第16話 魔軍事変。魔法陣と顎門。
「もっと早く改めるべきだったのだわ。もう逃さないのだわっ!」
「……操魔の力を行使する以上、逃げるなどという道は最初から存在していない」
クレリテに対し、そんな風に言って返す仮面の術士。
「それはどういう――」
ルーナが問いの言葉を言い終えるよりも早く、仮面の術士の頭がガクンと傾く。
「っ!? 後ろに飛べっ!!」
ラディウスが何かに気づき、それだけ言い放つと、身体能力の強化魔法を発動。
と同時に、セシリアに急速接近し、ガジェットに手を重ねる。
ラディウスによってアストラルアンカーが強制解除され、「へ?」と素っ頓狂な声を上げるセシリア。
そのまま硬直していたセシリアを抱き上げたラディウスは、魔法で身体能力を強化した状態のバックステップで、一気に距離を取った。
ラディウスの声を聞いていた他の面々も、一瞬の遅れはあったものの、即座に仮面の術士から一気に距離を取る。
直後――
地面に仮面の術士を中心とした巨大な魔法陣が出現。
その魔法陣全体を覆う程の『顎門』が、まるで魔法陣を食い破るかのようにして顕現。
パクリと開かれたその口で仮面の術士をバリバリと噛み砕き、そして飲み込んだ。
「ひっ!?」
ラディウスの腕の中のセシリアが、その悍ましい光景に短い悲鳴を上げる。
ギリギリで魔法陣の外へ退避したラディウスは、即座に周囲を見回し、全員無事な事を確認。
「あ、危なかったのだわ……。一瞬でも退くのが遅れていたら、確実に今のに喰われていたのだわ……」
クレリテがその身を震わしながら、そう口にする。
「な、なんなの……今の……。術士を喰らった化け物が術式ごと消える……? わ、わけがわからない……。わけがわからないわ……」
ルーナが恐怖によって青ざめた表情のまま、そんな風に呟く。
そして……その呟き通り、既にラディウスたちの眼前から、あの『顎門』は跡形もなく消え去っていた。
だが、眼前の地面には、『顎門』が仮面の術士を噛み砕いた時に噴出した夥しい量の血が残されており、先程の光景が幻覚の類ではなかった事を示していた。
――なんなんだ……。あの術式は……
回路も魔力の配線もない、ほぼ全てが文字だけで構成されている意味不明な代物だった……
しかもその文字も、まるでエンコードとデコードの方式の不一致――文字化けをしているかのような状態で、何一つ記述を読み取る事が出来なかった……
あんな術式は……魔法は、時を遡る前には見た事も聞いた事もない……
魔軍事変のタイミングといい、今の術式といい、一体この世界に何が起きているんだ……?
ラディウスはしばしの間、半ば呆然となりながらそんな事を延々と考えていたが、魔法の炸裂音にハッとなって、魔物との戦闘が継続している事を思い出す。
「――術士と魔法陣について考えるのは後だ! まずは魔物を吹っ飛ばす!」
ラディウスがそう叫ぶと、マクベイン、クレリテ、ルーナの3人が、まるで弾かれたかのような動きで、魔物を一掃すべく広域攻撃魔法を放つ準備に入る。
そしてラディウスも、自らも広域攻撃魔法を放……とうとして、その腕でセシリアを抱きかかえたままである事に気づき、
「……す、すまん、抱きかかえたままだった……」
と、気まずそうな顔で言いながらセシリアを下ろす。
「き、気にしないで。と、とりあえず魔物を蹴散らしちゃおう。うん」
セシリアは顔を赤くしながら早口でそう言って、広域攻撃魔法を構える。
幸いと言うべきなのかわからないが、クレリテもルーナも、広域攻撃魔法の発動準備に集中しており、ふたりの方を見ていなかった。
そして、マクベインは視界の端にそれを捉えていたが、敢えて何も見なかった事にする。
……程なくして、立て続けに放たれた広域攻撃魔法により、魔物の数が一気に減少。
残った魔物は恐慌状態に陥り、這々の体で遁走し始める。
「魔物を操っていた者がいなくなっただけで、こうも脆いとは……。いや、むしろ魔物を操る力が圧倒的な脅威である……と見るべきか」
合流してきたアルディアスがそんな風に言い、術士が立っていた方を見る。
と、そこには術士の流した血をあっという間に吸い込み、黒ずんだ状態になっている地面のみがあった。
アルディアスはそこへ視線を落とすと、先程見た光景を思い出しながら、呟くように言葉を続ける。
「……あの禍々しい化け物のような存在は、一体なんだったのであろうか……」
と。
思っていた以上に描写しないといけない場面や、説明をしないといけない物事が多く、結局、想定の2倍以上の長さになってしまった『魔軍事変』の節ですが、ようやく次で終わりです!
あと少しだけなので確実に終わります! というか、最近の話の中では短い方になると思います!
さて、そんな次回ですが……更新は明後日、木曜日を予定しています!




