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一目惚れは嘘だと思ってました

作者: アナグラム

 一目惚れ。一度見た異性のことを好きになってしまうその現象を俺はこの時まで信じていなかった。そんなものは嘘だと。好きなった理由が特に思いつかないロマンチストが言い訳がましく使う言葉だと。そう思っていた。

 だが、高校1年の春。俺は一目惚れをした。



 

 その日、俺は部活の準備をしていた。この高校に入学してから三日が経ち、体験入部をする者達がそれぞれの部活に体験に行く。俺はというとバレー部に来ていた。中学校から漫画に憧れて始めたバレーはそれなりにうまくなり、高校でもっと練習してさらにうまくなろうと意気込んで体験に参加することを決めた。

 学ランから半袖半ズボンに着替え、シューズの紐を限界まで縛って更衣室を出る。体育館を見渡してポールとネットが立っている付近にいる上級生と思わしき人達に挨拶をしに駆け足で向かった。


「こんにちは」

「お、1年生?」

「はい。今日は体験で来させて貰いました。」

「オッケーオッケー。適当に柔軟とかしてて。練習始まる前に集まって自己紹介とかしてもらうから」

「分かりました」


 先輩達から少し離れて開脚や屈伸、背中や腰のストレッチを済ましていく。

 じっくりと時間を掛けてやっていると俺以外の体験の人達や数人の上級生達がやってきて人が集まり、先ほど話した先輩が「集合」と号令を掛けた。走ってその先輩のところに集まり、円をつくって並ぶ。


「よし、じゃあ今日から1年生が体験で来てるからまずは・・君から自己紹介をよろしく」


 先輩が指示したのは俺だった。

 俺はトップバッターとは思っていなかったので少し緊張気味に固い声で自己紹介を始めた。


松原明人(まつばらあきと)です。バレーは中学校のころからやってました。ポジションは「いや~ごめん、ごめん遅れちゃったよ!」」


 と、そこで俺の自己紹介の声を遮るほどの元気で明るい声が響いた。思わずその方向を見るとジャージ姿の女子生徒が先輩の後ろから現われた。

 艶やかな黒い髪にアーモンド型の大きな瞳。かわいらしい小さな口にすらっと通った鼻筋。太陽の様にまぶしく笑う彼女を見たとき俺は思わず見とれてしまった。


「まだ始まって無いから大丈夫だ」

「そう?」

「ああ、1年の自己紹介中」

「あ~なるほどね!」

「ほら、続けていいぞ。・・・・おい、どうした?」

「あ、いえ。なんでもありません」


 隣にいた1年生に体を揺すられてはっとした俺は自己紹介を続けた。


「えっと、ポジションはミドルブロッカーでやってました。一応セッターもできます」

「おお、有能だな。身長は何センチあるんだ?」

「186です」

「でけえな~。高校1年でそれか~」

「いいな~。私に10センチくらい分けてほしい~」


 彼女はうらやましげな表情を浮かべて明るい声でそう言う。話しかけられるとは思っていなかった俺は思わずドキッとして顔を背けてしまった。


「い、いえ。それはちょっと・・」

「え~いいじゃない」

「あの、えっと」

「こら。後輩を困らせるな」


 しどろもどろで答えていると先輩がその人を叱るようにそう言った。

 そこからはその人は俺に絡むことは無く、他の1年の自己紹介、上級生の自己紹介に移った。彼女はこのバレー部のマネージャーで名前は伊藤紗菜(いとうさな)さん。俺の一つ上らしい。3年生の先輩にもため口なことには驚いたが先輩に気にした様子は無く、俺も気にしないことにした。


***



 それから一ヶ月後。俺たちは総体の予選を迎えた。県に上がるための予選で2回勝てば県大会に出られるとの事だった。俺は身長とちょうどブロッカーがいなかった事からレギュラーに選ばれ、出場することになった。

