第3話 魔工士は大聖堂へ向かう。急いで。
「ぐ、むぅ……。『量』はたしかに多くなかったが、『数』が多すぎた……」
ラディウスは部屋にあるソファに座りながら――いや、もたれ掛かって全身の力を抜いてぐでっとしながら、そんな事を呟く。
そう、ディックはたしかに1つの皿に大量に盛る事はなかった……
しかし、その代わりに何種類も作ってきたのだ!
そして、出された方のラディウスも残すのは悪いと思い、それらを全て平らげた結果がこれである。
「と、とりあえず胃薬を……。って、どこだ?」
ラディウスは呻くように呟きながら、鞄の中を探す。
……が、見つからない。
――おかしいな……。昨日、シェラさんに、ここに泊まるなら胃薬は必須とか言われて、たしかにそうだなと思って買っておいたはずなんだが……
過去の自分の行動を思い出そうとしながら、ふと視線をテーブルの上に向けると、そこには飾り気のないシンプルな指輪が置かれていた。
それを見た瞬間、昨日の夜の事を思い出し、呟くラディウス。
「あ、そうだ。収納魔法――ストレージにしまってあるんだった……」
ラディウスは、テーブルの上に置かれている指輪に手を伸ばし、それを指に嵌めると、
「ストレージ・改」
と、口にした。
刹那、目の前にフワフワと浮かぶ立方体が出現。
ラディウスはその立方体に手を伸ばし――否、手を突っ込んだ。
そして、頭の中に昨日買った胃薬を思い浮かべながら、手を立方体から引っこ抜く。
「これだこれだ……」
そんな風に呟いた直後、立方体が光に包まれ消滅。
代わりにラディウスの手には、胃薬の袋が握られていた。
早速、顆粒タイプのその胃薬を水で流し込むと「ふぅ……」と息を吐き、胃薬の袋を見ながら思考を巡らせるラディウス。
――食いすぎる程の料理が出ると分かっていたのだろうか……?
……まあ、同じ街に住んでいるわけだし、そのくらい分かっていても別に不思議ではないか。
……というか、徹夜明けな事もあって、なんだか凄く眠くなってきた……ぞ……
セシリアは午後と言っていたし、まだ時間あるし、いっそ寝てしまう……か…………
……
…………
………………
「――っ!」
ハッと目を覚ますラディウス。
そして、今何時だ? と思いながらテーブルの上に置かれている時計を見る。
「うおっ!?」
……時計の針は、15時5分前を指していた。
午後は午後であるが、もう夕方に近い午後であり、その事を理解したラディウスは、慌てて宿を飛び出した。
◆
――つ、着いたぞ……。けど、どこへ行けばいいんだ……?
よく考えたら、どこに来いとか言われてなかったな……
全力で大聖堂の前まで走って来たラディウスは、肩で息をしながら心の中でそんな事を呟くと、どうしたものか……と思いつつ、周囲を見回す。
すると、尖塔の入口に、箒を手にして立っているシスターの姿が目に入った。
掃除をしているのかと思いきや、単に箒を手に持ってボーッと突っ立っているだけのようだ。
話しかけても大丈夫だろうか……と思いつつも、他に人がいないので、ラディウスはそのシスターに近づき、声をかけてみる事にした。
「す、すいません……」
しかし、反応がない。
「す……すいませーん!」
声を大きくしてみる。
と、シスターの身体がビクッと震え、
「え? あ、はい! なんでしょう!」
という反応と共に、ラディウスの方へと顔を向ける。
「って、あ、あの……凄く息が荒いですけど……だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫……です。これはその……ちょっと全力で走ってきたせいなので……。ご心配なく……」
「そ、そうなんですか……? ――あ、でしたら、ちょっとお待ち下さい」
シスターはラディウスにそう告げると、足早に尖塔の中へと消えていく。
どうしたのかと思いつつ待っていると、すぐに戻って来るシスター。
その手に水の入った木製のコップを手にしていた。
「とりあえず、こちらをお飲みください」
ラディウスは差し出された水を受け取り、お礼を言いながらそれを一気に飲み干す。
「ふぅ……。はぁ……。すいません、ありがとうございます」
再びお礼を言いつつ、空になったコップを返すラディウス。
「いえ、どういたしまして。――えっと……それで、ご用件はなんでしょう?」
「あ、はい。俺はラディウス・アーゼルという者なのですが、セシリア――聖女セシリア殿に本日の午後、会う約束がありまして……。お手数をお掛けして申し訳ないのですが、取り次いでいただけないでしょうか?」
ラディウスがそう告げると、シスターは困惑と不安の入り混じったような、そんな表情になって硬直した。
「あ、あの……どうかしましたか?」
急に硬直したシスターに、嫌な予感を懐きつつも問いかけるラディウス。
「セシリア様は……セシリア様は……昨日からお戻りになられておりません……」
「……え?」
第1章も終盤です! ……まあ、まだ1章最後の『部』ではないですが……
ちなみにストレージの名の通り、入出力命令を出す物――つまりガジェットを介す必要がある為、収納魔法の組み込まれたガジェットを身に付けていないと、出し入れが出来ません。