第6話 皇帝宮殿。ロッカーの中身。
「正面――正規の入口から入ろうとすると、近づくだけで塔の方から丸見えな感じですが、こちらは塔の壁と地下空洞の岩盤に阻まれて、塔からはほとんど見えませんね」
双蛇の反転塔を眺めながらそんな風に言うヨナに対し、
「そうですわね。ある意味、皇帝が密かに通うには都合が良さそうな感じですわ」
と、同意しつつ周囲を見回すイザベラ。
「特に監視はいませんわね」
「というか、セキュリティガジェットの類も見当たりませんね」
イザベラの言葉に続くようにヨナがそう言った所で、
「おそらく、皇帝であるベルドフレイムだけが通るような場所を、セキュリティガジェットで監視するのは、不敬にあたると判断したのではないかと」
と、そんな推測の言葉を口にするリゼリッタ。
「あ、なるほど。言われてみると、たしかにそれはありそうです」
そう言って納得するヨナに、
「まあ……あの皇帝を監視なんてした日には、間違いなく消されますものね」
と言って肩をすくめてみせるイザベラ。
そしてそのまま、
「さて、中に入るとしますわよ」
と告げて、双蛇の反転塔内部へと足を踏み入れていく。
ヨナとリゼリッタがそれに続いて足を踏み入れると、中はロッカーの並んでいる狭い部屋だった。
それを見回しながら、
「これはまたなんというか……塔の中は思ったよりも近代的というか、現代の内装といった感じですね」
とリゼリッタが言うと、それに対してイザベラが、
「そうですわね。古代の遺跡を利用している事から、もっと古めの内装……それこそかつての私の家のように、中世時代の雰囲気が残っているような、そんな感じの内装を勝手に想像していましたけれど、全然そんな事ありませんでしたわ」
なんて返して肩をすくめてみせた。
「このロッカーの数……。ここは、ここで働く人の為の更衣室のような感じなのでしょうか?」
そんな推測を述べながら部屋の中を見回すヨナに、
「うぅーん……。もしそうだとしたら、ロッカーとロッカーの間……着替えに使えるスペースが狭すぎじゃありません? これでは同時に着替えられるのは、せいぜい数人ですわよ」
と言いながら、同じく部屋の中を見回すイザベラ。
「たしかに……。だとすると倉庫的な感じなのでしょうか? ちょっとロッカーを開けてみましょう」
「もう既にさっきから試していますわよ。でも、どれも鍵がかかっているようですわ」
ヨナに対してそうイザベラが返事をすると、
「このくらいの鍵でしたら、開けられると思いますよ」
なんて事を口にしつつ、曲がった針金のようなものをどこからともなく取り出してみせるヨナ。
「解錠を試みるのでしたら、鍵穴そのものに罠が仕掛けられている可能性もゼロではないので、気をつけてくださいね」
「はい。しっかり罠がないか探りながら開けるのでご安心を」
ヨナはリゼリッタにそう返すと、鍵穴を覗き込みながら慎重に解錠を始める。
と、すぐに、
「……見事に罠が仕掛けられていますね、これ」
なんて事を呟くように言うヨナ。
「大丈夫なんですの?」
「はい。このくらいの罠であれば、どうとでもなります」
イザベラの問いかけに、ヨナはそんな風に返事をして更に解錠を進めていく。
「それにしても、こんなロッカーの鍵に罠……ですの?」
「そこまでして中に入れておくようなものがあるという事になりますね」
「ええ、そうですわね。ただ……ロッカーの大きさからして、服くらいしか入らないような気がするんですのよねぇ……」
イザベラはリゼリッタにそう返しつつ、ロッカーを見る。
ロッカーの横幅は、イザベラひとり入るのすら難しい程であるが、その代わり、縦幅は身長よりも長い。
「古代の……『特殊な力を持った服』……とかだったりするのでしょうか?」
「まあたしかに、古の時代には鎧以上に頑丈な障壁を展開する服とか、着ているだけで身体能力が向上する服とかもあったそうですけれど、こんな風に罠を仕掛けてまで厳重に保管するような代物ではありませんわね……。むしろ『呪われている服』とかの方が、まだあり得る気がしますわ」
