リモート飲み会の悲劇
週末に巷で流行っているリモート飲み会に参加することになった。最近テレビの情報番組でもよく取り上げられているから要領は解かっている。画面に映るところだけ片付けて、服も上半身だけきちんとしていれば問題ないようだ。それに片付けると言っても元々何もない部屋だ。けれど、あまりにも殺風景なのはかえって見栄えが悪いかも知れない。服も上半身だけとはいえ、パジャマのままというわけにはいかないだろう…。
リモート飲み会のメンバーは5人。画面にはボク以外の4人の姿が映し出されている。みんな自宅からの参加だから、それぞれの生活感が垣間見える。
メンバーは会社の同僚で男性が3人、女性が1人。彼女はボクがひそかに好意を抱いている女性だ。
「いくらリモートだからってその恰好は無いんじゃないか?」
早速、福本が上野に突っ込みを入れる。上野はパジャマ姿で参加していた。
「いいじゃん。終わったらあとは寝るだけなんだから」
「そりゃそうだけど、画面越しだとは言え、一応、人前に出るんだから」
福本に突っ込まれても我介さずの上野。
「そういう福本君は決め過ぎじゃない?」
と、彼女。タキシードに蝶ネクタイというまるでどこかのパーティーにでも出かけて来たかのような格好。
「女性が居るんだから当然の身だしなみってもんだろう」
得意そうに笑う福本。
「夏井さんはシンプルだけど女性らしくていいね」
白いブラウスにカーディガンを羽織った彼女の服装を誉めたのは吉村。ボクが言おうと思っていたのに先を越された。
「そういうお前も上野ほどじゃないけどラフすぎるんじゃないか?」
その仕返しとばかりにボクはスゥエット姿の吉村に向かって言った。
「いやいや、スーツにネクタイのお前に言われたくはないね。それじゃあ、会社に居るのと変わらないじゃないか」
「言えてる」
他の4人も頷いている。まあ、覚悟はしていたのだけれど、あまり普段着を持ち合わせていないのだから仕方がない。このためだけに新し服を買うのもばからしいし。
「じゃあ、そろそろ乾杯と行きますか」
福本の呼びかけに各々用意した飲み物を掲げる。飲み物にも4人の個性が出ている。福本は高級シャンパンをこれまた高級そうなシャンパングラスに注いで、上野は紙パックの日本酒を湯飲みに注いで、吉村は缶ビールをそのまま、夏井さんは缶酎ハイをグラスに注いで、そして、酒が飲めないボクはウイスキーのボトルに入れ替えたウーロン茶をロックグラスに注いで準備した。
「じゃあ、乾杯!」
福本の音頭で画面に向かってグラスを差し出す。
「それにしても福本君ちってお金持ちなのよね」
夏井さんがうっとりした表情で福本に話しかける。確かに福本の実家は不動産屋なのだと聞いている。
「まあ、ちょっとだけね」
「そうやって謙遜するところが素敵」
夏井さんはどうやら福本の玉の輿に乗ろうと考えているのかも知れない。ルックスの言い福本は社内でも女性に人気がある。
「今度、キャンペーンを利用して旅行にでも行かないか?」
吉村が提案する。キャンペーンというのは停滞する経済において打撃を受けている観光業界を支援するために政府が打ち立てたキャンペーンのことだ。
「いいね。福本のおごりで是非行こう」
上野がニヤ付きながら煽って来た。
「いいね。是非行こうじゃないか。夏井さんも行くよね?」
「うん。行く、行く!」
「じゃあ、決まりだ」
「本当かよ? お前のおごりで? まだ酔っ払ったわけじゃないよな?」
ボクは福本の調子のいい受け答えに思わず聞き返す。
「当たり前じゃないか。まだ一口飲んだだけだし。それで、いつにする? どこに行く?」
福本はどうやら本気らしい。
「私は京都がいいな」
「おう! 京都がいい!」
