第10話 次の間へ。ホールに響く水音。
ピチャッ、ピチャッ、という水の垂れる音がする方へと、歩みを進めるラディウスとメルメメルア。
「あそこ、ドアが開いているのです」
メルメメルアが開かれた両開きのドアへ視線を向けながら言う。
「音はあそこからだな……というか、ドアが開いているから聞こえてくるんだろう。うーん……両開きのドアだという事は、普通の部屋というよりは、広間のような大きな部屋なんじゃないかと思うが……」
ラディウスはそう言いながら、ドアの方を見る。
今いる廊下からでは中は窺い知る事が出来ない。
――マリス・ディテクターには、一切反応なし……か。
中に敵意や害意を持った存在はいないって事だが……
ラディウスはそう思案しつつ「慎重に覗いてみるとしよう」と、メルメメルアに告げる。
そして、ふたりは開かれたドアの周囲を確認し、誰もいない事を確認すると、そっとドアから中を覗き込んだ。
……と、そこは小さめのホールといった雰囲気の部屋で、結構な広さがあった。
「っ!? っ!?」
メルメメルアが驚きの声を上げそうになって、自らの口を手で覆う。
「人……いや、人の姿をした人形か」
ラディウスは、メルメメルアがその目で見た物――視線の先に並ぶ、人間の子供と同じくらいの大きさがある様々な容姿の人形に目を向けたまま、小声で呟くようにそう言った。
「うーん……元々は貴族辺りがパーティとかに使うようなホールかなにかだったんだろうが、その用途で使う事がないから、代わりに物置として使っている……といった所だろうか」
「お、驚いたのです……。そういえば、ディーゲルさんの扱う人形は、どれもこのくらいの大きさだったのです……」
「なるほど……。でも、人と同じ大きさの物もあるっぽいな。ほら、暗くて良く見えないが、あっちにロープかなにかで吊るされているのがあるし」
「あ、本当なのです。あの大きさの人形は見た事がないのです。新作か何かかもしれないのです」
そんな会話をした所で、ラディウスはふと思った。
……人形を吊るす意味ってあるのか? と。
そして更に言うと、さっきから聞こえている水音は、明らかにそちらの方からの物だった。
それがどういう事を意味しているのか、という点に気づいたラディウスは、額に手を当て天井を仰ぎ見るような、髪を掻き上げるような、そんな仕草をして見せる。
その仕草に疑問を抱いたメルメメルアが小首を傾げながら問う。
「……? どうかしたです?」
「……あー、前言撤回。あれは見てはいけない物だ」
「へ? 見てはいけない物……です?」
ラディウスの回答を聞き、その意図を理解出来なかったメルメメルアが、ある意味反射的に、手に持つ携帯式照明ガジェットの光をそちらへと向けた。ラディウスが静止する暇もなく。
「あ」
「ひ、ひぃぃっ!?」
メルメメルアが短い悲鳴を上げた。今回は口を塞ぐ余裕すらなかったようだ。
照らされたその先には、紐状の物で天井から吊るされた壮年の男の姿があった。
全身から血が流れ、それが床に滴り落ちて血溜まりを作っている。
誰がどう見ても死んでいるのは明らかだ。
「ディ、ディ、ディ、ディーゲル、さん、なのですっっっ!」
「……やはり『手遅れのパターン』だったか……」
震えるメルメメルアの言葉を聞きながら、残念そうな表情でそう口にするラディウス。
「ん? 今なにか見えたような……?」
ラディウスの目が、ディーゲルの死体に向けている携帯式照明ガジェットの光、その端に床に何か――人のようなものを捉える。
倒れた人形か何かだろうかと思いつつ、光を向ける。
と、そこには青髪の少女が横たわっていた。
正確に言うなら、身に纏った服を血で染め、胸に短剣が突き刺さった状態で。
「あ、あれは、ディーゲルさんの娘さんなのですっ!」
メルメメルアが声を大にしてそう言った。
直後、少女が一瞬ピクリと動いた。
……ような気がするラディウス。
――気のせい……か? いや、かろうじてまだ生きている……という可能性もゼロではないな。 そして、もしそうならレストア・改でどうにか出来る可能性もまた、ゼロではないが……
ラディウスはそんな事を思案しながら、少女の方へと近づいていくのだった――
……今回の話で2章が終わる想定だったのですが、思ったよりも長くなってしまい……
またもや次の話に持ち越しに…… 申し訳ありません orz
次回の更新は明後日、月曜日の予定です! ……ようやく状況が落ち着いて来ました……