リゼリッタの発言に対し、顎に手を当てて思考を巡らせながらそう返事をするイザベラ。
「まあ、そこは開けてみればわかりますよ。――はい、解錠完了です」
イザベラとリゼリッタの方へと顔を向け、そんな風に告げるヨナ。
「思ったよりも早いですわね!?」
「それはまあ、鍵の構造そのものは大したものではなかったですからね。罠さえどうにかしてしまえば、後はチョチョイで終わりですよ」
驚くイザベラに対し、ヨナがちょっとだけ自慢気に返事をする。
そして、「それでは開けますね」と言ってロッカーの取っ手に手を掛け――ガチャンという音と共に開かれた。
「って、これは……」
「どうしてこんなものが入っているんですの……?」
ヨナとイザベラが中に入っていた物に対し、予想外すぎると言わんばかりの表情でそんな風に呟く。
そしてそこに、
「ベルドフレイムが普段から鎧っている甲冑を、こんな所に保管……? 別にここでなくとも良いように感じますが……」
という言葉を、わずかに困惑が見られる顔で口にするリゼリッタ。
そう……ロッカーに収められていたのは鎧だった。
大きさ的に、縦にして入れてギリギリといった感じだ。
「甲冑の保管までアルベリヒに任せている……というか、それ以外の者を信用していない……と、そういう事なのでしょうか?」
「まあ……宮殿内でもフルフェイスの兜を被って、甲冑を鎧っているような皇帝ですし? 一部の人間以外には触らせるつもりすらもないという、そんな考えだったとしても、別におかしくはないですものねぇ」
イザベラはリゼリッタの疑問に対し、やれやれだと言わんばかりの表情でそう返す。
「それは大いにあり得る話ですね……」
ふたりの言葉にヨナは納得の表情でそう呟くと、別のロッカーへと視線を向け、
「……そうなると他のロッカーも、もしや皇帝の……」
なんて事を口にしつつ、再び解錠を始めた。
そして、そのままいくつかのロッカーを続けて開き、それぞれ中を確認してから、
「篭手に鉄靴……マントにサーコート……。うぅーん、どれもあの男が身に着けているもの、あるいは身に着けるであろうものばかりですね」
と言った。
「皇帝が身に着けるものを管理する部屋……という事なのでしょうか?」
「そうですわねぇ……。そう考えるのが妥当ではありますけれど、あまりにも徹底的すぎて、むしろ逆に不自然かつ不気味ですわね……これ」
リゼリッタに対してそう返答しつつ、ヨナが開いたロッカーの中を見るイザベラ。
「なんというか……ここまでくると、実は『皇帝の影武者が、この双蛇の反転塔に配属されている人間の誰か』で、状況に応じて本物の皇帝と入れ替わる為に、ここに同じ物を保管している……と、そのように考えた方が自然なのではないかと思ってきますわね」
イザベラが続けてそんな事を口にすると、リゼリッタが「なるほど、たしかに……」と言いながら顎に手を当てて、
「その推測は否定出来ないというか……今一度冷静に考えてみると、そちらの方がむしろ可能性が高い気がするくらいですね」
と返した。
「ですわよねぇ。……まあ、ここだけで結論を出すのもあれですし、他の場所も探ってみますわよ。まったく別の理由である可能性も普通にあり得ますもの」
イザベラは口ではそんな風に言いはしたものの、リゼリッタに同意された事もあり、自分の発言――考えがなんとなく正解なのではないかという気がしていた。
ただ――
――人前にその姿をほとんど見せる事のないベルドフレイムに、影武者なんてものが存在するのかという疑問はあるんですのよねぇ。
もし影武者が存在するのであれば、たまに姿を見せるとかではなく、常にその者を自分の代わりに出しておけばいいわけですし。
という部分に引っかかりを感じていた……
今回、大分長くなってしまいましたが、句切れそうな所が他になかったもので……
ま、まあ、そんなこんなでまた次回!
次の更新も予定通りとなります、6月27日(木)の想定です!