夏井さんの提案に福本は軸座に賛同する。
「俺は北海道がいい…」
「却下!」
吉村の意見を福本はすぐに却下した。
「行き先は京都に決まりだ。今なら目障りな外国人も少ないはずだし楽しめる。嫌な奴はいかなくてもいいぞ」
ここは強引な福本に従うしかなさそうだ。とは言え、京都ならいい。夏井さんが一緒に行くのならなおさらだ。反対する理由がない。
「賛成! みんなで京都に行こう」
「よし! 行き先は京都な。それでいつ行く?」
「急に言われてもなあ…」
上野の言う通り、急に言われても困る。
「夏井さんはいつがいい?」
まずはレディーファースト。夏井さんが行ける日程を優先しないと。せっかく夏井さんと旅行に行くのに彼女が行けないんじゃ話にならない。
「そうね…。来月に連休があるわよね。そこはどう?」
「混んでるんじゃないのか? 予約が取れるかな?」
確かに吉村の言うことには一理ある。そう思っていると、福本はスマホを手に取って、チャチャっと操作をしてからその画面を向ける。
「取れたよ」
連休の二泊三日の予定で京都の高級旅館の予約画面が写しだされていた。
「早っ!」
「いいよね。じゃあ、みんな日程調整宜しく」
あれよあれよという間に旅行に行くことまで決まってしまった。きっと、普段の飲み会ではこうはいかない。飲み会とは言え、そこに居るのが自分だけだと言う身軽さがなせる業なのか…。
飲み会開始から二時間が過ぎようとしていた。みんなそろそろほろ酔い気分になって来た。
「お前、全然変わらないな。さっきからウイスキーをロックで飲んでいるのに」
福本が言うと、他のみんなもハッとした表情で頷く。
「お前、酒強いんだな」
上野も驚いたように言う。上野は既にろれつが怪しくなっている。2リットル入りの日本酒を1パック一人で飲み干している。吉村はテーブルに500ミリリットルのビールの空き缶が5本ほど並んでいる。夏井さんは350ミリリットルの缶酎ハイが3缶違う種類で並んでいる。
「いや、実はこれウイスキーボトルに入っているけどウーロン茶なんだ。ボク、酒端ダメなんだ」
どうせ、旅行に行ったときにばれてしまうことだから正直に白状した。
「なんだよ、お前もか」
福本が言う。俺も酒飲めないんだよ」
「えっ? じゃあ、それは?」
驚いたように夏井さんが聞く。
「これ、中身はノンアルコールなんだ」
「そうなんだ…。なんだかがっかりしたな。私、お酒が飲める人が好きなのに」
それを聞いた途端に福本が蒼ざめる。ボクも頭をハンマーでひっ叩かれたような衝撃を受けた。
「ちょっとトイレに行ってくる」
ショックのあまりその場を後にする福本だったのだけれど、そこに衝撃の映像が映し出される。立ち上がった福本は下半身短パンで立ち上がった拍子に後ろの壁が倒れてしまった。それは壁ではなくて洒落た壁紙が貼られたパネルだった。そしてパネルで隠れていた場所には生活感丸出しの服や雑誌の類が散乱していた。更に後ろを向いた福本の背中には颯爽と着込んだタキシードに“レンタル”のタグが付いたままになっているのが丸見えだった。
「おい、福本、ずいぶん見栄を張ったんだな」
上野が腹を抱えて笑っている。
あまりにも情けないオチで初めてのリモート飲み会は終了した。翌日、福本の失態がSNSで拡散されていた。社内の女性たちからの冷ややかな視線に耐えかねて福本は仮病を使い早退した。それから間もなく福本からLINEが入った。
『旅行の件は無かったことにしてくれ。行きたい奴は勝手に言ってくれ』
まあ、飲んだ席での話だし、旅行のことはそれほどあてにはしていなかったのだけれど、ボクとしてみれば夏井さんに振られたような感じで終わってしまったのがとても悔やまれる。だから、今日から酒の練習を始めよう。