第4話 時を渡り向かう。古き籠手亭へ。
聖堂を出たラディウスは、とりあえずマクベインから教えてもらった宿へ行くために歩き出す。
と、程なくして、マクベインが言っていた目印の噴水広場に辿り着く。
――聖堂を背に……だから、まっすぐだな。
ラディウスはそう思いつつ、視線を正面に向けると、新聞を売っている小さな店舗が目に入った。
そこでふと、ラディウスは時を遡る前に見た新聞の記事を思い出す。
――まてよ? 聖女セシリアが俺の知っているセシリアだったという事は、あいつはこの後、死ぬ……いや、あの記事の感じからすると……殺される、って事か?
……ないな。そんな歴史は拒否だ。セシリアが殺される歴史など、俺が変えてしまえばいい。
たしか、あの記事は俺が研究所に入って何日か経った頃に見た物だ……
つまり、今日すぐにどうにかなるわけじゃない。だが……いつ、どこで、だれが、どういう風にセシリアを殺したのか、それがさっぱりだ。
それさえわかれば、どうにでもなるのだが……まあ、色々調べてみるしかないな。
そう結論づけ、まずはそのためにも宿を確保する必要があると考え、再び宿のある方へ向かって歩き出すラディウス。
そして、しばらく歩いた所で、古き籠手亭と書かれた看板が目に入った。
看板と建物の入口を確認しつつ、「……ここで間違いないっぽいが……」と呟きながら、ラディウスは扉を開けて中に入る。
「……うーん、やっぱり酒場っぽい雰囲気がするなぁ……ここ」
心の中で思っていた事が、口をついて出るラディウス。
ラディウスが足を踏み入れた古き籠手亭は、入ってすぐの場所がテーブルと椅子が多数置かれた大広間になっており、酒瓶が並べられた棚が奥のカウンターの裏にあるという、そんな造りだったので、そう思うのは自然かもしれない。
「いらっしゃいませーっ! ……って、あら? お客さんは……見た事のない顔ね。もしかして宿の方の目的だったり?」
そう問いかけながら奥から出てきたのは、エメラルドグリーンの瞳を持つ、肩の上あたりで切り揃えられた茶色の髪に、花を模した飾りのあるカチューシャをつけた少女だった。
――スカートの丈がちょっと短いが、給仕服っぽい服装と今の言葉からすると、店員……だよな?
ラディウスはそう考え、
「ああ。宿の方だ。――マクベインという人に紹介されてな。……部屋は空いているか? あ、ちなみにこれがそのマクベインさんからの手紙だ」
と、少女にそう告げながら手紙を鞄から取り出し、見せる。
「マクベインさん……? …………あ、思い出したわっ! お父さんが昔色々と助けて貰ったっていう人ねっ! お父さんから事あるごとに、その時の話を聞かされたわっ! ――ちょっと、お父さーん! マクベインさんから紹介されたという人が来たわよーっ!」
そう言って、奥に向かって声を掛ける少女。
「あ、紹介が遅れたわね……。私はルーナ。この古き籠手亭の看板娘よ」
「看板娘っていうのは、自分で言うもんだっけか……? まあいいや、俺はラディウス――」
一瞬、ラディウスは『ヴァル』というミドルネームを言いかけたが、あれは魔導博士の称号を意味するものであり、この頃にはまだ付いていなかった事を思い出す。
「……ラディウス・アーゼルだ」
「ふんふん、ラディウスね。ラディと呼んでもいいかしら?」
「ああ、別に構わないぞ」
ラディウスと少女――ルーナがそんな感じで自己紹介をしていると、
「マクベインさんから紹介された人が来たというのは、本当かぁぁぁぁぁっ!?」
そんな大きな声と共に、奥からガタイのいい男が走ってきた。
否、荒れ狂う猛牛の如き勢いで突進してきた、と言うべきかもしれない。
ラディウスは、その勢いで突っ込まれたら吹っ飛ばされかねないと思い、即座に防御障壁を展開する魔法を発動――
……しようとした直後、ルーナがどこからともなく箒を取り出し、流れるような動作で、ガタイのいい男性に足払いをかけた!
「ぬおおっ!?」
不意をつかれた男は前のめりになりながら、その身体が宙に浮く。
そのまま床に顔からダイブするかに見えたが、男はそこから素早く受け身を取ると、顔からダイブするのを阻止。そしてその状態から、跳ね起きるようにして立ち上がった。
その姿を見て、たしかに元冒険者……それも前衛役だったのだろう、とラディウスは思った。
多分、今日の夜にもう1話投稿すると思います。