第8話 カラオケにて模擬シャッフル開催
俺らがドリンクバーに移動すると滝川たちが話しかけてきた。
「なー兼平、お前ホントに神崎と付き合ったんだな」
「ああ。まぁ成り行きだったけどな」
「兼平、小梢ちゃんはこの制度に参加することについて何か言ってたのか?」
「ああやっぱり大村、それが気になってたんだな。
俺から小梢のプライバシーを言うわけにはいかないからスマン」
「いや言えなければ別にいいんだ。ただ、小梢ちゃんは昔は兄妹みたいに付き合ってきた相手だったからなんとなく大丈夫かなって心配だったんだ。結構酷な制度だろ?」
「そうなのか?
…いや考えてみると確かにそうかもな。
けど小梢の方はそれも含めて恋愛AVG感覚で楽しんでる感じあるけどな。完全に俺のことを落としにかかって遊んでやがる」
「そうか…小梢ちゃんは凄いな。これをそんな風に受け止めてるのか」
「ははは。やっぱ神崎はパワーあんな。中学の頃から俺ら置いて我が道行くって感じだったし涼介ももう妹離れして大丈夫じゃね?」
「そうだな。旭、さんきゅー」
「へー。今聞いた限りだとお前ら全員オナ中だったのか。全然知らんかったわ」
「はは。兼平もそういうめんどくさい人間関係とかどうでもいいって感じで我が道突き進んでてスゲーな。学校の大半が俺らの関係知ってるぜー。だから神崎はモテるけど普通は涼介に遠慮して攻めないからなー」
「そうだったのかよ…。俺、知らんうちに大村のお兄ちゃんバリア突破してたんか。まぁでも噂にもなってる通り、俺らは別に本物のカップルじゃないからなー」
「兼平、別に俺はお前と小梢ちゃんは全然良いって思ってるよ。傍から見てもお互い自然で凄いお似合いに見えた。小梢ちゃんがあそこまで他人に懐くのを見たことなかったからビックリはしたけどな」
「そうか?あいつは結構誰にでもああだろ。それにこっちはアイツに懐かれて大変なんだけども。
まぁ仮とはいえせっかくの初彼女だからちゃんと好きになって彼氏らしい振る舞いしてこっちも精一杯楽しもうって今は思ってるけどな」
小梢はそもそも自由な奴だが、あのあざとさも全て計算づくで狙ってやってることは部活でずっと一緒にいた俺は良く知ってる。普段、俺や崇といった部活のメンバーには低い声で「おい、邪魔」とか超雑に扱うくせに、何か困ったことがあると甘ったるい声で「せーんぱい♥」とか言って甘えてきてこちらの庇護欲を全力で刺激してくる危険な奴なんだ。
だからこそ俺はあれが完全に演技だとわかってるから乗りやすい。それになんだかんだで可愛い女の子に甘えられるのは楽しいというのもある。
「なるほどなー。それが兼平のこの制度に対するスタンスってわけか。何にでも全力で楽しめるところを探せるのはさすがだな。
それより俺らの方ってか由依なんか結構やべーぜ。俺以外と一緒にいるとか無理とか言ってるし、俺も由依以外はなぁ…」
「お前ら長いもんな。本気で付き合ってるところだとこの制度じゃそうなるのか。どうするんだ?」
「一回形式的にだけでも別れるか検討中って感じ。スマホとかじゃ連絡とれなくなるけど、学校とかでは別に会えないわけじゃないじゃん」
「ああ、確かにそうだな。てかそうじゃないか!なんでみんなそうしないんだ?告白フェスタの連中はまだ別れるのはペナルティ対象だけど、お前らみたいにそれ以前からのカップルはなんの問題ないだろ?」
「…兼平、知らなかったのか。元々のカップルも告白フェスタでカップル再成立させられたんだ。そうしないと横取り可能なシステムだったからな。
それにシステム上別れるためには最低1週間は恋人でいなきゃならないし、2週間目以降に別れられるようになってもお互いに入れ合った評価を0に変更しないといけないんだ。だから結局ペナルティ受けることになるんだよ。
それに恋人がいない場合は放課後に異性と遊びに出掛けるには門限も設定されて厳しく管理される」
「えっ?大村それマジ?全然聞いてなかったんだが。てか俺、小梢と結構前から寮でダラダラやってたんだが門限なんか全然なかったぞ」
つーか、小梢のやつ、何がリスクなしだよ。完全に地雷原じゃねーか。1週間条件のせいで交換された恋人とは別れられねーから俺だけ制度から抜けるってこともできない。かといって小梢は大事な後輩だし2人でペナルティ喰らうのもな…。
