第2話 伯爵の屋敷にて。ヴィンスレイドとの会話。
「伯爵!」
ルティカが男の姿を見るなり、そう声を上げる。
そのルティカの声を聞き、ラディウスは思う。
――やはり、こいつがヴィンスレイド伯爵か。
しかし……何だ? この落ち着きようは……
侵入者である俺たちに対し、焦りのようなものが感じられない。感じられるのは、俺達に対する『興味』だ。
つまり、単独で侵入者の前にその身を晒してもなお、余裕を保てるような何らかの自信があるという事になるが……
いや、それよりも聞く事があるな。
ラディウスはペンデュラムを手にし、セシリアを見て何かを小声で呟くと、
「――単刀直入に聞く。セシリアに何をした?」
ヴィンスレイドの方へと向き直りながら、そう静かに問いかける。
それに対して、ヴィンスレイドは顎に手を当て、悩むような仕草をしながら答える。
「何を、か。ふむ……その問いに答えるのなら、こうだな。――ガジェットなしで魔法を使える人間にした、と」
「……ガジェットなしで魔法を使える人間にした……? あんた、一体何を言ってんだ?」
言っている意味が理解出来ず、そう返すラディウス。
ヴィンスレイドは両手を左右に広げ、首を左右に振ると、
「ま、そうだろうな。そういう反応が返ってくるだろうと思っていたぞ。――ならば、逆に問おう。何故、ガジェットなしで魔法を使う事が人間に出来ないのか、お前は知っているか? と」
そう嘆息混じりに、ラディウスへと逆に問い返した。
「簡単な話だ、人間に魔力は存在していないからに決まっている。それなりにガジェットや魔法について学んだ事のある者なら、人間には魔力を蓄積する器官がない事は誰でも知っている。ついでに言うなら……魔物にはそういう器官がある。だから奴らは本能的に魔法の力を扱える」
そうラディウスが答えると、ヴィンスレイドはその回答に満足するように頷き、
「うむ、その通りだ。……だがしかし、逆を言えば、人間が魔力を持てば――魔力を蓄積する器官を持てば、ガジェットなしでも術式を組む事で魔法を使う事が出来ると言えよう」
と言うと、右手を目の前に持ってきて握ってみせる。
「理論的にはそうだが……無理だな。人間の体内に疑似器官を用意した所で、魔力は人間の身体にとって異分子にすぎない。魔力を蓄積しようものなら肉体を蝕み、壊してしまう。魔物の持つ器官ですら、多くは蓄積出来ないのだから」
と、そこまで言った所でラディウスはふと遺跡に囚われていた魔物の事を思い出す。
「――まさか、遺跡に囚われていた魔物たちは、許容量以上の魔力を無理矢理流し込まれた成れの果て……か?」
ラディウスがそう呟くように言うと、
「ああその通りだ。器官の限界という物を私は知らなかったのでな。無制限に蓄えられる物だと思ったのだが……結果はあの通りだ。あれではまったくもって使い物にならん。――しかし、限界という概念を何故お前は知っている……? そのような事を記した書や研究の記録の類を、私は見た事がなかったのだがな……?」
なんて事を言って返すヴィンスレイド。
「……単に、あんたよりも――いや、世にある魔法やガジェットに関する書や記録よりも、少しばかし詳しく知っている……というだけの話だ。これでも個人的にある程度、研究はした事があるんでな」
わざとらしく両手を広げ、そう嘯くラディウス。
「……なるほど、個人的な研究か。であれば私が知らぬのも無理はない。……そこまで独力で辿り着いたお前に、一つ、情報をくれてやろう。――理論的には可能でも無理だとさっきお前は言ったな。だが、それはあくまでも現在の技術では……だ。エクリプス――そう私が……私たちが呼んでいる異形と融合させる事で、無理である理由は解消されるのだ」
「……なるほど、魔力に耐えられる肉体……か。だが、あれは制御出来るようなものではないようだったが……?」
「そうだな。その者に『意思』があると、それが邪魔になってしまう。……であれば、対処は簡単だ。『意思」を奪ってしまえばいい」
そこまでヴィンスレイドが言った所で、ラディウスは理解した。
そして、セシリアの方へと素早く顔を向ける。
「――聖女よ、その者たちを無力化しろ」
ヴィンスレイドがそう命じた瞬間、セリシアの口が動く。
「――スリープクラウド」
紡がれたその言葉の通り、セシリアの手から魔法が放たれた。
10万文字くらいで1章は終わる予定だったのですが、ちょっと超えそうな予感です……