第39話 ヲ部屋
年度末多忙により全然更新できない状態です。しばらくお待ち下さい。
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うちの学校にはランチをとれる場所が結構ある。
食堂は全校生徒の半分くらいの大人数が入れるほどに広いし、購買の隣には購買で買ったものを食べるスペースとしてカフェテリアがある。
お弁当とかを持参しているなら教室はもちろんのこと、部室棟にもエントランスは机とイスが並んでいるミーティングスペースがあるし、部室内でとることもできる。
そんな中、靴を上履きから外履きに履き替えてまで中庭にわざわざ出てくる奴は元々そんなにいない。
ここにくるのはよほどのリア充か俺のようにあまり目立ちたくない勢くらいだろう。
そんなことを考えていると、ちょうどそういった前者の部類に入りそうな男が見えた。
あれはこの学校一のイケメンと名高いリア充大村だ。しかもあんな外見で性格まで善しという完璧で文句の付けどころのない男。
そんな男が一人で中庭で食事をとるはずもなく、周りには取り巻きがいる。
てっきりいつも通り女子に囲まれてると思いきや意外にも男も混ざっていて男女2:2の4人組だ。男の方は知らない奴だ。女子の方は一人は俺のクラスメイトの春木だが、もう一人は知らないな。春木のことも名前を知ってるだけで今まで全く話したことがない。
メンバーの中に大村の本恋人である水無瀬の姿は当然ない。水無瀬はさっき小坂と待ち合わせしていたのを見たし、今頃小坂と食事中(特訓中)のはずだ。
水無瀬は料理が得意で、アイツの作るお弁当は水無弁と呼ばれているほどこの学校じゃ有名だ。今頃小坂はそのレアな水無瀬のお手製の水無弁を食べてるところだろう。
俺も食べたことがないというのに何とも羨ましい奴だ。というかよく見たら大村がもってるお弁当もいつも水無瀬が持ってるお弁当袋だから水無瀬は律儀にも大村の分も作っていたようだ。水無瀬は水無瀬でホントに色々な意味でパーフェクトな本恋人だな。あいつらマジでお似合いすぎる。
ちなみに水無瀬は作り過ぎたとか言って上條とかクラスメイトの男子にまでお弁当を配ることがあったが、何故か俺は一度も貰ったことがない。更に言うならバレンタインも同じく水無瀬はほとんどのクラスメイトに義理チョコを配っていたのに俺は義理チョコすら貰えなかった。いや、まあ俺が他の連中のように水無瀬にねだりにいったりしなかったからというのがその理由だろうけど、水無瀬の方も何故かそういう日には急にこっちに目を合わせてくれなくなったり、俺の方に向かってきたかと思いきや手前で左折して他の奴に渡したりとなんとなく避けられてる感もあったりしてタイミングを逃してしまっていた。まったく、お弁当はおろかギリチョコすら貰えないモブ友人の俺がこんなんで本当に水無瀬の親友を名乗っていいのか若干心配になってくるな…。
それはともかく、俺は大村たちの様子を見てあることに気が付いた。
なるほどな…。
あれが大村のやり方というわけか。
大村は以前からもそうだったが、女子と2人っきりになっているところを見たことがない。水無瀬という恋人ができてからもアイツは寺本たちとか他のカップルとつるんでいて常に多人数で行動していた。
大村はああすることでうまく関係を保っているのだろう。アイツは本当に人間関係を作るのがうまい。なんたって俺のような底辺の人間とも普通に仲良くなれるような奴だ。そんなアイツが交換恋人制度でどう振る舞うのか気になっていたが、アイツはアイツにしかできない方法で攻略しようというつもりらしい。
大村の方法は至極単純で、交換恋人のカップルごと引き受けるという手法だ。
大村はこの交換制度で自分がどういう扱いを受けているのかを良く知っているのだろう。大村との交換を望んでいる女子は多い。そんな中、彼氏側からしたら、もし自分の彼女の交換相手が大村だとしたら気が気じゃなくなる。俺だって仮交換だったが、予行演習で小梢が大村とカップルになってなんだかモヤモヤしたのを覚えている。
