第5話 エレンフィーネの話。ふたりの人間と扉の先。
「――通路に魔法を使った痕跡があった。一度隠蔽魔法を掛け直して、この先へ進んだと考えて良いだろう」
「そうね。……こうなると、最深部を探りに来た間者の可能性が高いわね」
「……入口の『キーパー』が作動しなかった以上、そうだろうな。どうやったかは知らんが、外から潜り込まれたようだ」
女の発言に対し、そう答える男の方。
それを聞きながら、エレンフィーネは考える。
――キーパーというのは、あの階段で感じた『悪意の混じった警戒』の正体であろうか……?
だとしたら、あれは魔法……ガジェットの類だったのか?
しかし……監視魔法やそれを常駐させているガジェットについては知っているが、あのような人間めいた『悪意』を放つ魔法は聞いた事がないな……
と。
そして、そんな事を考えている間にも、ふたりの話は続いており、
「……ここに忍び込めるような人間だと、私たちの手には余るかもしれないわね……。こういう時、『上』の連中を使えないのは厄介だわ……」
「仕方があるまい。ただの軍人がここの真実を知ったりしたら、確実に反発するだろうからな」
そう言ってやれやれと首を横に振ってみせる男。
それに対し、横を歩く女の方が、腕を組んで顎に手を当てながら、
「まあ……たしかにその通りね。ともかく……私たちでどうにもならなさそうなら、早い内に『管理者』に伝えた方が良いわね……」
と、そんな風に男に告げる。
――ただの軍人、そして管理者……か。どうやらこの聖木の館とやらには、魔導機甲師団とは別の指揮系統が存在しているようだな。
まあもっとも……帝国軍内――というか、アルベリヒ卿の麾下には、私が所属する事になったこの魔導機甲師団以外にも、研究や開発を主とする軍団が存在している。
師団長――私の直属の上官よりも更に上の立ち場であるお偉いさんが同じである以上、別におかしな事ではない……のか?
エレンフィーネが思考を巡らせる間も、ふたりは会話を続け……
「ああそうだな。……まったく、我らの番の時に面倒な事態が起こってくれるとは、やれやれだな……」
「そうねぇ……。折角、実験を始めたばっかりだったのに。……って、あの実験体のメスネコ、ちゃんと拘束してあったわよね?」
「そこは心配ない。しっかり拘束してあるから脱走されるような事はないし、そもそも既に自我が残っているかも怪しいからな」
「なら、戻ったら――」
……そのまま奥へ向かって立ち去っていき、途中で声がかき消えた。
最早、魔法で強化されたエレンフィーネの聴覚でも聞き取る事は出来ない。
――急に声が消えた……?
どうやら気づかれなかったようだが……この先に、音を遮断する障壁や結界のようなものでもあるのだろうか……?
エレンフィーネはそう思いながらもくぼみから飛び降りて静かに着地。奥へと視線を向けてみる。
しかし、暗闇に包まれたその先を見通す事は出来なかった。
――これ以上の深入りはさすがに危険というものか……
そう判断し、ふたりの後を追うのは止め、そのまま即座に反転して十字路まで戻る。
――メスネコ……と女の方が言っていた。
だが、あの悲鳴はどう考えても獣ではなく人間のものだった……
……いやまあ、しばらくあのふたりも戻ってこないだろうし、改めて見に行ってみればわかる話か……
エレンフィーネはそんな事を考えつつ、地上へは戻らず、改めて悲鳴の聞こえた部屋へと歩を進める。
エレンフィーネの居たシルスレットには『獣人』が存在していなかった為、その可能性に思い至らなかったのだ。
――鍵はかかっていなさそうだ。……よし。
悲鳴の聞こえた部屋の扉に手をかけ、開く事を確認したエレンフィーネは、意を決して扉を開き……
「……っ!?」
目に飛び込んできたモノに、絶句した――
次の話で、この節は終わりです。
なんだかんだで当初の予定の2倍の長さになりました……
といった所でまた次回! 次の更新は平時通りとなりまして、7月17日(日)の予定です!




