第8話 古の災厄。朧の将。
「それにしても……こうして改めてビブリオ・マギアスや三軍について考えてみると、首魁が『虚構』というのは、十分考えられる話ですわね」
「同盟や連合に近いというのは、組織としてはかなり特異だけどね」
イザベラとセシリアがそんな風に言うと、ラディウスはそれに頷きつつ、
「そうだな。まあ、同盟や連合にもそれらを纏める明確なトップ――盟主などがいるけどな。とはいえ、今までの話を聞いていると、ビブリオ・マギアスに関しては、そういった明確なトップが存在している方が上手くいかないように感じるな」
と、言った。
「そうなると、首魁が怪しいという線はなくなりますね。イザベラ様、他に怪しい人はいないのですか? 私はまだ実際に接触した者が少ないので、その辺りの情報は不完全でして……」
「まあ、幻軍の運用には関係して来ない人物も多いですものね。もっとも、私もそこまで把握しているわけではないので、他と言われてもすぐには……」
イザベラはヨナに対してそう返事をした後、うーん……と唸りながらしばし考え込み――
「――『朧』の将も怪しいですわね。オルディマや私も『自身の情報』については、かなり秘匿あるいは偽装していますけれど、あの者はさらにそれ以上というか……ほぼ全ての情報を『秘匿』しているんですのよ。その秘匿っぷりと言ったら、最早首魁と同じくらいと言えますわ」
と、そんな風に答える。
「もしかして、朧軍の将にも出会った事がない……とかだったりするのかしら?」
「いえ、さすがにそこまでではありませんわ。というか……そこまでいったら、最早首魁と同じく『虚構の存在』の可能性の方が高いというものですし」
ルーナの問いかけに対してイザベラがそう返すと、
「少なくとも、我は直接あの者の姿を見た事があるな。……もっとも、本当に『姿を見た』だけではあるがな」
なんて事を言うデュオロード。
「それに関しては、私も似たようなものですわね」
イザベラがやれやれと言わんばかりの表情でそんな風に言うと、
「それは一体どういう事なのです?」
という疑問をメルメメルアが口にする。
「三軍の将が集う場には、しっかりと姿を見せはするのですけれど……」
イザベラはそこまで返事をした所で一度言葉を切り、ため息をついた。
そしてそれから改めて、
「……身体の線が分かりづらいダボダボの白装束に身を包んで、顔も白い布で覆い隠した状態で現れるので、どういう人物なのかさっぱりわからないんですのよね。名を名乗った事が一度もなければ、聞いても答えませんし……」
という続きの言葉を口にして、肩をすくめてみせた。
「それはまた怪しすぎる存在ねぇ……」
「うん、そうだね。ちなみに声で男か女かくらいはわかりそうな感じだけど、そこはどうなの?」
セシリアはルーナの呟きに頷きつつそう言ってイザベラを見る。
「……あの者が言葉を発した事は一度もありませんわ。いつも中空に文字を浮かび上がらせる事で、表現してきますもの」
「それ、文字を中空に表示する魔法――ガジェットを使っているって事よね……? 無駄に凝った筆談……だとでも言えばいいのかしらね?」
「でも、そうする事で、声から推測されないようにしている……というのも良くわかったよ。うーん……徹底してるなぁ」
イザベラの返答に、ルーナとセシリアがそんな風に言う。
「なるほど……そのような感じですと、たしかに定期的に別の人間と入れ替わっていたとしても、まったく気づかれなさそうですね……。――ベルドフレイムお兄様とあなたのように」
リリティナがそう口にしてデュオロードへと視線を向ける。
デュオロードはそれに対して腕を組みながら、
「たしかにその通りであるな。私とベルドフレイムのように、あの者――朧の将にも『影武者』が存在するというのは大いにあり得る話だ。なにしろ、影武者を他者と接触させ、そちらに目を向けさせておけば、あの者自身が別の場所で秘密裏に何かしていたとしても、気づかれる事はないのだからな」
と、そんな風に答える。
するとそこで、リリティナとデュオロードのそのやりとりを聞いていたイザベラが、
「……そう言われると、気になる事がありますわね……」
などと呟いた。
「気になる事……です?」
「ええ。先程、将と同じ情報と権限を有する者が必ずいるという話をしましたわよね? 幻軍は今でこそ、ヨナがその役割を担っていますけれど、ヨナが来る前は、当然ながら別の者がその役割を担っておりましたわ」
首を傾げながら問うメルメメルアに対し、そんな風に答えるイザベラ。
「その話は直接イザベラ様から聞きましたね。前任者のロジーナさんは、セヴェンカーム王国領内での監視任務中に、セヴェンカーム軍の特殊部隊に強襲されて殺されたんでしたよね?」
「その通りですわ。その時は、セヴェンカームの軍部に監視を見破られて消されたのだと考えたのですけれど、その少し前に妙な報告が届いていたんですのよ。まあ、これもヨナには伝えてある話ですけれど」
ヨナの言葉に頷きつつイザベラがそう返すと、それに対してヨナは顎に手を当てながら、
「妙な報告というと……セヴェンカームで『朧』の者と接触する者を監視中に見たというものですね。たしかその監視範囲に『朧』の者が現れるという連絡も、その『朧』の者と接触する者がいるという連絡もなかったので、確認して欲しいというものですね。たしか、その後イザベラ様が確認したら『連絡が漏れていた』という話だったとか」
と、言った。
「ええ、そう言われましたわね。ですけれど、その直前にオルディマや『朧』の将と顔を合わせているのに、『連絡が漏れる』なんて事が起こるのが『不自然』ですわ。しかも、その情報をロジーナへ送ろうとした矢先に、セヴェンカーム軍の特殊部隊がロジーナを襲撃して殺した事が伝えられましたわ」
「――その特殊部隊の襲撃で、その『朧』の者も殺されていますからね」
「そうですわね。まあ、どちらも『ビブリオ・マギアスの関係者』として、纏めてセヴェンカームに排除されただけという可能性もありますけれど……『朧』の者と接触したという何者かについては、殺されたという話――情報を、まったく得られていないという時点で、これもまた『不自然』ですわよねぇ」
イザベラとヨナのその会話を聞いていたデュオロードは、「ふむ」と呟きながら腕を組み、
「なるほどな。その何者かはセヴェンカーム側の関係者か、あるいは……本物の『朧』の将であった可能性が高いというわけか。前者ならともかく、後者だとしたら……」
と、そんな事を口にした――
なんだかんだでセヴェンカームや朧軍もキッチリ絡んで来るという……
とまあ、そんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、2月9日(日)の想定です!




