎるよ」

「だって、その格好は」


 彼女は改めてスカートを摘んでお辞儀する。



「わたしの本名はシオン・Aimeeエメ・ベルナール。シオンって呼んでね」



 彼女に手を引かれ、リムジンに乗り込んだシンは半ば誘拐のような形で空港を出発した。

 人生初のリムジンは思ったよりも揺れなかった。運転席との距離も遠く快適に目的地へと向かう。



「どうして連絡をくれなかったの?」

「あれからシエルカードゲームをやってないんだ。だから――」

「まだ引きずってるの?」



 少しずつ距離を詰めるシオンの頭がシンの肩に触れ、重みが加わっていくが拒まなかった。



「ここにはシンを知っている人は居ない。私の家にいる間はスマートフォンの電源を切って。リアルでもバトルは申し込まさせないから体と心を休めてね」



 瞼を閉じて脱力すると二人の頭がぶつかり、そのままシンは深い眠りへと落ちていった。

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