第5話 妖姫と翼。リリティナの剣技。
「おおー、なんだか凄い」
「こんな簡単に出来るものなんだな……」
セシリアとアルフォンスの感嘆の声に、
「そうね……。魂の波長、あるいは魂の形……とでも表現すればいいのかしら? それぞれが持つ『リリティナという人間を構成する型の情報』みたいなものが魂と肉体とで同じだから、すんなりいってるんだと思うわ。あと、向こう側の世界では既に魂と肉体が一致しているというのもあるかもしれないわね」
と、そんな風に推測しながら説明するルーナ。
ラディウスはそれに対し、術式の操作中なので詳しく説明する余裕はなかったが、ウンウンと首を縦に振って肯定してみせた。
「なるほどな。片方が『本来の組み合わせ』だから、するっといくわけか」
「納得なのです。片方がすんなりいけば、もう片方は空っぽの器に入るだけなのです。さほど難しい事ではないのです」
アルフォンスとメルメメルアがそれぞれ納得の表情でそう口にした所で、光球は完全に入れ替わり、そしてそれぞれの中へと吸い込まれていった。
……そこから程なくして、双方を繋げていた光の帯がスウッと消えたかと思うと、それぞれを包む光も徐々に消え始めた。
「――これで定着したはずだ」
ラディウスがそう言った時には既に光は完全に消えており、
「ん……う……?」
という声がリリティナの口から漏れる。
そして、それに続くようにして、閉じていた目が開かれた。
「しっかりばっちりリリティナに戻った?」
そんなセシリアの言葉に対し、
「あ、は、はい。しっかりばっちり私自身ですっ!」
なんていう返事をセシリアにした後、ラディウスの方を見て頭を下げるリリティナ。
「ありがとうございますっ!」
「どういたしまして、だ。上手くいってよかった」
ラディウスがそんな風に返事をすると、
「まあ、失敗するとは思っていませんでしたけどね」
なんていう声が室内に響いた。
「この声は……妖姫様……です?」
メルメメルアが首を傾げながらそう呟いたその直後、封魂術のガジェットの真上に、狼のような耳と尻尾、そしてピンク色のメッシュが入った長い銀髪を持つ、リリティナよりも少し上に見える女性の姿が映し出される。
そして更にそこから、バサッという音と共に、少し黒味がかった赤い翼が広げられた。
「へぇ、メルやカチュアと同じような感じなのかと思っていたけれど、翼があるのね」
ルーナが妖姫の姿を見ながらそんな風に言うと、妖姫は頷き、
「はい。もっとも、この翼は先天的なものではなく、魔の因子によって生み出された後天的なものですが」
と、そう答えながら、翼を動かしてみせた。
――魔の因子によって生み出された翼……か。なるほど、だから魔の因子に侵食された際の『異形化しつつある腕』にそっくりな色をしているわけか。
しかし、異形化は異形化なんだろうが、今まで見てきたのとはちょっと違う感じだな。完全に身体の一部として動かしているみたいだし。
ラディウスが妖姫の翼の色に納得しつつ思考を巡らせていると、
「そうそう……。リリティナ様、これを」
と、リリティナに対して言いながら、リリティナの眼の前に自らの剣を出現させる妖姫。
「これは……妖姫様の剣……ですよね?」
「はい、その通りです。しばらくの間、リリティナ様にお貸しいたします」
首を傾げながら問うリリティナに対し、そんな風に返す妖姫。
「えっ? 良いのですか?」
「はい。この状態では使う事が出来ませんし、そもそも私よりもリリティナ様の方が上手く扱えるのではないかと思いますので」
「そんな事はないと思いますが……。ですが、ありがたくお借りいたします」
リリティナは妖姫に対してそう言って頭を下げた後、鞘から剣を引き抜いてみせる。
そしてそのまま軽く剣を振った後、剣身を眺めながら、
「これは……軽くて扱いやすい剣ですね。なんというか……凄く手に馴染みます」
なんて事を言った。
「前に妖姫さんに渡す時も思ったが、凄まじく斬れそうな剣だよな。……っと、そうだ、試し斬りしてみるか?」
アルフォンスがそんな事を言いながら、ストレージから自身と同じくらいの大きさの巻藁を取り出してみせた。
「……なぜそのような代物を持ち歩いているですか……?」
という、メルメメルアのもっともな疑問に対し、
「ああ、そいつは簡単な話だ。どこかで訓練しようと思った時にあると便利だからだ。しかも、敵の攻撃を防ぐ盾代わりとしても使えるという一石二鳥さもある。だからこうして常にひとつ持ち歩いているんだ。ストレージに突っ込んでおけば、重さとかは関係ないしな」
などと説明してくるアルフォンス。
それに対してラディウスとメルメメルアは、別に巻藁じゃなくても良いのではないだろうか……? と思いつつも、巻藁に付与された魔法に興味を抱き、
「なる……ほど? しかし、何気に衝撃に対して強くなる魔法で強化されているな、この藁……」
「藁の中の木も、炎や冷気といったものを防ぐ魔法が付与されているのです。物凄く頑丈な巻藁なのです」
と、解析しながらそんな事を口にした。
「ああ。ちょっとやそっとの力じゃビクともしないぜ。それに、もし真っ二つとかになっても、自動的に復元されるから問題ないしな」
アルフォンスはそう告げてから、リリティナの方へと顔を向け、
「ま、そういうわけだから、安心して剣技をぶっ放してみてくれていいぜ」
なんて事を言った。
「え、えっと……。で、ではせっかくですので……」
リリティナはそう言うと剣を鞘へと収め、それを脇に構えた。
――うん? これって……
ラディウスがそんな風に思った直後、「はっ!」という掛け声と共に剣が鞘から超高速で引き抜かれ――水平に一閃。巻藁を真っ二つに切断した。
「居合……?」
ラディウスの呟きに続き、
「……真っ二つになっても復元されるから問題ないとは言ったが、まさか本当に真っ二つにするとは……。とんでもない剣技だな」
と言って肩をすくめるアルフォンス。
「まあ……その、これだけは幼少期から何度も繰り返してきましたから……」
リリティナは少し頬を赤らめて恥ずかしそうにしながらそう返し、鞘へと剣を収める。
「え? 今の……なに? どういう事? 剣が鞘から抜き放たれたと同時に斬撃が走って、巻藁を真っ二つにした……? 衝撃波……? いや、それにしては、それっぽいものは見えなかったし……」
「ほぼ間違いなく『居合』の類だろうな」
困惑するセシリアに対してラディウスがそう告げると、
「イアイって?」
と、更に良く分からずに首を傾げるセシリア。
ラディウスはセシリアのその発言に、そう言えばこの世界では、居合ってまず見かけないな……と思いつつ、顎に手を当てて説明する。
「そうだな……高速の抜剣術って感じだろうか。物凄い速さで剣を鞘から抜き放って、その勢いのまま対象を斬るという技だな」
「ほへぇ……。そんな技があるんだね……」
セシリアは納得と驚愕と関心とが入り混じったような、なんとも言い難い表情でそう返事すると、聖剣を手に取り、
「うーん、私の聖剣ではちょっと出来なさそう……。あ、でも、短剣なら出来るかも……? ……って、短剣だとそもそも速さで斬ってるから、そこに更に速さを乗せてもあまり変わらなさそう……」
なんて事を呟き始めるのだった。
思った以上に長くなったので、一旦ここで区切りました……
とまあそんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、6月6日(木)の想定です!




