第1話 妖姫と鎖。監獄に至りて。
「この水路……なんとなくだが見覚えがあるな。上に小さな穴が開いている場所があれば、そこが監獄だが……」
ラディウスがそんな風に言いながら天井を見る。
しかし、その場所には特に穴が開いている感じはなかった。
「もうちょっと進んでみないと駄目そうね」
「上に開いている穴を見落とさないようにしないとね。まあ、目印があるとは思うけど」
ルーナとセシリアがそう言って天井を見ながら前へと進んでいく。
すると程なくして、ふたたびZLFと書かれたカードが見えてきた。
「あ、目印があったのです」
「という事は、この上が……」
ラディウスがメルメメルアに続く形で、上を見ながら呟く。
と、そこにはたしかに小さな穴が開いていた。
「ここを壊せばいいんだね。とりゃぁっ!」
セシリアがそう口にするなり聖剣を天井へと突き出し、そして砕い――
「いだだだだだぁぁっ!?」
――砕けた天井の一部がセシリアに降り注いだ。
「……真下から突き上げたらそうなるに決まってるでしょうに……。小さい破片だからいいけど、大きいまま降ってきたら大変よ?」
「やっぱりセシリアさんなのです。さっきの爆弾を使えば安全に壊せたのです……。言う前に壊すとか危険なのです」
少し涙目になりながらレストアの魔法を発動するセシリアに対し、既に退避していたルーナとメルメメルアが突っ込みを入れる。
「うぐぐ……っ。何も言い返せない……」
セシリアはそんな事を言いながら額に残っている血の痕を拭うと、
「で、でも、ほら、一応壊れたし……」
と言って天井に開いた大きな穴を見る。
「まあ、突き一発でこれだけ大きい穴を開けるのは、ある意味凄いけどな……」
ラディウスがため息混じりにそう言うと、
「その声は……ラディウス様ですね?」
という声が上から降ってくる。
「ああ、その通りだ」
ラディウスはそう返しながら銃型ガジェットを構えると、アストラルの鎖を真上に見える監獄の天井に向けて射出。
天井に突き刺さった所で、今度はそちら側へ向かって鎖を収縮させる事で自身を引っ張り上げ、監獄内へと一気に移動した。要するにフックショットという奴である。
「なんというか、大分久しぶりだな……」
なんて事を言いながら、未だに拘束状態の妖姫――正確には巻き付く鎖を見る。
――これなら大丈夫だ。今度はしっかり壊せる。
ラディウスがそんな風に思うのとほぼ同時に、下からセシリアが跳躍してきた。
そして、
「あ、良かった。吹き飛ばした破片が当たってたらどうしようってちょっと思ってたけど、そっちまでは飛んでなさそうだね」
などと妖姫の方を見て口にする。
「ええ。少し……いえ、なかなか驚かされましたが、こちらまで破片は飛んできませんでした。……むしろ、そちらは大丈夫でしたか?」
「あまり大丈夫ではなかったけど……まあ、治したから大丈夫」
セシリアが少し心配そうな表情で問いかけてくる妖姫に対してそう返事をした所で、ルーナとメルメメルアも下から上がってきて、
「なるほど、こうなっているのね」
「あ、本当にリリティナさんの姿をしているのです」
と、それぞれそんな風に言った。
「薄っすらとは感じていましたが……その様子ですと、リリティナ様の魂を引き戻せたようですね。……まさかリリティナ様の魂がヴィンスレイドによって殺された後、無窮の混沌へと沈められていたとは思ってもいませんでしたので、それを知った時はとても驚かされ、そして困惑しましたが、無事に引き戻せて一安心です」
「そう言えば、リリティナの魂が無窮の混沌に沈んでいるって、どのタイミングで気づいたの?」
妖姫の言葉を聞いてふと疑問を抱いたルーナがそう問いかけると、妖姫はそれに対し、
「皆様が『刻の崩滅』へと近づいた時ですね。あの時に、半ば自我が崩壊しかけていたリリティナ様は皆様の存在に気づき、自我が復活し、そして接触を図りました。その魂の波動……とでも言えばいいのでしょうか? この肉体を通して『意識』のようなものを『波』という形で捉えたのです」
と、そんな風に答えた。
「トキノホウメツって?」
セシリアが良く分からないと言わんばかりの表情と口調で問うと、妖姫は、