 この予選で負ければ3年の先輩はそれで終わり。緊張で少し顔がこわばっていたのだろう。試合前、ユニフォームに着替えていると声がかかった。


「明人君」

「はい」

「緊張してるの?」

「はい、してますね。なんせ1年は俺一人ですから・・」

「大丈夫よ! 先輩達がフォローしてくれるって!」

「そう、ですかね」

「うん、そうそう!! 明人君は思いっきりやっちゃえ! なんなら一番目立っちゃえ!」

「・・ふふっ。そうですね。思いっきりやってきます」

「うんうん!」


 紗菜先輩はそう言って俺を励ました。俺と紗菜さんはこの一ヶ月でそれなりに話すようになり、普通の部員とマネージャーの関係になっていた。俺は彼女に一目惚れをして好きになってしまったため、最初はうまく話せなかったが彼女の持ち前の明るさと次々と出される話題によって話せるようになっていた。

 体から余計な力が抜けた俺はユニフォームに着替え終わり、コートに向かった。



 その日、俺は一番ではないがそれなりに活躍することができ、無事に県大会への出場が決まった。

 その日の試合が終わったあと先輩達からは褒めに褒められ、頭をガシガシと強めになでられたり腕を首に回されたりした。ふと、紗菜さんの方を見ると満面の笑みでサムズアップしていたので俺もうれしくなって笑顔でサムズアップをした。






 一ヶ月後。県大会の日がやってきた。相手は優勝候補だった。俺たちはなすすべもなく負け、3年生の引退が決まった。最後のミーティングでみんなが涙を流し、3年生が部活からいなくなることを惜しんだ。




***



 3年生がいなくなって2年生が主体となり、新しくチームがスタートした。俺はそのままレギュラーで他の1年も二人ほどウィンドブレイカーとリベロとしてレギュラーになった。

 次第に技術も上がり、年末頃にはチームの守護の要として活躍するようになっていた。2年生ともいろいろ話し合いながら勝てるように練習を積んでいく。そうしているうちに自然と紗菜さんとも話す機会が増えるようになっていった。


 定期テストが終わったあとは

 

「ねね、明人君は勉強できる?」

「まあ、それなりですかね。平均点より少し上って感じです。紗菜先輩は出来るんですか?」

「ふふふ。なんと私は学年20位なのだよ」

「2年生って何人でしたっけ?」

「えっと確か200人くらい」

「すごいですね。学年でもトップクラスじゃないですか」

「でしょでしょ。もっと敬い給え」

「あ、それで台無しになりましたよ」

「え~」


 なんて会話をして。

 

 クリスマス前には



「紗菜先輩って恋人とかいるんですか?」

「いや~いないんだなこれが」

「え、モテないんですか? クリぼっちですか?」

「し、失礼だな君は。私は恋人を作れないんじゃ無くて作らないの!」

「へえ~そうなんですか」

「む、なんだねその目は。君だっていないでしょ!」

「まあ、いませんよ。でも好きな人はいます」

「え!! ホント!? だれ!」

「教えませんよ。絶対に」

「いいじゃ~ん。教えてよ~」

「嫌です」


 なんて言って。俺たち二人は部活の中でも特に仲のいい二人として認識されるようになっていた。付き合ってるのかとか仲良し夫婦なんて言われたりして俺は恥ずかしさとうれしさが混ざったような感覚で日々心を躍らせて過ごしていた。

 俺はこのままこの時が続けばいいと思っていたが、現実はそうは行かないもので時間は進んでいく。やがて、季節は巡り、春がやってきた。下から新しい部員達が入ってきて俺は先輩としてより一層部活に熱心に取り組むようになった。

 新しくマネージャーも入ってきて紗菜さんにも女子で話す部活仲間が出来た。名前は草壁葵(くさかべあおい)と言って1年の中でかわいいと話題になっている子だ。別にそのことは何の問題も無く、問題なのはこの新しいマネージャーと俺の関係だ。