そこで大村はそのカップルごと自分の集団に入れることで制度をなかったことにしたというわけだ。交換恋人のカップルごとご機嫌を取りつつ、周囲からのヘイトまで軽減するとはな。
一見簡単そうに見えるが、黙っててもモテるという大村からしたら交換恋人の好感度を上げないようにすることは簡単なことじゃない。あんな芸当ができるのは大村くらいだろう。すごいな。…若干マッチポンプなところ(モテる大村だからこその悩み)も含めて。
今、大村が話し相手をしてるのは俺のクラスの春木だ。確か春木は大村の交換恋人じゃないはず。それに春木の交換恋人が大村だったら俺の交換恋人の相手がふうちゃんで騒がれたように春木もクラスでもっと騒がれていたはずだ。春木はもう一人の男の方の交換相手なんだろう。その肝心なもう一人の男の方はもう一人の女子と楽しそうにランチをしているから間違いない。
あれはあれでなかなかの攻略法だが、アイツはあの方法の欠点も気づいているのだろうか?まぁ大村なら当然わかっているだろうし、それも込みでなんとかしそうだな。
俺がじっと見ていたせいで向こうも俺に気が付いたらしく、大村は軽く苦笑いして俺に合図を送ってきた。口の開き方からして「お互い頑張ろう」といったことを伝えている。あの大変な状況でこっちにまで気を回すとはつくづく流石としか言いようがない奴だ。だが、こんなアイコンタクトをしてることが他の連中にバレたらまるで俺が大村とできてるかのようにも思われてしまう。それはさすがにマズイ。俺は慌てて大村の方から意識をそらした。
「・・・・・・・っ!」
「ん?」
俺が意識を自分の方へと戻すと身体を激しく揺さぶられていた。
隣を向いてみるとふうちゃんが俺の身体を揺さぶっていたようだ。
「あっくんっ!あっくんっ!!」
「ふうちゃん、どした?」
「もー!どした?じゃないよ!
さっきから呼んでるのにぼーっとしちゃって、あっくんこそどうしちゃったのよ?」
「ご、ごめん、なんか良く分からないけどにわかに信じがたいことを言われた気がして、これは夢かと思って意識が遠くにいっちゃってたみたいだわ。
美味しいご飯で夢見心地になっちゃったらしい。ごめんごめん。
それでなんの話だっけ?」
「もうっ!そこからなの?今日、あっくんのお部屋に行ってもいい?って話をしてたの!」
「おおぅ、それ夢じゃなかったのか…」
「はい?」
いかん、さっきのあれはてっきり夢かと思ってたら思いっきり現実だった。
どうやら俺はふうちゃんの提案に頭がショートして、フリーズして別の所に意識がいっていたらしい。
いかんいかんと思ったものの、再びその事実が現実だったと把握して頭が熱くなってきた。
そりゃそうだ。あのふうちゃんが自分の部屋に来るんだぞ。
しかも、ふうちゃんはお部屋で二人っきりでいちゃいちゃしたいらしい。
なんだその殺人的提案は…。おのれふうちゃん、俺を悶絶死させる気か。
俺は再び意識が遠退きそうになりながら、一方であることが頭にチラついてくる。
(どうしよう。あの部屋はマズい…)
普通は女の子が部屋に遊びにくるとかってことになればただただ期待で喜んで胸躍るのかもしれないけれど、俺はそれとは別の意味でも戦慄していた。
俺の部屋は下校時間が過ぎた後の第2の部室としても使用されてるわけで、つまりは超ド級のヲタク部屋、略してヲ部屋だ。
主にゆかりんが出演した作品関係のグッズとかゆかりんそのもののグッズとなが所狭しと飾り付けてある。一例をあげれば壁にはゆかりんのポスターだらけ。ベッドにはアニメキャラ(裏面はほぼ裸の女の子)の抱き枕が2つもある。一番ヤバいグッズとしてはおっぱいの部分がちょっと膨らんだキャラプリントの立体クッションまであったりする。要するにとても女の子をあげられるような部屋じゃないわけだ。