「皆様が死の大地と呼ぶ領域において到達した『黒い穴』の事です。あれは、この世界の『今』へと至る『歴史が何度も大きく変化』した事で、世界の記憶とでも言うべきものが整合性を保てなくなった為に生じたものです。まさか無窮の混沌へも繋がっているとは思いませんでしたが……」
と説明して一度言葉を切った。
そしてラディウスの方へと視線を向けてから、
「もっとも……ラディウス様と出会い、『並行世界』の存在を知るまでは、『刻の崩滅』は古の時代に提唱された数多の推論、仮説のひとつにすぎない……と、そのように私は考えていましたが」
という続きの言葉を紡ぐ。
「……なんとなくそんな気はしていたが、やはりあれは、世界が壊れかけている事によって生じたものだったか……」
「あれって、こっちの世界にしかないって事は、私たちの世界はまだ壊れかけてはいないって事よね?」
ラディウスの言葉に続くようにして、そんなもっともな疑問を口にするルーナ。
「まあそういう事になるな。ビブリオ・マギアスの目的――言動から考えても、ほとんど歴史改変が行われていないんだろう」
ラディウスはそう返しつつ、まあ……歴史改変を『した側』が言う事ではないが……と思う。
「このまま放っておくとどうなるのです?」
「古の時代の『説』……そのひとつを元にした話となりますが、このまま死の大地が世界各地に広がった場合、この世界の歴史を『なかったもの』にしようとする作用が働き、世界そのものが崩壊するでしょう」
「ひぇっ!? かなりおおごとなのです! い、今のままで大丈夫なのです!?」
妖姫の返答にメルメメルアが驚愕と恐怖の入り混じった表情で問い返す。
「まあ、その『説』での推測が正しいとするなら、まだ余裕はありますので、そこまで慌てる事ではないと思います。そもそも……歴史改変と死の大地との因果関係は不確定であり、無関係の可能性もありますから」
妖姫はそう静かに答えた後、思い出しながらといった様子で、
「というのも、その『歴史の改変によって生じるという説』だけでは説明のつかないような死の大地の広がりが、最近は幾度となく生じているようですし……」
と、付け加えるように言った。
「何か他にも原因があるかもしれないって事だね」
「はい。……先日ここに来られたゼグナム解放戦線の方の話を聞いた感じですと、人為的に引き起こされている可能性もありそうな感じではありますね……」
セシリアの言葉に、妖姫は肯定しつつもそんな推測を告げる。
それに対してセシリアは、
「それって、何者かが意図的に死の大地を広げているって事だよね? 一体どうやって……」
というもっともな疑問を口にした。
「無窮の混沌へとヒトを引き摺り込む術式……それを大規模化させたようなものが用いられているのではないか……と、そのように私は推測していますが……残念ながら、現時点では確証は得られていません……」
「オルディマが用いた秘術とやらを大規模にしたもの……ね。それは大いに気になるわね」
妖姫の発言に対し、ルーナは腕を組みながらそう呟くように言う。
そして、ラディウスとメルメメルアも、
「そうだな。そもそもオルディマ自体があれをどうやって得たのかも気になるところだ」
「はいです。それと、この世界の崩壊を加速させるような行為にどんな意味があって、そして誰がやろうとしているのかという所も気になる部分なのです」
と、それぞれ頷きながらそんな風に言った。
そして、ラディウスはそのまま思考を巡らせる。
――『誰か』の候補として、現状で一番怪しいのは皇帝とアルベリヒだ。
イザベラの故郷を破壊した皇帝……
古の時代の技術を強引に復活させつつ何かを進めているアルベリヒ……
どちらも怪しいが……
いや、それともその双方が『同じ目的』で動いている……のか?
……皇帝とその配下という立ち位置を考えると、案外それが自然な気もするが……
と。
しれっと節が新しくなりました。
もう既に『ノースロードエンド』ではないので、さすがに変えないとなぁと思いまして……
そして、今回は思った以上に会話(というか語り)が多く、結構な長さになりました……
途中で上手く句切れそうな場所がなかったというのもありますが……
とまあそんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、5月23日(木)の想定です!
※追記
刻の崩滅に関する会話で説明が足りていなさそうな部分を補完しました。