 自己紹介の時、彼女は俺と同じ中学で女子バレー部だったと言った。中学の時、男子バレー部は女子とは違う体育館でやっていて俺は同級生くらいしか知らないのだが彼女は俺の事を知っているらしい。彼女は入ってきてすぐに俺に絡み、正直しつこいと思うほどにつきまとわれることになった。

 帰るときは


「先輩! 一緒に帰りましょう!」

「嫌だよ」

「む。なんでですか!」

「家、そんなに近くないだろ」

「でも方向は一緒です! 途中まででいいですから!」

「・・俺は一人で帰りたい」

「嘘ですよ! この前友達と帰ってるとこ見ましたよ!」

「・・とにかく俺はお前とは帰らない」

「なんでですかぁー!」


 と言うやりとりを毎日の様にする。文言はもちろん毎日違うが似たような事だ。

 もちろん俺が彼女と一緒に帰りたくないのには理由があり、一緒に帰って紗菜さんに付き合ってるとか思われたくないのだ。ちっぽけだが俺に取っては重要な事だ。

 葵は帰るとき以外も絡んできて、廊下ですれ違っただけで駆け寄ってきて話しかけてくる。その内容は今話すことか? と思うほどどうでもいいようなものだ。結構拒絶する感じを出して遠ざけているのだがそんな事はお構いなしに彼女は話しかけてくる。

 女子の対応は女子に聞くのがいいと思い、葵の相手をどうすればいいのか分からなくなった俺は紗菜さんに相談してみることにした。少し嫉妬してくれないかなという願望も持って。


「え~葵ちゃんかわいいじゃん! 何が嫌なの?」

「いや、俺好きな人いるんで、その人にあんまり葵とその、付き合ってるとか思われたくなくて・・」

「あ~なるほどね~。う~ん・・。どうしたらいいかな~」

「いっそのこと好きな人がいるからあんまり絡むなって言おうかと思ったんですけど、そうするとチームにも影響しそうで・・」

「そうだよね~。・・う~ん、現状維持しかないんじゃ無いかな~。それか明人君がその好きな人に告白しちゃうとか!」

「・・告白・・ですか」

「あ、いや、別に無理にすることは無いと思うんだけどね・・」

「告白はまだ自分は厳しいっすかね。とりあえず現状維持でやってみます」

「あ、えっと、うん。そうだね」



 とりあえず現状維持をして様子を見て機会があれば行動すると言う感じでいくことに決めた俺は紗菜さんにお礼を言ってそのあとは普段どおりの会話を続けた。ちなみにこの日は葵は委員会で部活に遅れているので休憩中に紗菜さんと話し合うことが出来たのだ。




 そんなこんなで葵の対処に悩む日々と紗菜さんとのむずかゆいようで幸福な日々を過ごしているとあっという間に一ヶ月が経って県大会の予選がやってきた。2年の先輩を中心とした強力なスパイカー陣と俺を中心とした守備陣で相手を完封することが出来、なんなく突破することが出来た。

 紗菜さんはいつもの様に元気づけてくれて、マネージャーとして初めての公式戦である葵は二階の応援席から、さながら女子とは思えないような声量で応援してくれた。

 俺たちは県大会で勝つためにそれからも練習に力を入れた。何かに向かって行動している時ほど時は早く進むものですぐに県大会がやってきて、初戦は去年ベスト8になった高校だった。

 これまで練習してきたコンビネーションとこの一ヶ月でようやく使えるようになったジャンプサーブを使ってどんどん点を重ねていく。そして、1セットを取り、そのまま流れにのって2セット目も取った。試合終了のホイッスルに合わせて礼をして握手を交わし、二階の観覧席に戻る。その最中、俺は紗菜さんと話していた。


