【8】邂逅
運命の劇場へようこそ
龍の秘密を追う魔道師ザンダルは、奇妙な運命に導かれ、旅立つことになる。
「歌の龍王」は、拙作のダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界を舞台にした幻想物語です。
*
赤の風虎
甘やかな言葉を弄する前に
行動あるべし。
*
「あなたが近くにおられてありがたい」
魔法の気配を放つ青年は、ナルサスが宿とする廃屋の前で待っていた。魔道師学院の法衣の胸に輝くのは青龍座の紋章。魔法使いに似合わぬ槍にもたれかかり、ほとんど瞬かぬ目で正面からナルサスを見つめて言う。
「モーファットで魔族と戦ってください」
「魔族か」
本来なら、素っ頓狂な依頼だと思うだろう。古代の邪神、邪悪なる魔族は死を越えた存在だ。魔族の呪いを受け、復讐を誓う者はいくらでもいるが、魔族と戦って生き残った者などわずかしかいない。星の女神によって封印され、多くの力を奪われているというのに。
おそらく、ナルサスはそのわずかな例外の一人だ。
この魔剣「野火」を手に多くの敵と戦った。水龍ティウチノスを皮切りに、邪悪な沼の魔族と戦った。多くの仲間が死んだが、彼は生き残った。
そこまで思い起こして、ナルサスは腰の魔剣「野火」が大人しくしている理由を理解した。この男は戦いの使者だ。また殺戮と狂気の日々が始まる。「野火」は、それを感じ取っているのだ。
「いいだろう。
こんな荒野で賞金稼ぎの馬鹿どもを斬るのにはもう飽きた」
「即答を感謝します。
いつ、おいでいただけますか?」
「今」と答えて、ナルサスは廃屋の扉を開ける。「荷物などわずかしかない」
そこでやっと互いに名乗っていないことに気づいた。
「人違いではなさそうだが、あんたの名前は?」
「ザンダル。モーファットで龍を研究する魔道師です」
「龍か。酔狂なことだ。敵は、龍ではないのだな?」
「赤い瞳の巫女ドレンダル。呪われしヴェルニクを支配する魔族、【赤き瞳の侯爵スゴン】に魂を売った魔女です。すでに、モーファットに侵入しています」
*
余計なことを言わない男はいい相棒になる。
ナルサスはそう思う。
ザンダルが引いてきた予備の馬にまたがり、モーファットへ向かって荒野を走った。かつて魔剣を獲得した火龍の街まで半日足らず。おそらく、この場所に流れてきたのは、この日のためだったかもしれない。
「急ぎます」
ザンダルはそう言うと、一気に馬を走らせた。
街をあける時間を少しでも減らしたいらしい。代わりの使者を立てるよりも自分が動いた方が早い。そういう判断をする男か。
嫌いじゃない。
ナルサスは、馬に鞭を入れた。
*
「何か異常は?」
ザンダルは、モーファットを支配する伯爵家の城館に飛び込み、兵に馬を預けるとともに、駆け寄ってきた家令に問う。
「波止場周辺で失踪した者が数名」
「鱗は?」
「現場に鱗が残されていた例は三か所」
「ならば、十分。弓兵隊は?」
「控えております」
そこでザンダルはナルサスを振り返る。
「ドレンダルは、双魚使いだ。魔族に下る前は、召喚魔道師だった」
「双魚の動きは分かる」とナルサスは答えた。昔、一緒に旅した魔道師が召喚したのを見たことがある。兵として考えれば、ずいぶん厄介な妖魔だ。しかし、斬れる自信はある。
「おそらく、街の地下に踏み込んだに違いない」
と、ザンダルが言う。
「私が案内する。魔女を斬れ」
「分かりやすいな」とナルサス。
「物事の本質は単純だよ」とザンダル。
そう、この世の本質は単純なのだ。
さらなる重要人物、魔剣使いのナルサスが登場。
これは、「深淵」のベースとなっているオンライン・セッション(掲示板ベースのテキストセッション)に参加したプレイヤーのPC。「深淵」世界の長い住民となりました。
★本作は、朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、現在も継続中(最新64話/2021年春まで)を転載しているものです。
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