第20話 聖木の館。砕け散ったもの。
「グギギャアアアァァァァアァアァァァアアァァッ!!」
という苦悶の咆哮と共に深淵より来たりしモノが、ドタンバタンと激しく音を立てながら――正確に書くのなら、ドタンバタンでは済まない様な、けたたましい破壊音を響かせながら――暴れ回る。
「うえぇ、ベチョベチョするぅ……」
セシリアはそんな嘆きの言葉を発しながら後方へバックステップ。
暴れている深淵より来たりしモノから距離を取りつつ、這い出してきようとしている人間と深淵より来たりしモノに対して、交互に視線を向け続けるセシリア。
「仕方ないな……ちょっと目を瞑っておけ。ドバっと行くぞドバっと」
ラディウスはそんな風に告げながらセシリアのもとへと歩み寄り、ストレージからガジェットを取り出す。
「ド、ドバっと?」
困惑しつつも目を瞑るセシリアに対し、大量の水をセシリアの頭上から降らすラディウス。
「うわっ!?」
という驚きの声を上げるセシリア。
ラディウスは水で纏わりついたそれを洗い流すと、すぐにレストアの魔法を発動し、濡れた服と身体を正常な状態――つまり濡れていない状態へと復元した。
「お、おおー。前にルーナが言っていた方法!」
「あの時は川の水が必要だったが、今回は聖木の館に囚われている人を救出する際に何かで必要になるかもしれないと思って、水を生み出す魔法を組み込んだガジェットを持ってきていたからな。まあ、こういう使い方になるのは想定外だったが」
感嘆の声を上げるセシリアに対し、そんな説明をして肩をすくめてみせるラディウス。
そして、
「さて……どうやって中から引っ張り出したものか。あまりにも暴れすぎてて引っ張り出すような隙が逆にないぞ……」
と、呟きながら深淵より来たりしモノを見回すラディウス
「このまま倒してしまうしかないのではないか……? 今なら攻撃魔法を集中させれば倒せそうな気はするが……」
「いや、それではあの這い出そうとしている者にも当たってしまうのではないか……?」
エレンフィーネの発言に対し、そう返して首を傾げるディーン。
それに対して言葉を続けるような形で、
「威力の低い魔法をぶつけないように撃つ……というシンプルな方法が、今の状況では一番有効な気もいたしますね」
「はいです。私もそう思うのです」
と、テオドールとメルメメルアがそんな風に言った。
「うーん……。それはそれでなかなか難しいが……まあ、こんな感じならいける……か?」
ラディウスはそう呟くように口にしつつ、魔法の矢を狭い範囲――角もどきのある辺りへと大量に発射。
「なんとも凄い連射だな……」
「これはまたなんというか……まるで古の時代に生み出された、矢弾を大量に発射し続ける兵器――『ガトリング』の如き勢いがあるのです」
ディーンとメルメメルアがそう言った所で、セシリアが角もどきにヒビが入っている事に気づき、
「って、あの頑丈な角みたいな奴にヒビ入ってるし……。これ、このまま壊せるんじゃ……?」
なんて事を、ちょっとため息混じりに言った。
そして……そのセシリアの言葉は、パキィンという破砕音と共に真実となった。
と、その直後、
「ゴガアアァァアァアァァァアァアァアァァアァァァ!?!?!?」
という、今までにない大きさの絶叫が響き渡ったかと思うと、暴れていた深淵より来たりしモノが唐突に硬直した。
更に砕けた部分から黝いガスのようなものが噴き出した。
「な、なんだなのだ? あの黝いものは……?」
エレンフィーネが、驚きと困惑の入り混じった表情を見せながら、そんな風に言う。
「それも気になる所であるが、あの魔物の動きが急に停止したというのもまた、同じく気になる所であるな……」
そう首を傾げつつ呟いたディーンの視線の先で、更に別の角もどきが複数砕け散った。
と同時に、深淵より来たりしモノが叫び声ひとつ上げずに、そのまま横転するかのように倒れ、そのまま完全に沈黙した。
「……名前が『消えた』のです」
マリス・ディテクターを使ったメルメメルアがそんな風に言う。
「それってつまり……倒……した? って……え? あそこが弱点だった……?」
唐突な沈黙に対し、呆けた表情でそんな事を口にするセシリア。
それを見ながらラディウスは思考を巡らす。
――胴体を斬り裂かれても動いていた奴が、角を破壊しただけで倒れた……?
実に想定外だが、あの黝いガスみたいなのがこいつの生命力の源……みたいなもの……だったのか?
と。
急にあっさりと倒れる魔物ですが、まあその理由はいずれ判明します。
さて、次の話では『喰われていた人物』が遂に登場です。
(本当は今回の話で出したかったのですが、思ったよりも長くなってしまったので次回に……)
といった所でまた次回!
次の更新ですが……少々予定が詰まっておりまして、申し訳ありませんが、平時よりも1日多く間隔が空きまして……5月27日(土)を予定しています。




