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「どうしてメアリーと会ってやらない」
遂にボスの登場ね。
執務室で執務をしていた私の所にルルシアが来た。
「予約もなく来られては困ります。あなた方と違って暇ではないので」
「俺たちとて暇ではない」
そう言って怒鳴り返す彼に私は大げさに驚いてみせた。
実際、驚いたのは本当だけど。王妃教育の一環で基本的には感情を表に出すことはない。出すときは相手に何らかの反応を期待するか挑発するかのどちらかの意味が含まれている。
「執務を放り投げておいて暇ではないと仰る?では、何に忙しいのか教えて欲しいですわね」
「放り投げてなどいない。俺は王だ。王の仕事は臣下に采配を振るうこと」
ええ、ですからあなたの臣下が代わりに執務をしているのは知っているわ。それだけが王の仕事ではないのですけど。
「人望があり優秀な俺の臣下は俺に劣るがそれなりに優秀だ。自分で執務をしないといけない低能なお前と一緒にするな」
アルクトス、気持ちは分かるけど顔を歪めないで。
私だって目の前にこいつが居なければ同じ顔をしていたわ。引き攣りそうになる表情を何とか堪えているのだから。
「命令するばかりが王の仕事ではございません。ご裁可を下すまでが陛下の仕事ですわ」
「玉璽なら宰相に預けてある。心配は無用だ」
心配しかないわ。
国を私物化し、己の欲望に忠実な男の元にそんなものを預けられて枕を高くして眠れるとでも。あなたの能天気さを分けて欲しいわね。
「結局、陛下は何もしていないではありませんか。それで一体何に忙しいのかしら」
「市場視察だ」
「でしたら城下に下りてはいかがですか?」
私の言葉にルルシアは目くじら立てる。
「俺に庶民に混じれと言うのか!俺はこの国の王だぞ!」
「商人を王宮に呼び、貴族の買い物をすることは市場視察ではございません!実際に城下に下りてその目で民の暮らしを見ることに意味があるのです。この国の王を名乗るのであればこの国で起きたことに少しは興味を持ってくださいませ!」
「俺を侮るのか!不敬だぞ!お前はメアリーと違って本当に性格の悪い女だな」
「メアリー・ヘスティアと一緒にしないでいただきたい。あなたのご機嫌取りをするのは私の役目ではございません」
「メアリー様と呼べ」
「は?」
地位は私の方が上だ。彼女に敬称をつける必要はない。もちろん、下位貴族でも尊敬できる相手には敬称をつけて呼ぶことはあるけど。
連日にわたる不作法な訪問をする相手を敬うことはないので今後一切、私が彼女に敬称をつけて呼ぶことはないだろう。
「メアリーは俺の寵愛を受けるのだ。立場はお前よりも上だ」
「アルクトスっ!」
「御意」
「おい、何をする。放せ。放せと言うに。不敬罪で貴様らを処刑してやる」
ルルシアは猫のようにアルクトスに首根っこを掴まれて外へ放り出された。
「大丈夫か?」
こめかみを押さえる私をアルクトスは心配そうに見ているのでよほど酷い顔をしているのだろう。
「アイリーン様、気分転換に散歩をなさってはどうでしょうか?」
リリーも心配して私の元へ来た。
「そうね、そうするわ。お茶を淹れなおしておいて。帰ったら頂くから」
「畏まりました」
馬鹿の相手って本当に疲れる。




