第6話 遺跡の更に奥にて。異形、その名は。
ガントレットを装着した腕――右手が培養槽に激突し、ガシャァァンという音と共に培養槽の中の液体が一気に放出される。
ラディウスはそれを後方に跳躍して回避。
「……ァ……ァ……ッ……!」
女性は呻き声を上げつつ前のめりに倒れ込みながらも、右腕だけはラディウス目掛けて伸びてきた。そう……文字通り伸びてきたのだ。
ただしゴムのように、ではなく、バキバキという音と共に骨を伸ばしながら、だが。
しかし、その腕がラディウスを掴む事はなかった。
「アストラルアンカー・改ッ!」
「……ギ……ィ……ヒ……ァ……ッ!?」
ラディウスのガントレットから放たれたアンカーの鎖が、女性に巻き付くようにして動きながら、右腕と翼に突き刺さっていき、その身を拘束する。
「マリスディテクター・改ッ!」
そう言い放った瞬間、ラディウスの頭に『命ヲ喰ラウ赫キ手』と『血ヲ啜リシ冥キ翼』という名前――いや、文字が浮かんできた。
――予想通り『悪意』を持ったか。やはりあの培養液は他者への悪意の抑制だったか。
だが……これは一体なんだ? どうして名前じゃなくて、文字列が頭の中に浮かぶんだ?
いや、この文字列……一応『名称』ではあるのか……。だが、何故にこんな読みづらい文字ばかりになるんだ……? こんな奴、時を遡る前ですら見た事も聞いた事もないぞ……?
……まさか、マリスディテクターを改造する時に、俺の認識出来る言葉に変換する式を組み込んだから……か?
つまり……本来なら読み取る事すら出来ないモノを、無理矢理変換した……のか?
何がなんだかさっぱりわからないが、まあ……とりあえず今は置いておこう……。それを考えるのは後だ。
ラディウスはそこで思考を中断し、ガントレットを着けていない方の手――左手に手袋を着け、連続で言い放つ。
「マジックストラクチャー・オープン! マジックストラクチャー・オープン!」
と、ラディウスの目の前に浮遊する青い球体が2つ出現する。
「構造自体は至って簡単だな……。接着した対象に食い込んで侵食……か」
魔術式の構成を確認しつつそう呟くラディウス。
直後、ラディウスのガントレットから伸びる鎖がギチギチと音を立てた。
目を向けると、手と翼が暴れているのが見える。
「おっと……っ! ――俺に無力化されると感づいたのか? やっぱりこいつら単体で意思があるようだな……っ!」
ラディウスは即座に青い球体に手を突っ込み、配線の一部を引き千切ると、そのまま更に奥にあるプレートに刻まれた紋様――INCデバイスドライバの構成変更、更新を手早く行う。
そして、そのプレートにつながる配線の1つ――青い配線の接続先を、先程引き千切った部分の手前側に変更した。
と同時に、
「ギ……ィ……ィ……ヤ……ァ……ィ……ッ!」
女性の口から漏れるそんな呻きと共にその身体が激しく震え――いや暴れ、バキンッという音がして、鎖の1つが弾け飛ぶ。
「うおっ、マジかっ!?」
ラディウスは急いで手を青い球体から引き抜くと、ほぼ同様の手順でもうひとつの青い球体の方も作業を進める。
その間に、バキンッ! バキンッ! と、更に2つの鎖が弾け飛ぶ。
「グ……ァ……ゥ……ギ……ゥ……ィ……ッ!」
「こっちは青じゃなくて赤か。地味な罠を仕込んでやがるな。まあ、こんなものに引っかかりはしないが」
呻き声と共に弾け飛ぶ4つ目の鎖を無視してそう呟きながら、配線の接続を終える。
「よし! ――マジックリビルド・セットアップ!」
ラディウスがそう言い放つと同時に青い球体が回転しながら縮小していき、消滅。
刹那、5つ目の鎖が弾け飛び、異形の腕を拘束していた鎖が遂になくなった。
が、既にラディウスの左手には大ぶりの短剣が握られていた。
「せいっ!」
という掛け声と共に短剣を一閃した。
直後、いとも簡単に異形の腕が付け根から切断され、ゴトリと床に落ちる。
「ァ……ィ……ァ……ッ!?!?」
苦しそうに呻く女性の腕の切断面から鮮血が噴き出した。
「レストア・改!」
ラディウスが即座にそう言い放つと、またたく間に切断面が塞がっていき、噴き出していた血も止まった。
――ふぅ……。少々荒っぽい手段になったが、どうにか腕は切り離せたな……。止血も問題なし、だ。さて……次は翼か。
何故あのような特異な名前が付いているのか……というと、「時を遡る前ですら見た事がない」からです。つまり……