てことは俺、もう小梢と別れられねーし、他の女子とも遊びにいけねーじゃねーか。
あれ、どっちも俺には特に問題なかった件(泣)
「はは。相変わらずだな、兼平は。ちゃんと説明はあったし、詳細な解説書も配布されてるよ。あれか?「ゲームは解説書は読まねーでやった方が気づきがあって面白い」ってやつか」
「おっ、良く知ってるな」
「まぁ、百々奈がいつも兼平の話してるからな。その分じゃ、告白フェスタにしても恋人交換制度にしてもほとんど知らなさそうだな。とりあえず結構制限があって、制限にかかりそうになると支給されたスマホが警報を鳴らすからすぐにわかるさ。で、門限だけど…」
「寮は門限の対象外なんだよ。てか、兼平、お前今まで大丈夫だったってスゲーな。寮だとすげー監視入ってんじゃん。
不純異性交遊は禁止だから付き合ってもない場合はキスとかすると停学したり、最悪退学なんだぞ。付き合ってても許されてるのはキスまでだし。
普通可愛い女の子と一緒の部屋にいたら色々したくなるじゃん。寮にいるのが一番拷問なんだよ。どうやったらそれで大丈夫なんだよ」
「いや、ただゲームしてアニメみるだけかな。てか俺はそれしかできないし、誰と付き合うことになっても同じだと思う。幸い弾はいくらでもあるからな。どんな奴でも1週間だろうが1か月だろうが余裕で楽しませる自信はあるぞ」
「ぷっ!マジかよすげーな!兼平!それ誰に対してもできたらある意味この制度で最強だろ」
「最強?俺が?んなわけないだろ…」
「はぁ…本人は完全無意識か…。まぁ来週になればわかるさ。ずっと一緒にいても飽きない、楽しませてくれる相手ってのがスゲーってこと。んでもってそれができない俺らがこうして4人でつるんでる理由がな。必ず毎日8時までっていうのは普通は想像以上にキツいんだよ。
お前みたいなのがいるってわかれば由依も少しは気が楽に…あっ良いこと思い付いたぜ!」
滝川が妙案を思いついたといった顔をしてニヤ付いているけれど、正直傍から見ているとそのニヤけ具合からしてロクなアイデアじゃなさそうだった。
けれど俺はそれよりもさっきから全然話題に出ないもう一人の方が気になっていた。
「それより水無瀬の方こそ大丈夫なのか?」
「百々奈か。百々奈は大丈夫だよ。彼女は努力家だからね。ちょっと臆病なところもあるけどやりたいことのためなら凄いんだ」
「??
そうなのか?」
「彼女は凄い人だよ。でもそれはきっとそういうことなんだろうな。
…兼平、俺はお前も凄いと思ってるよ。1学期も成績トップだったじゃないか。それに先生たちも間違いなく帝都大学の文一に受かるって今から言ってる」
「勉強は得意だからな。小学生のときクイズゲームで負けたくないって思うようになってからさらに必死になってやるようになったし」
「ゲームで強くなるために勉強にも楽しく取り組めるのは兼平くらいだろ」
「ふーん、そんなもんかねー」
「おい、それより結構時間経っちまったぞ!
由依たち待ってるよ。早く持っていこーぜ」
・・・・・・・・・・・
俺らが彼女の分も含めてドリンクを持って急いで戻ると女子3人はなんだかただならぬ空気が漂っていた。
こ、こいつら何かあったのか?
特に水無瀬と小梢の間の雰囲気がヤバい。それを寺本がなだめてる感じだ。ケンカでもしたんだろうか?
俺らの帰りにいち早く気づいた寺本と小梢が立ち上がって駆け寄ってきた。
「旭たち遅いよー!さっ早く!」
「せんぱいも遅いですよ!可愛い彼女が待ってるんですからねっ!50フレーム以内にしてください!」
50フレーム以内って秒速超えてるぞ。人間業じゃねーだろ。
って、おい、寺本に小梢、お前らなに立ち上がってんだよ。
お前らが立ち上がるってことはまた同じポジションになるじゃねーか。
まぁもういいや。気にするのはやめて歌でも歌って発散するしかないな。俺は持ってきたカルピスを一口飲んでからリモコンをとろうとしたところでいよいよ女子の誰かが入れた歌がはじまるようだ。
画面にタイトルと歌詞が表示されて小梢が俺にマイクをパスしてくる。
表示された歌詞を見るに曲の入りは「ユ~ビ~サ~キ~」だ。
って、おい、これ、俺がカラオケで必ず歌うゆかりんソングの1つじゃねーか。マジかよ!テンション上がってきた!