「明人君! すごかったよあのジャンプサーブ!」

「ありがとうございます。でも二本、ネットに掛けてしまいました」

「二本ミスしてもその何倍も点取ってるから十分だよ!」

「ははっ。ありがとうございます。次も勝てるように頑張りますね」

「うん! この後2試合挟んで私たちだからしっかり休んでね!!」

「はい」


 そんな事を話しながら階段を登りきるとゼリー飲料を人数分持った葵が待っていた。お疲れ様ですと言いながらそれぞれにゼリー飲料を渡していく。俺はそれを受け取って飲みながら席に座り、コートで行われている試合を見ながら前に座る同級生とたわいもない話をいているとストンと俺の横に葵が座った。急な事に驚いて俺は彼女を見て、そして同級生に目をやると彼はすでに違うやつと話し始めていた。


「先輩、すごかったですね!」

「あ、ああ。ありがとう」

「サーブもすごかったですが特にブロックが光ってましたよ!」

「ブロックがか」

「はい! 相手の打つコースを読んで左右のブロッカーの位置を調節したり、レシーバーに指示を出して次のレシーブをやりやすくさせたり! もうホントすごいです!」

「そ、そうか」


 思った以上に的確に俺がしていた事を見ていて少し恐さを覚える。自意識過剰かもしれないがこいつ俺のことずっと見てた?

 いや、確認するのは恥ずかしい。やめておこう。

 その後も彼女の先輩すごいは続いていい加減げんなりしてきたところで俺たちの前の試合が終わった。俺たちは立ち上がって観覧席からコートに向かう。葵から「頑張ってください!」と言われたので「勝ってくる」とだけ返して階段を降りた。

 



 俺たちの次の相手は去年のベスト4の高校。去年と言い、今年と言い、くじ運が最悪だが勝てる可能性は十分にある。相手校が去年ベスト4にいけたのは卒業した3年生の力が大きい。今年も強いとは限らないのだ。

 気合い十分に迎えた1セット目。序盤からこちらのスパイクが続けて決まり、サーブも好調に決まっていく。途中で向こうが盛り返してきて競ったが無事に1セット目をとった。強豪相手に1セットとれた事でさらに勢いづいた俺たちはそのままいけると2セット目を始めた。

 2セット目も競りに競ってデュースまで持ち込んだが向こうのサーブが決まり、2セット目は取られてしまった。

 そして最後の3セット目。序盤、俺のサーブと先輩達のスパイクが連続して決まり、10対0という点差をつけた。そのまま試合は進んで徐々に点差は詰められるものの5点差を保った状態でこちらは20点台に突入した。このまま勝てると俺たちのチームの誰しもが思ったのだろう。その油断をついた様に連続得点を許して同点まで一気に差は縮まった。俺たちもそれ以降の得点を阻止しようとあがくものの流れに乗った相手校はそのままマッチポイントを取り、23対25で2回戦敗退となった。


 試合後の最後のミーティングで去年と同じように涙を流した。去年より時間を共にしているせいか、勝てそうだったからか涙は去年よりも多く流れた。




***




 俺がキャプテンとなり新チームが始動して数ヶ月が経ち、もうすぐ3年生は卒業式を迎えるという時期になった。紗菜さんとは部活で会わなくなると途端に話す機会が減り、廊下で会ったときや体育館での集会などのときに少し話しているが以前のように毎日話すことは無くなった。それでも俺の彼女を好きな気持ちは薄れることは無く、なんとか彼女と話そうとわざと校内をウロウロしてみたり集会の時に話しかけやすいように一人でいるようにしたりした。

 その甲斐むなしく、紗菜さんと話す機会は増えず、メッセージアプリでやりとりをすることが多くなった。ちなみに俺が少し落ち込んでいるときも相変わらず葵は俺に元気に絡んでくる。

 

 俺も鈍感なほうでは無い。葵が俺に好意を持っている事にも薄々気付いていた。そんな彼女にこんな事を相談するのも残酷な気がするのだが紗菜さんをよく知っている女子の友人が彼女しかいなかったので俺は葵に紗菜さんのことについて相談した。


