第33話 それぞれの痛み
表彰式はつつがなく執り行われたが、そこにシンの姿は無かった。
スタジアムから吹き飛ばされた際に足を負傷したシンは麻々乃に付き添われてタクシーで病院へと向っていた。
その道中、シエルカードゲームアプリ内で横たわる兎は未だに目覚めず、心配からなのか、シンは胸の奥底が熱くなるような感覚に襲われていた。
幸いにも捻挫だけで済んでいた為、テーピングと鎮痛薬を貰って帰宅する事になったのだが、タクシー乗り場には麻々乃の怒声が響いた。
「どうして【魅惑の魔物】の効果を発動しなかった!?」
「麻々乃、ここ病院の敷地内だから」
「あのバトルはシンが勝てた! なのに手を抜いて怪我までした! シンは馬鹿だ!」
こんなにも麻々乃が怒っている姿を見たのは初めてで驚いたが、それよりも何故、理不尽に怒られているのか理解出来なかった。
強制参加のイベントに最後まで付き合ってやったのだから、寧ろ褒めて欲しいくらいだ。
シンは最初から日本代表になる気は皆無で初戦敗退を狙っていたのだが、初戦は不戦勝、二回戦は兎の予想外の行動によって勝利を収めた為、決勝戦で負けるしかなかった。
途中、熱くなってしまい【魅惑の小悪魔】を進化させてしまったが、最終局面で冷静さを取り戻せて良かったと思っている。
「シンは日本代表にならないといけないのに!」
「落ち着け、麻々乃。【色欲の魔兎】が手に入らないなら、シエルカードゲームを続ける意味が無い」
「だからこそ、勝つ必要があった! 亜梨乃とリョウがカードを取り返してくれたのに!」
「何を言ってる」
「【色欲の魔兎】はAimeeが持ってる」
「なにッ!?痛ッ!」
驚きのあまり勢いよく立ち上がってしまい、足に激痛がはしる。
片足を庇いながら椅子に座り直し、俯く麻々乃の顔を見上げながら優しく問いかけた。
「どういう事だ?」
「魔王杯の授賞式の時、Aimeeは【色欲の魔兎】のカードを手にしてた。スクリーンに映ったのは一瞬だったけど、絶対に間違いない」
「なんであの人が俺のカードを――」
「それは分からない。Aimeeが世界大会に出場すれば、また会って話が聞ける。譲って貰えるかもしれない。なのに。その機会が……」
「分かった。俺が悪かった。今日は解散して学校で話そう。な?」
遅れて病院に到着した亜梨乃に連れ帰られた麻々乃を見送ったシンは迎えに来てくれたリョウと合流し、これまでの経緯を話した。
「――って事があって、麻々乃に怒られた」
「なるほどな。チャンピオンにも失礼だったかもしれねぇけど、お前らしくて良いんじゃね。お前のカードに関しては分からん。世界で一人の悪魔のカード持ちにランク急のカードを与えたくなかったのかもしれないしな」
「そうだな。あ、カードありがとな」
「良いって事よ。それに取り返してくれたのは謎の黒服集団だ。そいつらが俺達にデッキケースを渡してくれたんだ」
「ふぅん。黒服ね」
こうしてシンにとって二回目の公式大会は準優勝という結果で幕を閉じた。
足の処置や麻々乃との口論ですっかり忘れていたが、シンの胸の奥は未だに熱を帯びていた。
* * *
表彰式を終えたカガリが記念撮影やインタビューを終え、控室へと戻った頃には外は真っ暗だった。
カメラの前では必死に笑顔を作っていたが、これまでに味わった事のない痛みに表情を歪める。
鏡の前で服を捲り上げると、胸部九箇所が青紫色に変色していた。
「なんや、これ」
肋骨を指先でなぞると激痛で声にならない声が漏れる。
【九尾の妖狐】の攻撃による風圧でスタジアムから落ちたのはシンだけで、カガリは無傷の筈だが彼の方が重症だった。
「あばら折れてんのか!?」
アプリ内でも、アーケード版でも、ホログラムでも、数えきれない程のバトルを繰り広げて、異名にもなっているランク急モンスターへの進化もさせてきたが、実物での進化は今回が初めてであり、あんなにも苦しいとは思ってもみなかった。
更にこのような現象と痛みも初めてだった。
【魅惑の小悪魔】によるプレイヤー(契約者)への攻撃。
【九尾の妖狐】への進化時の呼吸困難感、効果発動後の胸部への疼痛。
これらは鷺ノ宮エンタープライズがシエルデヴァイスとアプリをアップデートし、契約モンスターを実体化させた事で生じた出来事だった。
* * *
仕事を終えて帰宅した彼女は我が子の帰りを心待ちにしていた。
好きで休日出勤している訳ではないが、職場から呼び出されれば顔を出さない訳にはいかず、さっさと仕事を終えて帰宅したつもりだ。
本来であればコーヒーでも飲みながらカードゲームの大会に参加している息子の勇姿を目に焼き付けている所だが、その楽しみを奪われ、珍しく苛ついている自分に気付く。
この時間なら既に大会は終わっているだろう。
息子から直接今日の結果を聞く事に決めた彼女はスマートフォンを置き、テレビも点けなかった。
玄関の鍵が開けられる音が聞こえ、パタパタと出迎えに行く彼女の目に飛び込んできたのは小学生の頃からの友人に肩を借りた息子の姿だった。
「どうしたの!?」
「スタジアムから落ちたんだ。大した事ないよ。病院にも行ってきたし、捻挫だけだから」
あたふたする彼女は玄関に腰掛けて靴を脱ぐシンを見下ろしながら、密かに歯を食いしばる。
リョウに何度も頭を下げ、歩きにくそうにリビングへ向かう息子の後ろ姿を無言で見つめた。
「結果はどうだったの?」
「準優勝。決勝戦でスタジアムから落ちた」
「そう。おめでとう。足、無理しないでね」
こんな事なら最初から結果を見て、病院まで迎えに行けば良かった。
やるせない気持ちが渦巻く中、自室のパソコンで日本代表決定戦のダイジェスト動画を見ながら電話をかける彼女は手短に通話を終え、息子が【魅惑の小悪魔】を進化させるシーンを何度も何度も見返した。




