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歌の龍王  作者: 朱鷺田祐介
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【2】龍を見る者

運命の劇場へようこそ

龍の秘密を追う魔道師ザンダルは、奇妙な運命に導かれ、旅立つことになる。


「歌の龍王」は、拙作のダーク・ファンタジーTRPG「深淵」の世界を舞台にした幻想物語です。




紫の通火


我は瞳を閉ざす。

涙とともに希望をこぼさぬように。



 銅鑼が鳴り響く前に、ザンダルは槍を持って塔の上に出ていた。

 上空に見える青い巨大な翼。

「来たか、バサル」

 次の瞬間、激しい稲光とともに、湖の北側、《龍の狩場》の島に火龍は舞い降りる。バサルは風と稲妻の龍だ。その吐息は、雷と同じ青い光を放つ。その身も空の濃い青だ。

 一里は離れた塔の上からでも龍の巨大さは分かる。

 バサルは、一撃で仕留めた牛を丸のみにして噛み砕く。まるで人が焼き菓子を頬張るように。パイの中から汁が垂れるように、バサルの口元を牛の血が汚す。

 ぞっとする光景だ。

 小島に放たれた牛たちは火龍への供物だ。あれが火龍と街の盟約。


 そして、バサルは振り返る。


 冷たい視線はザンダルの魂を射抜く。青い冷たい狂気と殺意、そして、小さな人の子にひとかけらの価値も認めない絶対的な否定。ザンダルは、龍王の加護の呪文さえぎしぎしと悲鳴を上げ、崩れていくのを感じる。血が凍りつき、心が砕け、呼吸もできない。命短き人の子はその視線を受けただけで死んでしまう。

 崩れ落ちそうな膝で踏みとどまり、槍にすがって塔の上でバサルを見つめ返す。あれはたぶん、気づきもしないだろう。いや、もしも、気づいてしまったならば、ザンダルは火龍の餌食になる。

 今日こそあれを《幻視》(み)るのだ。

 ザンダルは、青ざめた唇に弱々しい微笑みを浮かべる。

 そのために、彼はこの街に来た。

 なぜならば、それが青龍の魔道師の定めなのだ。


 覚悟を決め、ザンダルは火龍に向かって心の手を伸ばし……

 次の瞬間、ザンダルの意識は断ち切られた。



 中原と呼ばれるあたりの東側、スイネの都から南に下ったあたりを、ファオンの野という。

 妖精代初期の盟約により、人の子ではなく、火龍に与えられた土地である。この野をさらに南に下った先、モーファット河の中流にあるアラノス湖の島に、モーファットという街がある。人と龍の境界にある街だ。

 本来、人の子のすむべき場所ではなかったが、人の子は、風の龍バサルを信仰し、盟約と生贄を捧げることでこの地に街を築いた。

 モーファット河は、グラム山に源流を発し、スイネを経て、ファオンの野を下り、モーファットを経て、南海へと注ぐ。中原の中央を縦断する重要な交易路になった。火龍や土鬼の脅威はあるが、南北の交易は多くの富を生み出す。モーファットはその中継地点として栄える街である。



 やがて、石畳の冷たさに目覚めた。

 気づくと塔の上に倒れていた。

 まただ。また。

 火龍を見るには、まだひ弱だというのか?

 学院の秘儀を用いてさえも。

 次は防御の魔法陣を書くしかないか……。


「魔道師殿!」塔の階段を降りる途中で声がかかった。塔の警備兵だ。「まさか、また火龍を見物なさっていたのですか?」

 そう、普通の人の子であれば、火龍の視線だけで狂死している。この者も警備兵でありながら、銅鑼とともに避難していたのだろう。

「そうだ。我らは龍を学ぶ者だからな」

 多くの市民はそれを狂気と呼ぶ。火龍を観察し、その力を突きとめようとする。いかに防御の魔術に長けた魔道師であっても、命がけのことだ。

 だが、魔道師である限り、我らは力を求める。力が無ければ、勝てない相手と闘うのだから。



 ザンダルは夢を見た。

 誰かが歌を歌っていた。

 歌の意味は分からなかった。

 ただ、心地よい眠りだけがザンダルを包んでいた。



そして、一人の女性がアラノス湖で船を下りた。



★本作は、朱鷺田祐介の公式サイト「黒い森の祠」別館「スザク・アーカイブ」で連載され、現在も継続中(最新64話/2021年春まで)を転載しているものです。


http://suzakugames.cocolog-nifty.com/suzakuarchive/

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