 部活が終わっていつもの様に俺を一緒に帰ろうという彼女の誘いに乗って彼女と一緒に帰ることにし、俺は相談を切り出した。


「なあ、俺さ、好きな人いるんだけどさ」

「え! 告白ですか! 私ですか!?」

「あ、いや、違うんだ」

「違うんですか! まあ、分かってますけどね! 先輩が好きな人なんか!」

「え、そうなのか?」

「そうですよ~。あんまり私を甘く見ないことです! ズバリ! 先輩の好きな人は紗菜先輩でしょう!」

「・・・・なんで分かったんだ」

「だって先輩、紗菜先輩の顔チラチラ見てましたから」

「そんなにか?」

「ええ、結構頻繁に」

「そうか・・」


 そんなにわかりやすかったのかと少し落ち込んでいると横を歩く彼女から優しい声がかかった。 


「それで? 一体どうしたんですか?」

「・・いや、やっぱりお前に話すのは・・」

「あれ? もしかして私が傷つくとか考えてます? 大丈夫です! 私は最終的にお嫁さんになれればそれでいいので!」

「・・うん?」


 彼女はいきなり俺の前に出て歩みを止めて人差し指を立てて説明を始めた。彼女の言った意味がよく分からない俺は足を止めて彼女の説明に耳を傾ける。 


「ふふふ。いいですか? これは先輩も気づいているでしょうが私は先輩の事が好きです」

「お、おう」

「私は先輩のお嫁さんになりたいです。ですが、学生の頃から付き合って結婚するカップルは一握り。ならば私は先輩とは付き合わず、大人になって付き合ってお嫁さんになります」

「・・待ってくれ。意味が分からない。その一握りになるっていう事は考えないのか?」

「甘いですね。甘々です。そんな理想論は持ち合わせていないのですよ私は。・・とにかく、私は今は先輩と付き合う気はありませんから! だから先輩は私が傷つくとか考えないで相談してください!」


 得意げに無い胸を張りながら彼女はそう言った。

 今言ったことが彼女の本心かどうかは分からないが後輩の女の子にこれだけ言わせたのだ。俺は意を決して彼女に説明した。紗菜さんと話す機会が減ったこと、増やそうとしても増えないことを。

 彼女はそれを聞いてきょとんとした顔をした。


「え、告白すれば全て済むじゃ無いですか」


 何を言っているのかという顔でそう述べる彼女はふざけている様子など無く、真面目にそう言った。しかし、それが出来れば苦労はしないのだ。


「いや、告白って言ったってなあ」

「告白します。付き合います。話す機会はデートとかで増えます。ほら、解決ですよ」

「待て待て。告白しても付き合える保証はないだろ」


 そう言うと彼女は普段は見せないような真剣な顔をして俺の言葉を返した。


「保証なんてないですよ。それでも告白するから相手はそれに嬉しくなるしキュンとくるんじゃないですか。好き合っているかどうかなんて結局は最後まで分かりませんよ。言わないと先輩の想いは伝わりませんよ」

「それはそうだけど・・」

「じゃあ言いましょうよ。じゃないと紗菜先輩は誰かに取られちゃいますよ」




 俺はその後何も言えなかった。

 正直何度か思ったことはある。学年が違い、話す機会も少なくなった今、彼女と徐々に仲を深めて付き合うと言うことは難しい。休日、遊びに誘おうにも彼女は高3。受験が控えているから少し抵抗感がある。ならばもう告白して恋人同士になればいいと何度も思った。だがそう考えるたびに断られたら今の関係が壊れると考えて一歩が踏み出せないのだ。

