第15話 聖木の館攻略戦。認識の歪み。
「エレンフィーネ殿、あなたが見た物の話をされる前に、ひとつ気になる点があるのでお尋ねいたしますが……。メルカーナというのは、シルスレット地方の南部にある孤児院の名……でございますよね? もしや、あなたは……?」
歩き始めた所で、エレンフィーネに対して、そう問いの言葉を投げかけるテオドール。
「ああ、私は孤児だよ。豪華な刺繍の施された厚手の布に包まれた状態で発見されたそうだ。そして、その布の隅に『エレンフィーネ』と刻まれていた為に、エレンフィーネと名付けられたのだ」
「豪華な刺繍……。そこだけ聞くと、貴族かなにかの血筋に感じるのです」
エレンフィーネの説明を聞いたメルメメルアがそんな事を口にしつつ、鉄扉の小窓から中を覗く。
「――隣の部屋は、もぬけの殻なのです」
「気配的には、もう少し奥ですね。この先、数部屋は誰もいないようです」
メルメメルアとテオドールのその言葉に、エレンフィーネが、
「数日前までは、私の部屋の両隣から人の気配がしていたのだがな……」
と、悲しさと怒りの混じり合った表情で答える。
「既に実験体にされてしまった、という所か……」
「うむ、そういう事であろうな……」
腕を組んで呟くように言うラディウスに同意し、首を縦に振るエレンフィーネ。
「ずっと気になっていたですが……。ここに駐留している兵士たちは、実験について知っているです? 知っていたら、仲間すらも実験体にするようなやり方に、よく何も思わないものなのです」
「それについては、知ってる者もいるし、知らぬ者もいるが……知らぬ者の方が多いと言えよう。そして、実験について知っている者でも、それがどこで行われているのかを知っている者となると……更にほんの一握りであろうな」
メルメメルアの疑問にエレンフィーネがそう返すと、
「たしかにそうですね……。私が潜入していた時も、ここは『療養施設を装った政治犯を幽閉しておく為の施設』である……という認識をしている者がほとんどでした。無論、そんな人間はこの施設には誰一人として存在しないのですが……」
と言って、ため息交じりに首を横に振るテオドール。
「認識を歪められている……? アルフォンスの話からすると、皇帝……いや、アルベリヒが何かしていると考えるべきか……」
ふたりの話からラディウスがそんな推測をし、そう呟くと、メルメメルアが同意するように頷いてみせる。
「たしかにそれなら、私の疑問も解決――というか、納得なのです。仲間が実験体にされるような状況であっても、その認識を歪められていたら何も思わないのです」
「まあ、そういう事なのだろうな。もっとも……私は着任初日に見てしまった光景のせいで、その事に対してずっと疑問を抱いていたがな。……そして、それゆえに『あまりにも酷すぎる』と感じ、上官にそれについての意見を述べた結果、ああして私自身が囚われの身となってしまったのだが」
「なるほど……。アルベリヒの認識を歪める『何か』がその『見てしまった光景』とやらによって無力化された……といった所でしょうか」
エレンフィーネの話を聞いたテオドールが顎に手を当てながら、そんな推測を口にする。
「そうですね。そう考えるのが妥当だと思います」
ラディウスがテオドールの推測に同意してそう頷いた所で、エレンフィーネは、
「さて……それでは、その『見てしまった光景』について、そろそろ話させてもらおう」
と告げ、奥へ向かって歩きながら、『見てしまった光景』について話し始めた――
次の話から、『エレンフィーネの話』になる為、この節はここで終わりとなります。
まだ『攻略戦』の最中ではあるのですが、まあなんというか……過去の話を攻略戦で括るのもどうかと思ったので、節を変える形にしました。
ちなみに、本来は今回の話から入る想定だったのですが、メルカーナの名字についてと認識の歪みについての話をしていなかった為、こうなりました……
なお、『エレンフィーネの話』はそんなに長くならない想定の為、次の節はかなり短くなると思います。
といった所でまた次回!
次の更新は、平時より1日多く間隔が空きまして……6月30日(木)を予定しています!