「さ、せんぱい♥一緒に歌いましょ♪」
小梢の奴、こんなアウェーな空間でのっけから飛ばしてくるな。小梢の歌いだしはギャラリーがいるせいなのかいつもよりもあざとさマシマシのきゃるるんって感じで歌っていて超絶可愛い。小梢のあざといverの声は基本的にそんな感じで甘ったるいからゆかりんの歌が結構合う。俺の彼女、宇宙一可愛いな。
よっしゃいくぞー!
俺たちはリア充たちに囲まれながらもそんなことは一切気にせず、引かぬ、媚びぬ、省みぬの精神で周りの空気も読まずに時にはコール、オタ芸にシフトしたりしつつめちゃくちゃ楽しみにながらデュエットした。
くぅー!気持ちいい!
「か、兼平と神崎ちゃんってホントに自由だね。なんか見てたら制度で落ち込んでたのがバカみたいに思えてきたよ。歌ってる神崎ちゃん可愛くて頬ずりしたくなっちゃった!私も好きに歌っちゃお!」
「ありがとうございます!先輩も好きにやっちゃってください!」
小梢は寺本の褒め言葉にVサインで答えながら目の前に置かれたカルピスに口を付けた。
おい、小梢。それ俺のなんだが。お前にはメロンソーダもってきてやっただろ。なに俺のカルピスをナチュラルに飲んでんだよ。しかもストローだから色々ダイレクトなんだが。
小梢のそれがわざとなのか無意識なのかどちらなのかと動揺していると、どうやら水無瀬の入れたっぽい曲がかかった。水無瀬は小梢の前に置かれたマイクを手に取ってイントロがかかると一気にそれどころではなくなった。
えっ…マジで?
水無瀬が入れた曲は水木那奈の深憂。アニソンじゃねーか。
まぁ水木那奈は紅白にも出たような声優だし、曲もアニソンとはわからない奴だから別に普通のリア充が歌っても変ではないんだが、あの水無瀬が!?
水無瀬の本気の水木那奈…てか、普通にうまくてヤバい。水木那奈とは声質は違うけれど鳥肌モノだった。水無瀬って歌ウマかったんだな。カッコいい。
俺が水無瀬の歌声に聞き惚れていると曲は間奏に入った。
水無瀬はふぅと息を整えながら席に座ると目の前にあったカルピスをナチュラルに飲む。
そして再びカルピスは(俺の)目の前に置かれる。
おい…。
どうなってんだよこれ。
水無瀬の目の前にはもちろん大村が持ってきたオレンジジュースが置かれている。
そういえば昔はよくカルピスとメロンソーダとオレンジジュース3つ混ぜて飲んだなぁ…。
と、現実逃避しても俺の目の前に置かれたカルピスはオレンジジュースとかに変わってはくれないわけで。
しかも今の俺はさっき小梢と歌ったせいで喉が乾いている。
ええい、ままよ。そう思って飲むしかないと手に取ろうとしたら今度は小梢がそれをひったっくて飲み始めた。
「ぷはーうまい!やっぱりカルピスですよねー!ねっ、せんぱい!」
小梢はまたも俺の目の前にそれを置くとピトっと俺にくっついてきてウィンクする。こいつ絶対わざとだ。
俺が偶然超ラッキーにも水無瀬と間接キスできちゃう今のシチュエーションを阻止しようとわざとやってやがる。小梢はウィンクしながらもその目は「おめー、なに可愛い彼女の目の前で他の女と間接キスしようとしてんだコラ」といったことを訴えかけている。
俺が小梢の無言の圧力に怯んでいると今度は水無瀬が「確かに神崎さんの言う通りかもね」とか言いながら俺のカルピスを飲み始めた。
おい、水無瀬?お前も何してんの?
目の前にはちょうどあと一口、二口といったくらいに調整されて残されたカルピスが置かれて水無瀬は歌の続きに入った。
えっと、どういうこと?水無瀬も偶然ではなかったのか?とはいえ据え膳食わぬは…とも言うし、ということで俺が再びコップに手を伸ばそうとすると小梢がストローも使わずガッと全部飲み干して「あっー美味しかった」とおっさんみたいなことを言い出す。なにこれ?
結局カルピスは俺が再び飲む前になくなった。
空っぽのコップを見ながらフリーズすること数十秒。
「あっ兼平くん、ごめんね。私の飲んでいいよ」
歌い終わった水無瀬が今度は自分の飲み途中のオレンジジュースをパスしてきた。
「せんぱい、私のあげます♪水無瀬先輩はとっても喉が渇いてるみたいだし、自分でも飲みたいでしょうし」
小梢も俺の目の前にドンッとメロンソーダを置く。
こ、こいつらなに俺を真ん中にして修羅場ってるの?
