第5話 時を渡り借りる。宿の一室を。
「い、いきなり何をするんだ、ルーナ!」
怒気を含んだ声を上げる男に対し、ルーナは箒を突きつけ、
「突っ込んでくる方が悪いんでしょ! 慌てるのはわかるけど、落ち着いて!」
と、激しい剣幕を見せながら言い返す。
「お……お、おお……。そ、そうだな……。すまん」
男はルーナの剣幕に後ずさりしつつ、すまなそうにそんな言葉を返すと、ラディウスの方を見て、
「……ああ、お客人、驚かせてすまなかったな。俺の名はディック、この『古き籠手亭』の主だ。――君がマクベインさんの?」
と、言った。
「えーっと……はい、そうです」
そう答えながら、ずっと手に持ったままの手紙を差し出すラディウス。
ディックはそれを受け取り、
「おおっ! これはたしかにマクベインさんの字!」
と、なにやら感動した様子で手紙を読み始める。
「そういえば……ここって、酒場も兼ねているのか?」
ディックが手紙を読んでいる間、特にする事もないラディウスは、ルーナに疑問を投げかけてみた。
「あ、うん。というか……ほとんど酒場同然ね。宿屋である事を覚えている人の方が少ないんじゃないかしら……。だから、宿の方のお客さんは凄い久しぶりよ」
「そうなのか……」
「ちなみに宿屋部分は、こっちの建物じゃなくて、奥にある別棟の方だから夜騒がしいって事はないわよ」
そう言いながら、ラディウスから見て左の方に顔を向けるルーナ。
その先には階段があり、その上には『宿への渡り廊下』と書かれたドアがあった。
「あ、なるほど……宿の方は別棟なのか。まあ、騒がしくても防音障壁を展開すればいいだけだから、特に問題はないけどな」
「防音障壁? 聞いた事のない単語だけど……それって、魔法か何かかしら?」
「ああその通りだ。このガジェットで発動出来る」
そう言いながら、小さな棒状のガジェットを鞄から取り出して見せるラディウス。
「この棒みたいなのがガジェット? あ、でも、たしかに小さい魔晶が5つ縦に並んで組み込まれてるわね!」
「ほう……これはまた良質な魔晶の組み込まれたガジェットだな」
ルーナの声に続き、ディックの声が聞こえてくる。
ラディウスが声の方に視線を向けると、手紙を読み終えたらしいディックが、腕を組んでガジェットを観察していた。
「――さすがはマクベインさんが紹介してくるだけはあるな。……っと、それはそうと、何泊していく予定だ? マクベインさんの紹介だし、ばっちりがっつり安くするぜ!」
「あー、えっと……まだどれだけ滞在する事になるかわからないんですが……とりあえず、1週間で」
「1週間もか! それなら朝夕食事付きで20000セルドでいいぜ! あ、昼も必要なら言ってくれればいくらでも作るぞ。ウチはランチもやってるからな! まあ、さすがにそこは別料金だが……特別に半額にしておくぜ!」
そんな風に言ってサムズアップをしてみせるディック。
一般的な宿の1泊2食付きの代金が、大体10000セルド前後なので、半額どころか、1/3以下の代金だという事になる。
「そ、そんなに安くていいんですか?」
さすがに安すぎるので、心配になって問いかけるラディウス。
「本当はもう少し高いんだけど、まあ……お父さんがそれでいいって言うなら、いいんじゃないかしら?」
「うむ、まったくもって問題ない。1週間と言わず、何日でも滞在していってくれ!」
ルーナとディックがそう言って笑う。
もっとも、ルーナの方は若干ため息が混じっていたりするが。
ラディウスはもっと高くてもいいと思ったが、だからといってそれを口にするのは、なんだか逆に失礼な感じがするので、
「ええっと……。わかりました、それじゃあこれで……」
と言いながら、財布から10000セルド紙幣を2枚取り出し、ディックへと手渡した。
「おう、たしかに。――それじゃ改めて……ようこそ! 古き籠手亭へ!」
新聞があるくらいですので、紙幣もあります。
ガジェット(魔法)の力で、製紙から印刷まで可能です。
ちなみに……紙幣には高度な偽造防止の魔法が付与されている為、偽造は困難です。
今日、あと1話いきます。