第5話 魔工士は足を踏み入れる。遺跡の中へと。
出現させた立方体――ストレージから「えーっと……」と呟きながら、何かを引っ張り出すラディウス。
手に握られていたそれは、ペンデュラム型のガジェットだった。
ラディウスは対岸の兵士を見据えながら、
「――ヘイジーミスト・改」
と、口にする。
次の瞬間、ペンデュラムの部分から白い霧のような物が噴き出し、それが薄く広く拡散しながら、川の対岸へと広がっていった。
その薄さに対岸の兵士は気づいてすらいないようだ。
「アンチビルレント・改。レビテーション・改」
続けてそう呟くと、巨大なシャボン玉のような物がラディウスを包み込むようにして出現。同時にラディウスの靴に淡い青色の光が纏われ、ラディウスの身体が地面から30セクフォーネ程度浮かび上がった。
そしてそのまま1分程待ってから、草むらから出て、川に向かって足を踏み出すラディウス。
ラディウスの身体は水に沈む事なく、水面から30セクフォーネ上に浮き続ける。
――よし、レビテーションは問題なさそうだ。
あとはヘイジーミストとアンチビルレントの効果だが……
効果の程を推し量るように、慎重に兵士のいる対岸へと近づいていくラディウス。
だが、どこまで近づいても対岸の兵士はラディウスの接近に気づかなかった。
というよりも、どこを見ているのかすら分からない――焦点の定まらない目でボーッとしていた。
……そして、遂にラディウスは兵士の目の前にまで到達する。
しかし、兵士は誰ひとりとして反応を示さない。
――ヘイジーミスト。
霧に包まれた者の思考と意識を混濁させる妨害魔法だが……本能で動く相手にはあまり効果がないから、今まで使った事がなかったけど、思ったよりも人間に対しては効果が高いな。
うっかりアンチビルレントを解除したりしたら、一発でアウトだ……
なんて事を考えているラディウスだが、ここまで強力なのは改造されているからであり、普通はこんなに接近すれば確実に反応され、魔法も強制解除されてしまう。
そして、アンチビルレントの方もラディウスによって改造されていなければ、これを防ぐ事は不可能だったと言っても過言ではなかったりする。
ラディウスは反応のない兵士たちを順に調べていく。
と、入口の上に立っていた兵士が鍵の束を持っていた。
ラディウスはそれを拝借すると、遺跡の入口を塞ぐ格子扉の鍵穴に、その鍵束から鍵穴に合いそうな鍵を探して差し込んで見る。
すると、あっさりと扉が開いた。
――この拝借した鍵束、この先も必要になりそうな気がするな……
そう判断したラディウスは、ヘイジーミストの効果が切れた時に兵士に気づかれにくくするために、今開けたばかりの扉を内側から閉ざした。
そして、鍵束をストレージに放り込むと、携帯式照明ガジェットを起動。遺跡の内部を照らしながら、慎重に歩を進めていく。
――中も石造り……か。どうやらこの遺跡は、ガジェットが発見されるような古の時代に作られた物ではなく、その後の暗黒時代に作られた物って感じだな。
古の時代の遺跡に使われている建材は、白味の混じった鈍色の謎金属や、コンクリートのような見た目と硬さだけど、叩いた時の音が木材っぽい良くわからん物がメインで、こういう普通の石材が使われている事はないからなぁ……
っていうかこれ、造りからすると水路として作られた物ってわけじゃなさそうだな。
おそらく……元々は川べりにあったんだろうな、この遺跡の入口。
それが長い年月の間に、川べりの土や石が川の水で徐々に削られていって、最終的には入口部分と川とが繋がってしまった……とまあ、そんな感じか。
ラディウスは通路の造りを見ながら、あれこれと遺跡についての考察をするのだった――
アンチビルレントの説明が微妙に足らない気がするので補足……
アンチビルレント(Anti-Virulent)――抗劇毒/抗悪性……という意味の名を冠する通り、毒や悪性の魔法効果を防ぐ魔法です。