第1話 秘されしモノ。物語の男。
「ほえぇ……。これはまた凄いのだわ」
「ええ、よもやこれほどの蔵書数だとは思いもしませんでした」
クレリテに対し、同意するように頷きながら周囲を見回すリゼリッタ。
「ちょっとした図書館並の蔵書だと言っていたが……たしかにその通りだな」
アルフォンスもまたそんな風に言った後、自身の斜め後ろに立つ人物へと顔を向け、
「……にしても、ここの管理人――大家がお前だとは思わなかったぞ、デーヴィト」
と、そう言葉を続けた。
「……それはこちらのセリフだ、アルフォンス。まさか『ゼグナム解放戦線』の表向きのリーダーがお前だとは思わなかったぞ。……というか、だ。『黒き影と白き家の娘』という名で、俺と俺の嫁のあれこれを物語化して大分儲けておいて、何故俺がここの大家である事を知らなかったんだ?」
そう呆れた口調で返事をし、肩をすくめてみせる技師風の格好をした男性――デーヴィト。
アルフォンスが言う通り、メルメメルアの住む『アパルトメント・ゲンゲツ』の大家である。
「あー……実はだな……あれを書いたのって俺じゃねぇんだわ。だから、あれの内容がお前たちの事を書いた物だっつーのは、正直言うと……今初めて知った」
アルフォンスが額に手を当てながらそう告げると、デーヴィトはそれに対し、
「そうなのか?」
と、首を傾げて見せた。
「ああ。俺はあくまでも『彼女の代理』として出版したにすぎねぇんだ。それに……だ。『ゼグナム解放戦線』としての活動が忙しくて、お前の『その後』までは詳しく追っちゃいなかったからな。お前の事だから、そこまでのサポートはしなくても問題ねぇだろうと思っていたしな」
「ふむ……なるほどな。だからアリ――クレリテの妹が、詳しく話を聞きたいとか言ってきたわけか、色々納得したぜ」
「……あの子、いつの間に聞きに来ていたのだわ……。全然気づかなかったのだわ……。というか、勝手に出歩くとか危険極まりないのだわ……ぐむむむむ」
アルフォンスとデーヴィトの会話を聞いていたクレリテが、額に手を当てながら怒気を含んだ呟きを発する。
また、その顔を良く見てみると、眉間に皺が寄っていたりする。
「ああいや、聞きに来たんじゃなくて、例の『療養所』に来て欲しいって頼まれたんだわ。で、さすがに断るわけにもいかねぇから、俺から出向いて話した感じだ」
「なるほどなのだわ。それなら納得なのだわ」
デーヴィトの補足に納得し、一転して安堵の表情を浮かべるクレリテ。
デーヴィトはそのクレリテを見ながら、本当は直接訪ねて来たんだが、それを言ったら乗り込んでいきそうだからな……なんて事を思いつつ、ボロが出ないようにと、
「しっかし、まさかあそこまで大受けするとは思わなかったぜ。お陰でウチのセキュリティをバッチリ強化する事が出来たしな。そっちも資金源として役立ったんじゃねぇか?」
と、そんな風に言って話の流れを変えた。
「そうだな。あれを出版する時は、活動資金の収入源の一部になればいいと思ってはいたが……まさか中核になるとは……完全に想定外だぜ」
「ま、私の妹だから当然なのだわ」
頷いて同意するアルフォンスに、クレリテはドヤっとした顔をしてみせる。
「貴方がドヤる事ではないですが、まあ……私も長く一緒にいるので、その気持ちはわからなくもないですね」
などと同意するような言葉を発した後、急にコホンっと咳払いをし、
「――それにしても、このアパルトメントのセキュリティ、一見しただけで分かるくらいとんでもない代物ですね……。最早、一般住宅のレベルではありません」
と、周囲を見回しながらそんな感想を口にするリゼリッタ。
「……正直、ちとやりすぎたとは思っている。嫁にも『セキュリティは大事ですけど、皇帝宮殿の中枢レベルはさすがにやりすぎです』って呆れられたからな……」
腰に手を当てながらため息混じりにそう言って、首を横に振ってみせるデーヴィト。
「それはそうでしょ……って、え? 今、『皇帝宮殿の中枢レベルのセキュリティ』って言いました?」
「ん? ああ言ったぜ。これでも元宮廷魔工士だからな。皇帝宮殿の中枢レベルと同等のセキュリティを再現するのは、さほど難しい事じゃねぇのさ」
リゼリッタの問いかけに対し、デーヴィトがさらっとそんな風に返す。
その直後、リゼリッタ、クレリテ、そしてアルフォンスの3人が同時に顔を見合わせ、なんとも言えない表情をしてみせたのだった。
大分前にメルメメルアが言っていた『大家』の登場となりました。
……あの時は、まさか登場するまでに、これ程の時間がかかるとは思ってもいませんでしたが……
とまあそれはそれとして……次の更新ですが、1月22日(土)を予定しています!




