第3話 宿屋の娘は知る。そしてやり過ごす。
「……すまん、急を要するから抱え上げてしまった」
ラディウスは申し訳なさそうに謝罪しつつ、ルーナを地面に下ろす。
それに対し、ルーナは内心の動揺を抑えながら問う。
「え、あ、う、うん……。そ、それはいい……のだけど、急に、どうしたのよ?」
「……動体感知魔法を常駐化しているガジェットが設置されていた。魔物を感知する魔法ならともかく、ここまでの感知魔法は、国の重要な施設――それこそ、王立魔導研究所とかそういった所にしか使われないような代物だ。普通の貴族――伯爵の屋敷にあるような代物じゃない。だから、あのままあそこにいたらヤバそうだと判断したんだ」
と、道の方を警戒しつつ、ルーナに説明するラディウス。
「な、なるほど……。それにしても、動体感知魔法を常駐化したガジェット? そんなものどこにあるの? 私の目には見えないんだけど……。もしかしてマリスディテクターを使わないと見えないタイプ?」
道の方へと目を凝らしながら疑問の声を口にするルーナに対し、
「いや、既に見えているから使っても意味はないぞ。――あそこの道の脇をよく見てみるんだ。小さい石箱みたいなものがあるだろ?」
そう言って道の脇にある小さな黒い石箱のようなものを指さす。
「んんー?」
ルーナが更に目を凝らしてラディウスの指差す方を見る。
そして、程なくして黒い石箱のようなものがたしかに置かれている事に気づき、声を上げた。
「あっ! たしかにあるわね! あれがそのガジェット?」
「そうだ。まあ、あの程度のガジェットだと……動体感知魔法といっても、せいぜい接近した動体――要するに人や動物、魔物といった動いているものを感知して、別のガジェットに伝える程度の性能の代物だと思うけどな」
「へぇ……。でも、そう言うって事は、もっと凄い感知魔法もあるって事?」
「ああ、それこそ感知地点を別のガジェットに映し出すような……っと、静かに。鎧の金属音だ。近づいてきている」
ラディウスにそう言われたルーナは、よく聞こえるわね……と思いつつ、口を手で抑えて頭を下げる。
程なくして、カチャカチャと音を立てながら、プレートメイルに身を包んだ兵士が3人ほど姿を見せる。
「……誰もいないな」
「あのガジェットは、感知する対象の判定が大雑把すぎるからなぁ……。どうせまた動物……もしくは、魔物って所だろうさ」
「ふむ……。そう言えば……魔物に逃げられたという報告が1~2時間前にあったな」
そんな事を話す兵士たち。
――魔物? 1~2時間前? もしかして……来る時に遭遇したあいつか?
もしそうだとすると……伯爵か誰かが、あいつを狩ろうとしていて倒しそこねた……とかなのか? 興奮状態の魔物というのは、普段は絶対取らないような行動を見せる事がある、と言われているし。
あー、でもなぁ……それだけでは説明がつかない変な動きだったよなぁ、あいつ……
ラディウスがそんな事を考えていると、
「じゃあ、その魔物の可能性が高いな。逃げたとするとこっちの方か……?」
そう言いながら、兵士の1人――ゴーグルを装着している兵士が、ラディウスたちのいる方へと顔を向け、そのままじっと見つめる。
「どうだ? 魔物の反応はあったか?」
「……いや、ないな。もう大分遠くまで逃げて行ってしまったのかもしれん」
「なるほど、あの魔物の走る速度ならありえなくはないな。だがまあなんにせよ、密偵や斥候の類ではなさそうだな」
3人の兵士は、そんな感じで感知に引っ掛かったのは魔物の可能性が高いと結論を出し、そのまま伯爵の屋敷がある方へと戻っていった。
――密偵や斥候を警戒する伯爵……か。どう考えても注意すべき人物のようだな。
ラディウスはそう考えながら、兵士たちの姿が完全に消えるのを待ち、
「これ以上は近づかない方がよさそうだな」
と、ルーナに言った。
「ええ、そうみたいね……。うーん……以前、新年の挨拶とかで訪れた時は何もなかったんだけど……あの時は、あえて放置されていたって事なのかしら……?」
「そりゃまあ、新年なら挨拶に誰かが来るのは分かっているわけだしな。感知しても無視していたんだろう。――ともあれ、早々に立ち去るとしよう」
ラディウスはそう言って立ち上がった後、道の方を一度見てから森の中へと視線を戻し、ルーナに対して告げる。
「……念の為、村へ続く道あたりまで森の中を進んでいった方が良いな。この石畳の道は視界が良すぎる。可能性は低いが……もしもあの兵士たちが戻ってきたりしたらマズい事になる」
ルーナはそれに頷き、了承すると、伯爵の屋敷がある方を見て、
――伯爵様は一体何を考えて、マークスおじさんにあんな腕輪を渡したのかしら? 人が近づくのを警戒しているって事は、後ろめたい事があるって言っているのと同じだし、なんだかちょっと怖いわね……やっぱり。
と、そんな事を考えて身震いするのだった。
魔法を使ったセキュリティの登場です。
伯爵の存在が、どうにも不穏な感じですが……