俺らが飲み物取ってきてる間に一体何があったし…。
カラオケで周りに音が反響してるのも合って2人とも俺に身体を寄せて耳元で話してくる。そのせいで物凄くくすぐったいし、スキンシップが激しい。
そんな傍ら滝川と寺本は楽しそうにデュエットを開始して、大村は2人の歌に拍手を送って我関せずモード。お前の彼女と幼馴染だろ、大村、なんとかしろよおい。
水無瀬と小梢の謎の対抗意識は俺が小梢のメロンソーダを飲んだことで小梢に軍配が上がって、水無瀬は小梢を睨み付けつつも、俺に対しても若干その余波のような冷たい視線を飛ばしてきていた。
この視線、どっかでみたことあるような…。というか俺の好きな「ぼくいも」の綾香が主人公に対してこんな感じの視線をぶつけてきていたような…。
そしてこっちが修羅場ってる間、リア充サイドでは寺本と滝川のデュエットの後に大村が王道のミスチルを嫌味もなくカッコよく歌っていた。
マジでカオスすぎるだろこの空間!
・・・・・・・・・・・・
大村が歌い終わったところで、一巡したのもあっていったん夕食を頼もうということになった。
ここはレストランカラオケを名乗るだけあってメニューは超豊富だし、どれもうまそうだ。
そんな中、滝川は必死でジンギスカンの注文を通そうと寺本を説得しながらイチャイチャしている。
俺はどうしようかな。これまで小梢とか部活仲間で来るときはカラオケで食事することはあんまなかった。
というか俺らはガチ勢でもあったから夕飯は寮の食事でパパッと済ませてすぐに寮の部屋でゲームやアニメ視聴再開という流れが圧倒的に多かった。なんだかんだで寮で出るご飯も美味いからな。
そうか、これがリア充の過ごし方なのか。マジ勉強になるわー。
俺は単純だけどラーメンとかで良いかな。そう思っていると…
「せんぱい、2人でこの特大オムライスにしませんか?私があーんってしてあげますよ♪」
「兼平くん、私とパスタ一緒に頼んで半分こしない?私一人じゃ一人前食べられないから…。
涼介くんもあんまり食べないし」
またしてもこの2人の間で謎の対抗意識が発生していた。
お前ら2人は俺のモノから取っていかないといけない縛りプレーでもやってんのかよ!
どうするよこの選択肢…。セーブできないのか?そんなことを悩んでいたら、助け舟(?)という名の泥船を滝川が出してくる。
「ああ、そうだ!ちょうど区切りも良いしここで席替えしない?
せっかくカップル3組集まったんだしさ、来週の予行演習も兼ねてカップル同士でシャッフルしてみようぜ!」
滝川の奴、なんという泥船をっ!
しかもそれ、絶対お前がジンギスカン食べたいがためだけの提案だろ!
「あっ、それいいねー!このメンバーなら安心だし私もやってみたーい!」
水無瀬!?お前なに賛同してんだよ…。しかも水無瀬が賛同したせいで大村も寺本も仕方ないなという顔をしている。もはや拒否権は俺らには残っていなかった。
結局反対0。俺らはゲームでチーム分けするために俺が作ったアプリを使って組み換えをすることになった。
元の恋人とは組まないから当たるのは水無瀬か寺本のどっちかだ。てか水無瀬の当選確率が50%とかこの交換制度の相手、レベル高すぎだろ。
寺本にしても普通に元気で可愛いギャルって感じだし、今この空間には良く考えると女子はSレア以上しかいない。それどころか滝川に限っていえば、水無瀬か小梢の2択という学園のヒロイン、SSレア確定ガチャチケットじゃねーか。ズルいぞ!
俺は若干緊張しながらもこれはこれで一応はさっきまでの謎修羅場から脱出できる上、来週の予行演習というのがちょっと気になっていたのもあったから神に祈りつつも楽しみながらクリックを押した。
さぁ誰だ!!?
・・・・・・・・・・・・・・
「まさか、兼平になるとはねー。ちょっとだけだけどよろしくねー!」
俺のアプリに表示された相手は意外にも寺本だった。意外も何も50%だが。
「なに?兼平、その不満そうな顔。ももじゃなくて残念だった?
くすくす。兼平ってばくじ運ないねー」
「うっせー。これは安心してる顔だよ!むしろ一番の大当たりだよ!」
俺が寺本を引いた場合の組み合わせは一通りしかない。
大村は小梢と、滝川は水無瀬とペアになった。
滝川はここぞとばかりに喜んでジンギスカンを頼もうとしていたけれど、寺本の親友である水無瀬が寺本が嫌だといったものを許すはずもなく提案は却下されて落ち込んでいた。ざまーないな、滝川!
一方、小梢と大村はなんだか不思議な雰囲気になっていた。小梢の目は久々に実家に帰ってきた兄を見るような目になっている。大丈夫か、あの2人…。
一体これからどうなるんだろうか。