若干1名、あの部屋を第2の自分の部屋として使ってる特殊な女子もいるにはいるが、奴は俺と一緒になってあの部屋のヲ部屋化を深刻化させた共犯者でもあるからノーカウントだ。しかも奴は俺のおっぱいクッションも進んで持ち主に無許可で勝手におっぱいを揉むヘンタイでもあるし、抱き枕も抱き着いたり尻に敷いたりと俺以上に好き勝手使っているとんでもない奴でもある。あんな例外中の例外を除けば普通の女子は10人中10人が引くだろう。
あの部屋をみられたらふうちゃんといえど軽蔑されること間違いなしだ。とても見せられない。いや、むしろこれがどうでも良い女子だったらそれも全然構わないんだが、第二の家族ともいえるようなふうちゃんだからこそ恥ずかしいというか、見られたくないのかもしれない。
さてどうしたものか…。
「お、俺の部屋って、あの部屋だよな?」
「うん!」
「まじか…」
「ダメ?」
くっ。遠回しに諦めさせようと思っていたんだが、ふうちゃんの「ダメ?」というおねだりの前に増々断り難くなってきた。俺は昔からこのおねだりに特に弱い。
「ダメではないけど、ごちゃごちゃしてるよ?」
「それが良いんじゃない。マンガとかたくさんあるんでしょ?」
「そ、そりゃね」
「じゃあ行きたい!私、ヲタクなの隠してたから部屋にマンガとかほとんどないし、アニメもネットの無料配信みるだけだったからあっくんの部屋が気になってたんだ!」
「そ、そっか」
ふうちゃんは目をキラキラさせていてさらにNOとは言えない雰囲気になってきた。
くっ…あそこにはマンガだけじゃなくヤバいものもたくさんあるんだが、急いで押し入れの中に突っ込んで何とかするしかないか?いや、押し入れも既にゆかりんグッズとかでいっぱいなわけで…。
「ダメ?」
「ぐっ…」
ダメ押しのダメを喰らってもう俺はノックアウト寸前になっていた。
いかん…もう諦めるしかない。とりあえず抱き枕やおっぱい付きクッションといったヤバいグッズは急いで布団の中に隠してしまえばいいだろう。
それにふうちゃんは隠れヲタクだし、あの部屋を見てもまだショックは小さい方じゃないだろうか。
むむむと俺が渋っているとふうちゃんはさらに追い打ちをかけてきた。
「それにあっくんの部屋、ゆかりんのグッズとかあるんでしょ?私、見てみたいなぁ」
!?
なん…だと?
ふうちゃんの発言は俺も予想していなかったものだった。
「ふ、ふうちゃん、ゆかりん好きなの?」
「うん!だって一番最初に実物で見た声優さんだし」
「なにーー!!
そっか、そっか…。そっかーー!!」
ふうちゃんはゆかりんが好き。これは物凄い朗報だぞ。
そういうことなら話は全然違う。もしかするとこれは小梢にすら「ゆかりんゆかりんしててキモいです」と蔑まれた俺の秘蔵のコレクションを他人に見せるチャンスなのではないだろうか。
ヲタクという人種は自分の部屋を一般人にはみてもらいたくないのだが、自分の趣味が分かる相手には見せびらかしたくて仕方なかったりするめんどくさい人種だ。かくいう俺もそのタイプ。
俺の部屋のゆかりんコーナーはこれは男の部屋なのかと思わせるほどにピンクでキュートな仕様となっている。俺と同じく王国民な同志ができたらぜひとも見せてやろうと懲りにこった展示コーナー。中にはちょっとえっちなフィギュアもあって、女の子に見せるのはさすがにと思っているものもあるのだが、ふうちゃんがそれをお望みとあらば(※そこまで望んでない)話は別だ。
「ふふふふふふ」
「ど、どうしたの、あっくん」
「いや、楽しみになってきたなぁって思って!
そういうことなら俺の秘蔵のコレクションを思う存分紹介してあげようじゃないか!」
「あ、うん…」
ふうちゃんは俺の急な態度の変化に結局若干引き気味になっていたけれど、同志を見つけた俺は自分の自慢のコレクションをどうやってみせてやろうか楽しみになっていた。
そしてそのせいでこのときの俺は、あの部屋には別の意味でヤバいモノ(小梢とお揃いのマグカップ等々)が点在している、ある意味地雷原であることに気づくことがなかった。




