第6話 エレンフィーネの話。封じ込められた光景。
「が……ああ……ぐ……ぐが……あ……あがあ……」
エレンフィーネの視線の先では、赤紫色の光を放つ黒い鎖に拘束されたネコの耳を持つ獣人の女性が、過剰と思える程のよだれを垂らしながら言葉にならない声を発していた。
そんな獣人の女性の左右の腕、そして足は、得体のしれない赤黒いものになっており、血管が浮き出てドクドクと脈打っているのが見えた。
更に肩の部分には、鳥の翼の骨格を思わせる黒い骨のようなものが生えており、もはや『異形』としか呼べない姿である。
「こ……これ……は、一体……なん……だ?」
今まで一度たりともそんな姿をした生物など見た事のないエレンフィーネは、そう呟くのが精一杯だった。
エレンフィーネはそのまま無意識に部屋の中へと歩を進め……
それによって、今まで見えていなかった別の金属製拘束ベッドや、壁のX字の拘束具が視界に入る事となった。
「うっ……!?」
新たに目に飛び込んできたもの……
それは、全身から黒い骨を突き出した状態で死んでいる獣人と、壁のX字の拘束具に、首から下が脊髄だけになっており、内臓も骨も何もなく、赤紫色の粘着性の液体が床に広がっているという、そんなおぞましい、得体のしれない光景だった。
エレンフィーネは激しい嫌悪感と共に込み上げてくるものがあったが、必死に抑え込む。
だが、その動きによってエレンフィーネの存在に獣人の女性が気づく。
「ぎ……ぎぃ……ご……ごろ……げ……ぎぃ……!」
という声と共に己の身体をゆすって暴れつつ、エレンフィーネに対して憎悪、怨念、殺意といった、様々な負の感情が混じり合った視線を向ける。
あまりにも強すぎる負の感情の視線を向けられたエレンフィーネは、唐突に恐怖、嫌悪、忌避といった感情が内側から湧き上がり、
「う……あ……。あ……!?」
などという声を発し、恐慌状態に陥ってその場から一目散に逃げ出した。
精神的なタフさや負けん気よりも、そこに居たくない、すぐに逃げたいという感情、想いの方が勝ったのだ。
――な、な、なん……なのだ……。あれは……
あんな異形すぎる生物が……魔物が、この世には存在していたのか……?
いや、それとも……
エレンフィーネは逃げながらそんな事を考え……そして、そこで思考を放棄した。
その先を考えたら、日常に『戻れなく』なりそうだったからだ。
そのままじわじわと、『今見た光景に関しては何も考えないのが正しい、忘れるべきだ』という思考が頭を埋め尽くしていき……
エレンフィーネは、遂に『見てしまった光景』を心の奥底に封じ込めてしまったのだった。
◆
「――とまあ、そういうわけだ。……認識を狂わせる何らかの力が、ある程度は働いていたのか、私は『見てしまった光景』を必死に心の奥底に封じ込めようと思い続けていたよ。まあもっとも、それにも限度というものがあったようだが」
そんな言葉で締め、肩をすくめて説明を終えたエレンフィーネに対し、
「なるほど……あの地下へ続く階段の先には、やはり『そういう場所』があったのか。……罠の類が仕掛けられているわけではないと分かった以上、踏み込んで詳しく調べてみるのが良さそうだな。――もっとも、そうは言ってもセシリア単独では危険すぎるから、この施設の解放が一段落してから、十分な人員を集めて……だが」
と、顎に手を当てながら言うラディウス。
「もしかして、ディーゲルさんの娘さんと入れ替わっている魂の器――肉体もその地下にあったりするですかね?」
「その可能性もなくはないが……拘束しておくだけなら地上部分でも問題はないし、色々と面倒な地下よりも、地上部分で厳重に監禁されている可能性の方が高い気がするな」
メルメメルアの問いかけに対してラディウスがそう答えた所で、
「厳重に監禁されている娘……か。それなら心当たりがあるな……」
なんて事を、腕を組みながらエレンフィーネが告げた――
『エレンフィーネが見た光景を自ら封じ込めた』という部分までだと、展開的にいまいち進みが悪くて微妙だったので、現在の所まで話で進めてみました。
これ以上長くすると、ちょっと区切れなくなってしまうので、一旦ここまでで……
といった所でまた次回! 次の更新も平時通りとなりまして、7月20日(水)を予定しています!
 