 それを言い当てられて、惨めな自分を見せつけられて、俺は少しの間、意気消沈して歩く。二人の間にしばらくの静寂が訪れ、気まずい雰囲気が漂い始める。


「先輩は、紗菜先輩が好きなんですよね」


 沈黙を破ったのは葵でゆっくりと歩きながら呟いた。


「ああ」

「先輩は紗菜先輩が誰かと一緒にイチャイチャしてるところを見て、耐えられますか?」

「いや、きっとその場から逃げ出すかな」


 少し自嘲気味に乾いた笑いを発しながらそう呟く。口から出た息が白くなり、消えていく。


「先輩が今、告白しないと紗菜先輩はそのまま大学に行きます。大学に行ったら紗菜先輩はあっという間に彼氏を作るでしょうね。それでもいいんですか?」

「いや、良くないな」

「なら、先輩はどうするんですか? 何もせず指をくわえてただ誰とも付き合わないでくれと願うだけですか?」

「・・・・」


 そうは言っても恐いのだ。告白して、好きな人に拒絶されるのが。今の関係が壊れるのが。俺には絶対に紗菜さんと付き合えるという自信もないし、勇気も無い。


「大丈夫ですよ。先輩なら。私は先輩の魅力をたくさん知っています。その私が言うんです。大丈夫ですよ」


 彼女が黙ったままの俺に諭すようにそう言った。彼女の方を見ると寒さで少し紅くなった頬を歪ませて優しく笑っていた。

 俺の頭の中で彼女との日々が思い出される。うっとうしいくらいつきまとわれ、試合後には俺がしていた細かな事を褒めてくる。昼休みどこにいたかを知っていたり、教えても無いのに好物を知っていたりと軽い恐怖を覚える様なことはあったが、彼女はおそらく誰よりも俺の事を見ていた。


「・・ああ」


 葵の言葉が勇気をくれる。立ち止まる俺の尻を蹴ってくれる。

 覚悟を決めるんだ。

 

「俺、告白するよ」





***



 卒業式の日。俺はいつもより長い睡眠で隈を取り、髪をバレない程度にセットしてやってきた。卒業式が終わって紗菜さんが来るのを待つ。呼び出したのは使われていない空き教室だ。

 今日告白するに当たって俺は葵から色々言われた。最初はロマンチックに色々並べようとした告白の言葉を直され、アネモネの花束を持って行こうとすればそれはやめとけと言われ、バラにしろと言われたり。とにかく俺は葵監修の元、告白の舞台に上がった。


 

 まだ紗菜さんは来ていないにも関わらず、俺の心臓はバクバクと壊れたようになり、手足は少し震えていた。しばらく待っていると教室のドアががらがらと音を立てて開く。


「あ、明人君! やあやあ」


 そう言いながら手を振り、彼女は教室に入り俺の前に立った。

 そしていつもと変わらない笑顔を浮かべながら俺に話しかける。


「今日はどうしたの? こんな所に呼び出して~」

「今日は先輩に伝えたいことがあって呼びました」

「お! 何かな! 楽しみだ!」


 ついに俺はこの人に想いを伝える。そう思うと先ほどより激しく心臓が鳴る。紗菜さんに聞こえるのではと言うほどバクバクと音が頭に響く。

 さあ、言うんだ。勇気を出せ。言うんだ!


「あの! 実は!」


 そう言いかけた時、突然、廊下の外から声がかかる。


「お、こんなとこにいた」


 声のした方向にいたのは身長が高めで制服を少し着崩した男子生徒だった。胸には卒業生につけられるあの花のようなものがついていた。そして仲のいい友人に接するように紗菜さんはその人物に話しかける。


「あ、夏月。どうしたの?」

「いや、お前がここの階段上がって行くのが見えて何やってんだろうって思ってな」

「ああ、なるほど」

「それで、何やってんの?」


 その生徒は不思議そうな顔をして紗菜さんを見つめた。

 少し嫌な予感がしながらも俺は紗菜さんに聞く。


「・・紗菜先輩。そちらの方は?」

「うん? あ、そっか会うの初めてだったね。今元夏月(いまもとなつき)って言って元バスケ部のキャプテン! そしてなんと私の彼氏!」

「・・彼氏?」

「そう! どうだ~? ほれほれ。私の方が先に恋人を作って悔しいか~?」


 彼女はそう言いながら無邪気な笑みを浮かべた。

 彼氏。そう聞いた瞬間、胸に大きな穴が空いたような感覚に陥り、隠し持つ花束をぎゅっと握りしめる。


「えっと、紗菜? その子は?」

「あ、えっとね、よく話してた部活の後輩! 松原明人君って言って話しててすごく楽しいんだよ~」

「ああ! この子が!」


 彼はそう言って明るい笑みを浮かべながらこちらを向く。


「よろしく! 明人君!」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 俺は喪失感と虚無感にさいなまれながらも彼の言葉に反応してそう返す。

