第3話 ディーゲルとアルベリヒ。イザベラと影将。
「いきなりですわねぇ……」
グランベイルの街に戻ってきたイザベラは、そんな事をため息混じりに呟きながら、『影』へと視線を向ける。
「……イザベラよ。あの特異点――カチュアが無窮の混沌から脱するのを、お前が支援したように、『傀儡の目』が捉えていたが……あれはどういう事なのだ?」
魔軍影将オルディマが『影』から姿を現しながら問う。
「……リリティナという存在を引っ張り出すには、同時にカチュアも引っ張り出すしかなかっただけですわよ」
「そのリリティナというのは何者なのだ? 随分と前から、無窮の混沌に囚われていたようだが、我はその存在を知らぬ」
オルディマのもっともな問いかけに、微笑してみせるイザベラ。
――さて、どう答えればいいか困りましたわね……
含みのありそうな顔をしてみせている間に何か良い感じにでっち上げ……て?
と、そこまで思考を巡らせた所で、ふと思いつくイザベラ。
そして、それを口にする。
「……貴方のその『混沌の門』を開く秘術……。それがもたらされたのは、『歴史が変わったから』なんですのよ。そしてそこにリリティナという存在が関わってくるのですわ。だから、貴方は『知らなくて当然』ですわ」
「……なるほど。我がこの秘術を得たのは『歴史改変』の結果であったか……。そして、それをお前やあのリリティナという存在は『認識している』というわけか」
「ま、そういう事ですわ。特異点はひとつではないんですのよ。カチュアだけを無窮の混沌に落とすと、逆に時の流れがこじれてしまいますわ」
少しだけ納得したように言ってくるオルディマに対し、イザベラは肩をすくめながらそう言って軽くため息をついてみせた。
――こう言っておけば、迂闊に手を出す事はなくなるはずですわ。……多分ですけれど。
「つまり、迂闊にカチュアをどうにかしようとする方が危険だと、お前はそう言いたいのか?」
「その通りですわ。現にカチュアを亡き者にしようとして、何度『歴史改変』が発生したのか分かっていますわよね?」
オルディマの問いかけに対して頷きつつも、そう問い返すイザベラ。
それを聞いたオルディマは腕を組みながら、
「……むぅ。我自身が認識していないものも含めて、かなりの数……であるな」
と、そんな風に答える。
「おわかりになりまして? ともかく……ですわ。私がリリティナという存在を、『特異点ではない状態にする』までは、手を出さないようにしてくださると助かりますわ」
イザベラは腰に手を当てながらため息混じりに告げる。
――ここは高圧的に押し切るのが正解ですわね。見抜かれる可能性があるからと躊躇して穏便に行く方が、この者に対しては危険というものですし。
なんて事を思いながら。
「ほう……? そのような手段があるのか?」
そのオルディマの問いに、イザベラはニヤリとしてみせながら、
「ええ、あるんですのよ。もっとも……とある遺跡で手に入れた物を使う関係で、リリティナに対してしか使えない手段ですけれど……ね」
と答える。
「とある遺跡……とな?」
「ええ、ウィンザーム文明の遺跡ですわ。……ちょっとばかしデカい魔物――滅界獣に喰われそうになりましたけれど……」
イザベラはオルディマに対してそう返しながら、苦々しい顔をしてみせる。
「滅界獣……。かつて世界を滅ぼした災厄に連なる獣……か。なるほど、そんなものがいる遺跡となると、たしかに『何か』ありそうではあるな」
「納得出来て?」
「……カチュアに対し、しばし手を出さない方が良いという事は理解した。お前の話から推測するに、下手に動くと滅界獣が現れるのであろう?」
「良い推測ですわね。現れる滅界獣が1体であれば大した事はありませんけれど――」
「――多数現れし時は、いささか対処するのが厳しい……と、そう言わざるを得ないのは事実であるな。アレは災厄という概念が受肉したかの如き存在……禍々しく歪みし生物。それゆえに魔物のように操る事も出来ぬし……な」
イザベラの発言を途中から引き継ぐかのようにそう口にして、肩をすくめてみせるオルディマ。
「わかったら、そう『上』にも伝えてくださるかしら?」
「お前が自分で伝えればよかろう」
呆れ気味に返事をしてくるオルディマに対し、イザベラは頬に手を当てて憂鬱そうな表情をして見せながら、
「……どうも私はあまり信用されていないような気がするんですのよねぇ。どう考えても、私が伝えるよりも、貴方が伝えた方が理解してくれる気がしますのよ」
と、そんな風に告げる。
「……ふむ。そこを否定する事は出来ぬな。お前は『隠し事』が多すぎる。今回の一件もそうであろう?」
「……そうですわね。それこそ、『まあ、否定は出来んな』ですわ」
イザベラは、やれやれと言わんばかりの表情でオルディマの声真似をしながら、首を横に振ってみせる。
「……仕方があるまい。とりあえず我が説明しておく。だが、リリティナという者をどうにかし次第、お前からも説明せよ」
「仕方がありませんわね……。承知しましたわよ」
イザベラがそう返事をすると同時に、オルディマが地面に沈み込んでいくように、その姿を消した。
――ふぅ。どうにかこうにか、だまくらかす事が出来ましたわね。
あれだけ『隠し事』を教えておけば、しばらくは向こうが手出しを躊躇するはずですわ。
……まあ、大半が偽りの『隠し事』な所と、最終的に倒さない限りは諦めてはくれないであろう所が、ちょっとばかり注意しておく必要のある点ではありますけれど、ね。
オルディマが立っていたその場所をジッと見つめながら、そんな事を心の中で呟くイザベラだった。
どうにか1話でイザベラとオルディマの接触が収まりました……
とまあそんな所でまた次回!
次の更新も予定通りとなります、3月24日(日)の想定です!




