第1話 宿屋の娘は学ぶ。常駐魔法を。
「ご、ごめんなさい。なんだかいたたまれなくなって、逃げてしまったわ……」
追いついてきたラディウスに対し、ルーナはそう告げて頭を下げた。
それに対し、ラディウスは肩をすくめて軽い調子で言葉を返す。
「ま、そこは気にするな。……なにをしでかしたのかと聞かれたから、とりあえず、ちょっと余計な物まで壊したって言っておいた」
「余計な物って……。まあ、嘘ではないけど……。お母さん、きっと今頃何を壊したのかと思っていそうね」
そんな事を言って笑うルーナ。
「たしかにそうかもしれないな……。って、そう言えばマリエルさんが魔物の1匹や2匹……いや10匹でもどうとでもなると言っていたけど、マリエルさんは強いのか? 俺は武人でもなんでもないから、見ただけでその人の強さがわかる……なんてのは無理だから気になってな」
ラディウスが歩き出しながらそう尋ねると、ルーナは腕を組み、
「あー、かなり強いわよ? お母さん、格闘術に凄い長けていて、昔は『血手の闘姫』なんて通り名で呼ばれていたっていうし。まあ、手が血まみれなのは、敵を殴った返り血じゃなくて、治療による返り血のせいな事が多かったようだけどね」
と、説明した。
「なんとも凄い異名だな。まあ、格闘術に長けているなら安心だな」
「そうだね。お父さんを放り投げられるほどだし」
「あ、ああ……そうなのか……。あの体格の男を……なぁ……。なるほど、色々と納得だ」
そんな話をしながらラディウスは、ルーナのあの箒さばきは、マリエルの血の影響なんだろうな……なんて事を思った。
「? よくわからないけど、納得したなら良かったわ。で、そろそろ例の説明をしてくれないかしら?」
ルーナはそんな風に言って、右の手のひらを上に向ける。
「ん? ……ああ、常駐魔法の話か」
「ええ、それよそれ」
ウンウンと頷くルーナに対しラディウスは、
「――常駐魔法っていうのは、ガジェットの魔力が尽きない限り、半永久的に自動で発動し続ける魔法の事だ。まあ、大概はスイッチをポチっと押す、みたいな簡単なドライブトリガーでオンオフする事が出来る感じになっているな。例えば、こういうのだ」
と説明し、鞄から小さい筒を取り出す。
「それは?」
「この筒の中に魔石が組み込まれていてな。ここを押すと……」
ルーナの問いかけにラディウスはそう返しつつ、道の脇――木々が密集して暗くなっている方へと筒を向け、ちょうど真ん中あたりにあるボタンを押す。
と、その直後、筒から強い白光が放たれ、木々の合間の暗がりを照らし続ける。
「わっ、凄く明るいわね! ……って、これってもしかして、携帯式照明ガジェット? うちにはないけど」
筒と光の照らす先を交互に眺めながら、ラディウスに再び問いかけるルーナ。
――そういえば酒場も宿も、照明器具は全て古いタイプのオイルランプだったな。あれを全て点けてまわるの大変そうだ……
と、ラディウスは昨日の夜の事を思い出しながら答える。
「ああ、その通りだ。夜道とか洞窟の中とかで重宝するぞ。カンテラや松明よりも広範囲を照らせるし、火が必要なわけじゃないから、草木の上に落としても燃えたりはしない」
「へぇ……。たしかに便利そうね。しかもウチのランプよりも明るいわ。……っていうか、街中にある街灯よりも明るくない? これ」
「明るいぞ。まあもっとも……街灯は夜の間中ずっと点けておく必要がある代物だし、こんな感じで強い光を放つようにしたら、魔力がすぐ枯渇してしまう。少し暗めなのはしょうがないな。――っと、魔力を消費しすぎるのもあれだし、消しておくか」
ルーナにそう言いながら、再び先程のボタンを押すラディウス。
すると今度は、一瞬にして光が消えた。
「あ、光が消えたわ。なるほどねぇ……こういう風に、任意に常時発動した状態に切り替えられるから、常駐って言うわけね」
「そういう事だ。ちなみにこいつはボタンを切り替え――ドライブトリガーにしているが、他にもドライブトリガーは色々とあるぞ。中には身に着けるだけ、なんてのもある」
「マークスおじさんの奴とか?」
「そうだな。まさにあれがそれだ。……にしても、ルーナは魔法に関しての理解が早いな」
「ふふっ、ありがと」
ラディウスに褒められたルーナは、顔を綻ばせて喜んだ後、
――魔法って、なかなか面白いわね。
うーん……しっかり学んだら、毎日暗くなってきたら酒場と宿のオイルランプ全てに、火を点けたり、オイルを足したりして回る面倒くさい作業をしなくて済むような、照明ガジェットを作れるようになったりするのかしら……? なにしろ、あれ本当に面倒だし。はぁ……
なんて事を思ったのだった。
携帯式証明ガジェット――要するに、ただの懐中電灯です……
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