第36話 町はモンスターで溢れてる
始業式を終えたシンは教室に戻り、七月下旬からの出来事を思い返していた。
日本代表決定戦、海水浴、花火大会、必死に終わらせた宿題など多くの思い出を作った夏休みが終わったのだ。
魔王杯は有名選手が出場していなかった為、毀誉褒貶が激しかったが、全国二位という功績は大多数のシエルカードゲームファンを納得させるには十分だった。
それでもネット上にはシンを叩くコメントが掲載されている事も事実だ。
初めて会った上級生に見せられたのはシンと【魅惑の小悪魔】のカードを馬鹿にする内容の記事で、攻撃が一辺倒だとか、やる気を感じられないだとか、魔王(童帝)などと書かれており、気分の良いものではなかった。
「シエルカードなんてのは所詮、運なんだからよ。お前が冬姫に勝てたのも運が良かっただけなんだよ」
「七枚之悪魔なんて厨二臭いんだよ」
「何が魔王だよ、ただの陰キャだろ」
上級生相手に問題を起こしたくない為、穏便に対応していたが、それはクラスメイトも同じで教室まで出向いて来た彼らを止める者は誰も居なかった。
そんな中、ドタドタと足音が近づき、教室の扉が開け放たれた。
「誰が陰キャだ、この野郎ーっ!」
突き出されたスマートフォンから飛び出した蛇が上級生三人の足元に着地すると教室から溢れ出る程に巨大化し、三人を締め上げた。
「やり過ぎだ! 止めろ、亜梨乃!」
「でもっ!」
「【干天の幻獣】を仕舞えよ、亜梨乃。シエルカードはそうやって遊ぶもんじゃねーぞ」
友人を貶され、頭に血が上った亜梨乃は当事者であるシンとトイレから戻ったリョウに止められ、【干天の幻獣】をスマートフォン内に収めた。
「次、シン君を馬鹿にしたら絶対に許しませんよ」
幸いな事に上級生もクラスメイトも教員に告げ口をしなかった為、大事にはならなかったがシエルカードで喧嘩したとなれば、しかもそれがシンの通う学校での出来事と分かればまたしてもマスコミが騒ぐだろう。
【干天の幻獣】の出現により教室内の机と椅子が散乱した為、三人で片付け始めると他のクラスメイト達も手伝ってくれた。
「二度とあんな事するな」
亜梨乃はシンが上級生と揉めていると聞き、駆けつけたがその後の対応が良くなかった。
もしも、あの上級生達もシエルカードゲームのプレイヤーだったなら、もっと大事になっていただろう。それこそ、教室や校舎が破壊されていたかもしれない。
「ゴメン。でも私はっ!」
「分かってるよ。シンを助けたかったんだろ。やり方の問題って話。ほれ、先生が来るから席に戻れよ」
ホームルームも終わり、シンはそそくさと学校を後にした。
「シン君、怒ったよね。嫌われちゃったかな」
「そんな事ない」
遅れて教室を出た姉妹も帰宅しようとしたが、麻々乃は亜梨乃と違う方向に足を向けた。
「私は用事がある。先に帰ってて」
最近、行き先を伝えずに消える事が多くなった妹と別れた亜梨乃はどうも釈然とせず、最近できたばかりのクレープ屋へ向って歩き始めるのだった。
シエルデヴァイスとシエルカードゲームアプリのアップデート以降、町の光景が一変した。
まるで犬の散歩をするかのように契約モンスターを連れて歩く者が多くなり、更にはモンスターに家事や子守をさせる者も現れた。
厄介だったのは契約モンスターを利用した窃盗や殺人未遂まで起こすようになってしまった事だ。
連日、ニュースではシエルカードゲームアプリにより召喚されたモンスター関連の報道がされるようになり、ゲーム自体を問題視する声が上がっていた。
これらの問題は日本のみではなく、シエルカードの契約者が居る世界各国が抱えるものとなった。
日本政府はまるでこれらの問題を予測していたかのようにシエルカード専門の部署を政庁や警察庁などに配置し、法改定まで行った。
進堂総理の対策は功を奏し、シエルカード犯罪の取り締まりが強化され、他の犯罪と同様に裁かれるようになった。
各国も日本をモデルケースとして次々とシエルカード関連の問題を解決したが、根本的な解決には至っていないのが現状である。
販売中止を訴えてデモ活動まで頻発するようになったが、進堂総理は全てに対処し、決して鷺ノ宮エンタープライズに販売中止の要請や命令をする事は無かった。
「最近、シエルカード犯罪が増えて法改定まで行われたから、真面目に勉強している身としては覚える事が増えて迷惑している」
シンは【魅惑の小悪魔】の進化先である【魅惑の魔物】のカードを見せる為だけではなく、別の目的もあり久々に彼女の元を訪れていた。
「なるほど。随分と凶悪な見た目だ。このカードは強いのか?」
「攻撃力と守備力は大したこと無いけど、スキルと効果は強力で何より素早い」
「ほぅ。だから攻撃が一辺倒だと叩かれるわけか」
「んなっ!?」
ふふっと慎ましく笑われ、ムセ込む。
まさかそのような記事やスレッドに目を通しているとは思ってもみなかった。
「以前と比較にならない程、ランク急のカードが普及しているようだな。あんな馬鹿でかい生物が町で暴れてみろ、巨獣大戦争が始まってしまう」
「凪姉、随分とシエルカードに詳しいんだな」
「国に与える影響力が強過ぎる。流石にそれくらいの事は知っているさ」
法律の本をペラペラと捲っていたシンは本を閉じて彼女の方を振り向いた。
「凪姉はいつ進路を決めたの?」
「私の進路は小学生の頃から変わっていない。進学先だけは高校二年生の時に決めたな。なんだ、悩んでいるのか?」
机の上に置かれた真っ白な進路希望調査票を見て、彼女はまたしても微笑を浮かべた。
「そういう悩みを抱える時が来たのか。時が経つのは早いな」
「そんなに年齢は違わないだろ」
「何を言う。私が手を繋いで登校していたのだぞ」
「まぁ、そうだけど。それって俺が小っちゃい頃だろ」
三歳差の彼女とは家が近所だった事もあり、幼少期からの付き合いである。
何を隠そうシンにカードゲームの面白さを教えたのは彼女だ。
そして、彼の事を"シン"って呼び始めたのも彼女で、それを面白がって広めたのがリョウだ。
シンの視線が外れ、進路希望調査票に向けられた。
あの頃は何も考えずに遊んでいられたが、これから先の事も考えながら生きていかなければならないと思うと一気に気持ちが沈んだ。
そんな浮かない表情を作るシンに二枚のカードを返した彼女は大人な笑みを向けた。
「よく二枚目を手に入れたな。偉いぞ、シン。あと一枚だ。こういう風に一つずつ問題を解決していけば、進路も決まるかもしれないな」
照れ隠しで少し強引にカードを受け取ったシンはそれらをデッキケースに仕舞い、立ち上がった。
「じゃあな、凪姉。次に会うときは三枚目のカードを手に入れた時だ」
「期待しているよ。ホワイトデーも来るだろ?」
「多分」
マンションを出たシンは夜空を眺め、ランク急のカードの所在とそれを手に入れた時の代償を考えながら帰宅するのだった。