 彼の顔や口調には一切、他意はなく純粋に会えた喜びしか感じ取れなかった。


「それで、明人君! 私に何か用だったんでしょ?」

「・・はい。えっと、その」

「うんうん、なになに?」


 胸の奥に何かがつっかえたような、何かがこみ上げてくるのを必死に抑える様な。そんな感覚を覚える。

 本当ならここで告白をする予定だった。好きだという予定だった。でももうそれは言っても仕方のないこと。だって先輩には彼氏がいるんだから。ごまかすんだ。バレない様に、最初から告白しようと思って呼び出したと悟られないように。



「卒業・・おめでとうございます」


 泣きそうに、叫びそうになるのを我慢して精一杯の笑みを浮かべながら言葉を絞り出す。後ろに隠し持っていたバラの花束を前に出して彼女に渡し、まるで自分に言い訳するように言葉を続けた。


「先輩にはお世話になったので個人的なお礼です。今までありがとうございました。本当にお世話になりました」


 

 そう言って俺は腰を90度に折って頭を下げた。本当にそれを言うために呼び出したように見せるために。

 

 

 頭を下げると、彼女は「うわあ! ありがとうね! ホントにありがとう!」と明るい声で言った。

 彼女がありがとうと言って数秒待って顔を上げ、彼女の方を見る。心底嬉しそうで花束を見てはしゃいでいる。彼女からすれば仲のいい後輩から感謝の言葉と花束を渡されたに過ぎない。それでも嬉しそうにする彼女を見て、胸がぎゅっと握られたように苦しくなる。思わずこぼれそうになる想いを無理矢理胸の内に封じ込める。


 彼女が笑って去れるように、卒業という晴れ舞台で気まずい思いをしなくてすむように、俺の想いは伝えずに。笑って、見送ろう。彼女が笑って去って行ってくれる方がいい。


 先輩の目を見て最後の言葉を紡ぐ。


「先輩、大学でも頑張ってくださいね」

「うん! 頑張るよ! 明人君も頑張ってね!」

「はい。俺も頑張ります」

「うん!」

「では。本当にありがとうございました」

「うん、またね!」



 彼女は俺に向かって花が咲いたように、ぱっと笑って教室を出て行った。彼氏もその後に続いて出て行く。その様子をしっかりと見た後、しばらく俺はただそこに立っていた。

 

 紗菜さんは俺じゃない人の彼氏になり、これからもあの笑顔をふりまきながら幸せに暮らして行くのだろう。

 

 そんな考えが頭の中に浮かび、彼氏の横で楽しそうに笑う紗菜さんを想像してしまう。じわじわと視界が歪んでくる。目からあふれ出すそれは止めようとしても止めることは出来ず、目を拭っても洪水のようにあふれ出す。顔も歪み、呼吸をするたびに嗚咽が漏れる。


 


 人生で初めての一目惚れをして、2年間も想い続けた俺の恋は実ることは無く、ただ虚無感と喪失感を残して幕を下ろした。

 

 






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[気になる点] 後輩ちゃんとのその後
[一言]  うん、結局、告白できなかったへたれだから、こうなるのも当然ですよね。  後輩ちゃんに依存しないか心配です。ここでそっちに流れたら、ひどい男って思っちゃいそう。
[一言] 簡単に届く想い、簡単には届かない想いの両方があります。どちらであったとしても、好きであったことには変わりません。
2021/09/21 12:54 退会済み
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