第52話 引退宣言
大会スタッフに呼ばれてスタジアムへ向かうと既に四人の選手が待っていた。
涼しい顔をしている者や疲労困憊の者と様々だが表彰式と閉会式は予定通りに行われた。
今回の総当たり戦の結果、六勝一敗のイタリア代表、フェモラーリが世界最強の座に就いた。
シンは四勝三敗という結果に終わったがフェモラーリに唯一勝利し、Aimeeとの公開口づけした件で脚光を浴びる事になった。
何台ものカメラに撮られ記者達からコメントを求められたが、何を答えたのか覚えておらず、とにかく早く帰りたい気持ちで一杯だった。
「お前、大丈夫か?」
「……はい」
「初めてのランク急なら仕方ないが、あまり気に病むなよ。あれはお前のせいじゃない」
「でも。俺が强選手を」
「お前は見てなかっただろうが、俺が最後に戦ったメイソンも病院に運ばれた」
閉会式に参加出来た選手は五人だ。
同意書に署名しているとはいえ、犠牲者を三名も出してしまった世界大会は気持ちの良い終わり方ではなかった。
それでも現地で観戦していた者達や各国首脳陣の中には絶賛する者が居る事も事実で、鷺ノ宮エンタープライズとしては今回の大会は大成功だったと言える。
「おめでとう、フェモラーリ選手。私も戦いたくなってしまいました」
「ありがとうございます。本当に今回の大会を放送して良かったんですか? シエルデヴァイスのアップグレードによってショッキングな映像がお茶の間に流れたのでは?」
「心配には及びません。優秀なカメラマンが撮っているからね。時にうちのシン選手はどうだったかね?」
「"魔王"にしては優し過ぎるでしょう」
「それが彼の良い所ですよ」
フェモラーリとの握手を終えた進堂総理はAimeeの元へ向い、胡散臭い笑顔を浮かべた。
「今回は自分のカードで参加してくれたようですね」
「別に。私は彼に会いに来ただけ」
「君には感謝しています。あの時、君が【色欲の魔兎】を選んだくれたお陰で兎が飛び跳ねる姿を見る事が出来たのですから」
「貴方、なに?」
「君の猫は気まぐれでしょう。だが良く管理出来ている。あとは好感度だけですね」
全てを見透かす目が気に食わない。Aimeeは視線を逸らしたが、そんな彼女を気にも留めずに進堂総理はシンの前に移動した。
「君には驚かされるよ、シン選手」
「これで良いですか? 俺は全力で戦って四勝ですよ。【色欲の魔兎】も手に入ったし、これでシエルカードゲームを辞めます」
「えぇ、満足しました。帰国後はゆっくり休むと良い。冬休みはまだ長いからね」
こうして世界大会は閉幕し、五人の選手は賞金を得たが誰一人として母国に持ち帰ると言う者は居なかった。
この大会でシエル症候群を発症した三名の選手と他の患者達の為に募金を提言し、それぞれ帰国する準備を整える。
「本当に気にしないでね。あれは事故だよ」
「あぁ。分かってる」
「落ち着いたら招待状を贈るからフランスへ来て。待ってる」
シンを乗せた飛行機は日本へと飛び立ち、彼は高校二年生の冬休みを憂鬱な気持ちで過ごした。