第9話 第2の渡り手。ディーゲルの娘とバイルドレイン。
「メルメメルア殿と同じような顔をするのだな。――表向き自由なようでいて、裏では苛烈なまでの情報統制がされているこの国で、私がアルベリヒの指示によって暗殺を行っている……という情報を、どのようにして掴んだのかは知らぬが……ま、そこは詮索すまい」
ディーゲルはそこまで言うと、一度言葉を区切り、窓の方へと顔を向ける。
その視線の先には、門番代わりの2体のドールガジェットの姿があった。
それを見ながら、ディーゲルが悲観と達観のふたつが混ざりあったかのような、そんな表情と声で続きの言葉を紡ぐ。
「正直言えば……娘を守るためだとはいえ、暗殺などという行為にドールガジェットや人形たちを使うのは耐えられぬのだ。――あれらも娘同様、私の子のようなものなのだ。子を暗殺の道具になど使いたくはない」
「……貴方の気持ちは痛いほど良く分かります」
聖女モードのセシリアが目を瞑り、胸に手を当てながらそんな風に言う。
そして、一呼吸置いてから目を開き、問いの言葉を投げかけた。
「……私たちに何を頼みたいというのは、その娘さんの奪還……でしょうか?」
「ほう……。私が言う前にそこに辿り着くとは、なかなかの洞察力と推理力を持っておられるようだ」
「い、いえ、それほどでも……」
関心するディーゲルに対し、少し顔を赤らめるセシリア。
――時々ポンコツな言動をするとはいえ、さすがは諜報員だな。
なんて事を思いながらラディウスは、改めて、
「その通りだ。私が君たちに頼みたいのは、アルベリヒの手によって事実上幽閉状態にある、娘の奪還だ。無茶を言っているのは承知の上、だが……どうか引き受けてはくれまいか。君たちならば可能であると、私はそう判断したのだ」
と問いかけてきたディーゲルに対し、即答する。
「無論です。その頼み、引き受けましょう」
「さすが、ラディ。そう答えると思ったよ」
セシリアは、そうラディウスに対して言った後、ディーゲルの方を向き、
「――それで、娘さんはどこに囚われておられるのですか?」
と、問いかけた。
「『聖木の館』という名のサナトリウムだ。表向きは長期療養という事になっている。……まあ実際、近くで発せられる魔力を体内に溜め込んでしまう体質ゆえ、多くのガジェットが使われている都市部などへ行くと、すぐに体調を崩してしまうのだが……」
そう告げてくるディーゲル。
「なるほど、バイルドレイン症……か」
「えっと……? バイル……ドレイン症?」
呟くように言ったラディウスに対し、セシリアが首を傾げて問う。
「今、ディーゲルさんが説明した体質――いや、魔法生物の活動を維持している極小の疑似精霊によって引き起こされる異常症状の名前だ」
「魔法生物? 疑似精霊? 魔法生物って、ブロブとかリビングアーマーみたいなの?」
「ああそうだ、そういうのだ。で、奴らは術式で動くドールズガジェットと違って、極小の疑似精霊によって動いているんだが、その極小の疑似精霊を何かの拍子に人間がその体内に取り込んでしまった時、極々稀に体内での融合が行われてしまう事がある。これがバイルドレイン症だ」
セシリアの新たな疑問に対し、バイルドレイン症の説明についても含めつつ、そう答えるラディウス。
「そういう名称があったのは初めて聞いたのです。でも、名称が付いていて、そこまで判明しているという事は……治療方法があるという事です?」
と、今度はメルメメルアが、そんな問いの言葉をラディウスに投げかける。
「バイルドレイン症を治療――完全に解消するのは、原因となる疑似精霊が肉体と融合してしまっている関係上かなり難しい。だが『対処』であれば可能だ」
ラディウスがそうメルメメルアに向かって返事をする。
すると、それに対してメルメメルアではなくディーゲルの方から、
「対処……。それは娘にも適応出来るようなものだったりするのかね?」
という問いが投げかけられる。
「そうですね……実際に見てみないと何とも言えない所ですが、おそらくは問題ないでしょう。バイルドレイン症の無尽蔵かつ制御不可能な魔力吸収を封じるだけなので」
「であれば、是非ともその対処とやらを頼む。いや……何卒お願いしたい! この通りだ!」
ラディウスの言葉を聞いたディーゲルは、そう言って頭を深く下げたのだった。
想定どおりにいけば、次の話が3章ラストです。
まあ、あからさまに4章冒頭の舞台について話していますしね!
というわけで、その次回の更新ですが……明後日、水曜日の予定です!




