第3話 楽しみ方は人それぞれ
ホームルームの前はいつもガヤガヤしている。
そんな喧騒の中、彼は拝まれていた。
「頼むよ、シン。やっぱりお前じゃないとダメなんだって」
「嫌だ。俺はシエルカードはやらない」
「旧シエルはやってただろ。あの頃みたいに一緒に遊ぼうぜ」
シンと呼ばれた男子高校生は頬杖をつき、窓からグラウンドを眺めていた。
隣で騒いでいるのは小学校からの悪友である。
ここ数週間、シエルカードゲームへの参加を勧められており、嫌気がさしていたところだ。
丁度良いタイミングでチャイムが鳴り、悪友のリョウは自分の席へと戻って行く。
こうして今日も普段通りの学校生活が始まった。
「――って流れで俺は負けたんだ」
「……へぇ」
「シン君、ぜんっぜん興味ないでしょ!」
昼休みは四人で集まって昼食を食べる事が日課になっている。
シンの隣に座り、前回のシエルカードゲームの敗因を語るリョウ。
コンビニのサンドイッチを頬張る活発な女生徒。
持ち込み禁止の筈の小型タブレットと睨めっこを続けている女生徒。
女生徒達とは高校入学後に知り合い、悪友のシエルカードゲーム仲間となった事で交流を持つようになった。
彼女達は双子であり、姉が佐藤 亜梨乃、妹が佐藤 麻々乃という。
「でも、シン君。そろそろ決断して欲しいなぁ。チーム戦の練習をしないといけないんだよー」
「……はぁ?」
「来週、隣町の高校生とバトルなんだ。それも三対三のね! あいつら、絶対に許さないんだから!」
亜梨乃はサンドイッチの袋を握り潰し、ビニール袋の中へ放り込んだ。
「亜梨乃は何をそんなに怒ってるんだ?」
「私達の可愛い可愛い契約モンスターちゃんを馬鹿にされたのよ!」
突き出されたスマートフォンの画面の中ではデフォルメされた小さな蛇が地面を這っている。
「私達が初めて買ったパックで当てたの。【干天の小動物】っていうカード名なんだよ」
私達とは彼女の妹を指しており、タブレットを弄っているのが双子の妹である。
折半して購入したパックからランク序のカードが出たらすぐに契約しようと決めていた彼女達は姉が契約してバトルを行い、妹が育成するという独自の方法でゲームを楽しんでいる。
シンも蛇は可愛くないと思ったが、それは言葉にしないでおいた。
高校生にとっての五万円は大金であり、彼女達にとって思い入れが強いのだろう。
そんな契約モンスターを馬鹿にされて喧嘩をふっかけたらバトルを挑まれたという展開だった。
「俺じゃなくて、金田を誘えよ。あいつ金持ちだからパックを買い漁ってるんだろ?」
「あーダメダメ。あぁいうタイプの人と連携が取れるとは思えないから」
大袈裟に首をふる亜梨乃がスマートフォンをポケットに仕舞うと同時にチャイムが鳴る。
四人は席に戻り、午後の授業を受けた。
放課後。
帰宅準備中のシンの元にリョウが歩み寄った。
「今日も行くか?」
短く返事をして椅子から立ち上がった時、昼間に話題に上がった人物が現れた。
「困っちゃってさ。見てよ、これ」
シンの机に広げられたのは十枚のシエルカードだった。
これが一枚五万円である。
この金田という金持ちの息子は五十万円をばら撒いたのだ。
「どのカードと契約するか悩んじゃって」
特に嫌味は無いのだろうが人によっては金田は嫌われるかもしれない。
そんな彼を見て、シンは微笑んだ。
「凄い数だな。じゃあ、また明日」
「良いカードばっかじゃん。早く契約してプレイヤーになれよ! じゃあな」
スタスタと扉へ向かうシンの後を追うリョウは金田に手を振りながら爽やかな笑顔を向けた。
学校を後にした二人は馴染みのカードショップに寄り、空いているデュエルスペースに座り込んだ。
店内をボーッと眺めているシンの視界にガラスケースの中に展示されたガントレット型のアイテムが映る。
「営業妨害だぞ、学生共~」
「お邪魔してます、店長! それよりシエルカード入荷した!?」
「したよ。今、売り切れたけどな」
レジの前にたむろする数人の学生が購入したばかりのパックを開封しているところだった。
「うわっ、マジかよ!? ランク破なんだけど! 使えねー」
大袈裟にリアクションを取る学生を周りの学生達が冷やかしながらも慰めている。
シエルカードは一パックに一枚しか封入しておらず、何が当たるかは分からない。
そして、契約できるのはランク序のカードだけである。
たった今、ランク破のカードを手に入れた彼はそのカードの進化前であるランク序のカードを引き当てないと手持ちのカードはただの紙切れと同然なのだ。
「大丈夫だって、転売すれば倍額になる!」
今の時代、スマートフォンが一台あれば大抵の事は出来てしまう。
シエルカードゲームの発売から二年、フリマアプリ内での転売が横行していた。
しかし、販売元の鷺ノ宮エンタープライズはそれを咎める事はなく、寧ろ遠回しに推奨しているようだった。
こうして、シエルカード専門の転売サイトが作られ、日本発祥に関わらず全世界の人がシエルカードを購入出来るようになった。
「そんなに儲かるのか?」
「全部がオンリーワンのカードだからな。本当に契約モンスターを進化させたい奴はいくらでも金を積む。それを狙って買い漁る奴もいるし、コレクターも居る」
饒舌に語るリョウを横目に頬杖をつく。
シンはシエルカードにも転売にも興味は無い。
しかし、長年の付き合いである悪友が何か問題を起こさない事を祈りつつ、帰路についた。