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歌の龍王  作者: 朱鷺田祐介
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【3】船から降りてきた女

運命の劇場へようこそ

龍の秘密を追う魔道師ザンダルは、奇妙な運命に導かれ、旅立つことになる。


「歌の龍王」は、拙作のダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界を舞台にした幻想物語です。




白の風虎


我は忘れぬ。

我は諦めぬ。

我は追い詰める。



 モーファット河を上下する河船は、1枚帆と多数の櫂を併用した底の丸い船である。櫂は河を遡る際と、船の速度が必要な時にのみ用いる。

 その日、アラノス湖に来た船は、ずいぶんとみすぼらしい姿だった。帆が焼け、舷側には何か巨大な石でもぶつかったのか、ひび割れが見えた。

 やがて、波止場に入った船に向かって波止場の人足頭が叫んだ。

「派手にやられたな、土鬼か?」

 土鬼とは、イクナーリ大平原にすむ野蛮な巨人族である。凶暴で野蛮な民で、しばしばモーファット河を行く人の子の船を襲う。彼らの投げる石は豚ほどもあり、当たれば、人は死んでしまうし、船も沈みかねない。

「ああ、ヴェルニクのあたりで船を止めたら、この有様だ」

 船乗りは、もやい綱を放りながら答える。

「ヴェルニクか。あれも遺跡が多いからのお」

と、人足頭はうなずいた。モーファット河の流域には、土鬼の先祖たちが築いたと言われる巨大な遺跡群があり、土鬼の部族たちはそこを聖地とみなしている。そのため、モーファット河は別名、土鬼河と呼ばれる。北から炎に焼かれしゾースニク、封印されしカルースニク、呪われしヴェルニクの三地域に遺跡が多く集まり、したがって、それらの流域では土鬼の活動が活発なのである。

 そこで、頭はぞっとした。

 もっともモーファットに近いヴェルニクは、呪われし土地だ。土鬼たちは、赤い瞳の魔龍スゴンという怪物を神とあがめている。ところが近年、スゴンの聖域にどうやら、とてつもない財宝が眠っているという噂が流れている。伝説によれば、そこには「スゴンの瞳」と呼ばれる巨大な紅玉石が隠されているらしい。

 今まで、何度も腕利きの宝探しが聖域に忍び込んで、土鬼たちの怒りを買い、非業の最期を遂げた。

「もしかして、誰ぞ、ヴェルニクに……」

 頭が言いかけたところで、船室の扉が開き、船長と一人の若い女が出てきた。

 奇妙な装束の女だった。

 両眼を覆うような板の仮面には、一本の細い筋だけが入っている。あれで見えるのかどうかはよく分からないが、揺れる船の上でも女の足取りはゆるぎない。そして、女のまとうのは、魔道師やまじない師が好んでまとう法衣に、薄い外套だ。胸のあたりには青と銀で彩られた紋章が見える。あれは通火の星座。夢占い師か……

「船長、ご迷惑をかけた」

と、女は船長に言った。

「十分な代金はもらった。それに」

と、大柄な船長が髭をかいた。

「あんたの占いが本当なら、俺は喜ぶべきだ」

幻視えたことをご説明したまで」

と女は、軽くお辞儀をし、船を下りた。そのまま、モーファットの街を巡る塔の一つへ向かって歩き始めた。


「いったい、どうしたんだ、船長?」

と波止場の人足頭は聞いた。

「それより、頭、俺に何か伝言は預かってないか?」

「ああ、そうだ」と頭は思い出した。波止場の親方からこの船の船長にあてた手紙を預かっていたのだ。船長はそれを受け取ると、さっそく中身を開き、歓声を上げた。

「やったぞ、長男だ!」

 それは妻の出産を告げる知らせだった。

 そう言えば、この船長と来たら、子供が多い癖に娘ばかりで、息子が欲しいと日頃、愚痴っていたものだ。

「どういうことだい、船長?」

「あの女、これが幻視えたんだ」

「夢占い師か、そいつはすごいな」

「それだけじゃねえ。

 あれは一昨日のことだ。夢のお告げがあって、ヴェルニクであの女を拾った。あいつはあの呪われた都から帰ってきたんだよ」

 人足頭はぞっとした顔で船長を見た。



 どんな街にも腐敗は存在する。

 その若いちんぴらもその一人だ。

 船から降りた女の金払いがよかったことを聞きつけると、波止場の雑用を放りだして、女を追いかけた。占い師であろうが、ちょっと短剣で脅せば、懐の中身を差し出すだろう。

 そうして、ちんぴらは女を追って、城壁の塔へ向かう道を急いだ。

 ありがたいことに城壁へ至る道は、人気が少ない。戦争の時はまだしも、平時は、城壁の上にいる衛兵以外、出入りがほとんどない。ましてや先日、バサルの来訪があったばかりだ。城壁に人の集まる理由などない。おかげで、若い男女が逢引きに使うぐらいだ。

 そこまで、考えて、ちんぴらはほくそ笑んだ。

 あの占い師、ずいぶん、若い女のように見えたな。財布の中身をいただくついでに、ちょっとした悪さもできるかもしれない。


「馬鹿だな、お前」


 冷徹な声が頭上から降ってきた。

 見上げると、あの女占い師が見下ろしていた。

 ぞっとするほど冷たい声だった。

 そして、女は仮面を外した。

 深紅の瞳がちんぴらを見た。

 そして、ちんぴらはそのまま、そこに斃れた。

心臓はもう止まっていた。


「くだらないな」

 女はそう言って、周囲に軽く手を振ると、そのまま、ちんぴらの背中に当てた。


 ちんぴらの名前はアート。

 死んでしまった、役立たずの波止場人足。



★本作は、朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、現在も継続中(最新64話/2021年春まで)を転載しているものです。


http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/

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