【21】グゲの玉座
運命の劇場へようこそ
龍の秘密を追う魔道師ザンダルは、奇妙な運命に導かれ、旅立つことになる。
「歌の龍王」は、拙作のダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界を舞台にした幻想物語です。
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風の風虎
風の匂いがする。
季節が変わっていく。
狩猟に備えるとしよう。
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ライン・ラズーリの館は、海に突き出した高台の上に立っていた。ベランダに立つと、潮風が吹き寄せる。見下ろせば、港と高台の間には真っ白な砂浜が広がり、そこでは近海で漁をする小舟が集っていた。
「少し出たあたりにサンゴ礁がありまして、よい漁場になっております」
街の領主ライン・ラズーリはゆったりとした白の絹に身を包んだ小太りの男だった。南方沿海地域を席巻するテルテヌ系のため、黒髪黒眼で肌も浅黒く、豊かな髭を蓄えている。豊かな街の領主らしく、指輪や首飾りに金や宝石がたっぷりと使われていた。
「アナベルからお聞きの通り、我らはゲグの教えを信じております。
いえ、プラージュの狩猟神にも敬意を払っておりますが、北の国々ほど、かの神々がこの海辺で力を持たぬのもまた真実。この海の深きあたりに住まうゲグの海神に貢物を捧げるのもまたやむなきこととお受け取りください」
後半は、魔道師学院という勢力に対する言い訳であろう。
ザンダルは状況を踏まえ、深くは踏み込まないことにした。重要なのは、「赤き瞳」を無事、学院に運ぶこと。そのため、この街の領主とうまく付き合い、デンジャハ王国への船旅を手配することだ。
また、ゲグという海神に関する情報が必要だった。ただの地域信仰には思えない。あの白銀の大公ともども、情報を収集し、対策を練らねばならない。
「よろしければ、ゲグなる神について、もう少しご教授願えましょうか?
あるいは、文書などあれば、拝見させていただきたいところです」
「ゲグ神の正しき名前は封じられております」と、ライン・ラズーリは、答える。魔道師が下手に出たのがうれしいのか口舌はなめらかだ。「おそらくは、古き戦いで海に封じられた際に、禁じられた名前なのでしょう。ゲグ神の啓示では、かの神が真の名を取り戻したる時、世界で最後の戦いが始まるとされております」
「世界で最後の戦いとは剣呑な」
「いえ、ゲグ神は、魔神に奪われた王者の指輪を取り戻すのです。それにより、真の支配者を得て、世界から戦いが無くなるのです」
それは、おそらく、後継者の指輪にまつわる物語が歪んだものに他ならない。大いなる時代の終わり、そこで時代の支配種族は「後継者の指輪」を失い、新たな支配種族が選ばれる。
それは予言だ。
「いつか、妖精騎士の時代、妖精代が終わる」
ザンダルは、学院の歴史講義を思い出す。
妖精代に分類される現在の「時代」は、「後継者の指輪」が虚空に消えたことにより「末期」に入った。時の支配種族たる妖精騎士はすでに滅びの時を迎えつつある。「後継者の指輪」を発見し、世界を支配したものが次なる時代を作るのだ。
「十二と一つの星座の時代が経巡るという理論に従うならば、通火の世が終わった後に来るのは、変化と幻影の支配する野槌の世、獣の王の時代である」
講義をしていた老魔道師は傍らの魔道書を開く。
予言の書である。
「妖精代9528年、白の風虎の年。
獣の王、西に至り、冬を解き放つ」
大音声に読み上げたのは、ここ数十年、議論の対象となってきた予言の一節である。その成立の年はもうすぐ近づいている。
ゲグ神もまた、「後継者の指輪」探索の戦いに参戦する者であろうか?
「魔道師であるあなたさまであれば、ご存じでありましょう」
ライン・ラズーリの言葉がザンダルを現実に引き戻す。
「緑の翼人の年、炎の王、月下に吠え、友去りなん」
それは、今年の予言だ。
何が起こるのか、は誰も推測できていない。
東方から火の神王に導かれた火神教団の軍団が北方、ハジの荒野に侵入しつつあり、それこそが予言の指す事柄ではないか? とも言われている。
しかし、ここラズーリは遥か南の果て、南海に面した港街だ。
北の予言がそのまま関係するとも思えない。
「我らは、これをこう解釈いたします。
白き光をもたらす白炎の王、月下に吠える。
さすれば、友なる神、この地を去り、神々の戦場に向かわん」
ライン・ラズーリの言葉はザンダルを揺るがした。
白き炎の王?
もしかして、地平線の彼方に輝いた白銀の大公のことか?
かの者が、あの大きさの身体を持つ魔族であるならば、深海に封じられたる海神ゲグを目覚めさせ、真の名を取り戻させる力もあるやもしれない。
そして、ゲグは魔族としての力を取り戻し、北の戦場に帰還する。
しかし、どうやって?
どくん。
ザンダルは懐に納めた「赤き瞳」の鼓動を感じた。
《策謀》
龍人ラヴィオスの老巫女が言い残した言葉が脳裏をよぎる。
「なるほど」
ザンダルは遥か水平線を見つめる。
「では、あなたがたが私に望むのはいかなる行動でございますか?」
「私とともに」
と、背後から声がかかる。ラインの娘、アナベル・ラズーリだ。
「海へ出ていただきます」
★本作は、朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、現在も継続中(最新64話/2021年春まで)を転載しているものです。
http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/




