第1話 時の先。闇より戻りて。
ラディウスの目に、カレンフォートの宿の光景――自身が泊まっている部屋の机とベッドが飛び込んでくる。
――意識が遠のいてやばいと思ったが……どうにかギリギリ戻れたようだ……。
いそいでレストア……を?
ラディウスはそこで気づく。痛みが全くない事に。
いや、それ以上に不可解な事に、自身の身体は傷一つなかった。
そう、自分を貫いていたはずの槍すらなかったのだ。
――なんだ……? これは……一体、どうなっているんだ……?
いや……一つだけ考えられる、か。
向こう側とこちら側とでは、身体――肉体の状態が繋がっていない……という可能性だ。
ラディウスはそう思考を巡らせつつ、ふとあちら側でホテルに泊まった時の事を思い出す。
向こう側とこちら側で、『眠気』がまったく異なっていた事を。
――眠気が異なる……それこそまさに、今俺が思った『可能性』の証明と言って良いのではないだろうか。
ともあれ、理屈も原理もよくわからないが、向こう側の肉体の状態はこちら側には無関係で、こちら側の肉体の状態も向こう側にはまた無関係である、と考えて良さそうだ。
……まてよ? だとすると……向こう側の今の俺はどうなっているんだ?
もしかして、向こうの俺は死んだ状態になっていたりする……のか?
向こうへ戻ったらどうなるんだ……? 今の俺は意識がしっかりあるわけだが……
……いや、なんにせよ、メルを放っておくわけにはいかない。
どうなるのかさっぱりわからないものの、メルメメルアを放っておくわけにはいかず、意を決して向こう側を再び思い浮かべる。
視界が暗転する。
だが、暗転したままだった。闇のみが視界に広がる。
ただし、ラディウスの意識ははっきりしていた。
――どういうことだ?
この状態でカレンフォートの宿を思い浮かべるとどうなる……?
そう考え、再び宿を思い浮かべる。
と、今度は一瞬にして宿の光景が目の前に広がった。
――こっち側へは瞬時に切り替わった……
向こう側は一体どうなっているというんだ……?
ラディウスは首を捻って考えるも、答えが出るわけもなく……
結局、再び試してみる事にする。
だが、館を思い浮かべたにも関わらず、切り替わった先は、やはり暗闇しかない場所だった。
しかも身体はまったく動かない。
――やはり、切り替わらない……? それに指一本動かせないな……
って、何か、カチカチという音が聴こえるな……
ラディウスは聴こえてくる音に耳を傾け、そして集中する。
――これは……歯車……いや、時計の針音……か?
そう思ったその刹那、闇の彼方がピカッと光った。
何が起きたのかと思うまもなく、その光が一気に広がり、闇を全て駆逐し、視界を覆う。
――うおっ!?
あまりの眩しさに、ラディウスは目を閉じる。
それから数瞬の後、眩しさを感じなくなったラディウスが目を開けると、そこはディーゲルの館ではなかった。
「ここは……」
呟きながら周囲を見回す。
そこは、暗闇に包まれた通路だった。
通路は全て金属で作られている。
「……って!?」
ラディウスはそこがどこなのか気づく。
そう……。そこは、妖姫の囚われていた監獄だったのだ。
しかも、自身の身体は向こう側同様、傷一つなかった。痛みも感じない。
「一体なにがどうなって……」
そこまで呟いた所で、ラディウスは思い至る。
――まさか、時が巻き戻った?
ラディウスは、こちらの世界に来た直後に戻ったのではないかと考える。
そして、それが正しいかどうかを知るのは簡単だとも思う。
なぜなら、この先に進んで妖姫と会えばわかるはずだからだ。
ラディウスは歩き出す。寄り道などせず、目的の場所へと向かって一直線に。
そうして程なくして、妖姫の囚われている牢へと辿り着いた。
「――今回の巡回は早いですね? まだ以前の巡回から3日しか経っていませんよ」
以前とまったく同じ言葉が牢の中から聞こえてくる。
「ああ、やっぱりそうなのか……。そういう事なのか……。だが、どうしてこんな事になっているんだ……?」
「……? 仰っている意味がわかりませんが……どうやら、巡回の方ではなさそうですね?」
ラディウスの呟くような言葉に、妖姫がそんな反応を返してくる。
「はい、その通りです。俺は巡回の人間ではありません。ましてや、この国の人間でもありません。ですが……貴方の事は知っていますよ。……『魂ヲ喰ラウ朱キ妖姫』――」
ラディウスは牢の向こうにいる妖姫に対し、そう答えるのだった。
というわけで、第3章です! 何故か時が巻き戻ったようですが……?
……今回はあまり書く事もないので、早々に次回更新予告を……
次回は1月1日の更新を予定しています! それでは皆様、良いお年を!