第38話 思い出のたい焼き
お昼会なのでお昼にアップします。
たい焼きの糖度にご注意ください。
「さて、いよいよコイツも食べるか」
俺はこのお弁当のメイン(?)であるたい焼きを箸でつまむ。
ふむ。食べてみたが、別段変わったところはない購買で売っているつぶあんのたい焼きだ。
普通に美味い。購買のたい焼きを食べるのは最初にお試しで食べてみた以来だから2回目だったけれど、結構しっかり作られていて、もちもちした薄皮に中はあんこたっぷりだ。
ふりかけご飯で塩分を補給したあとだと甘いたい焼きというのはあり得ない組合せではないのかもしれない。意外と悪くないな。
俺はぺろりとたい焼きを食べ終わると大分満腹になってきた。ごはんも美味しくていつの間にか結構食べていたらしくお弁当は残りわずかだ。ごはんだけじゃ物足りなかったところだったけど、たい焼きのパンチ力で一気にお腹の満足度もあがった。さっきまでは毎日これはさすがにと思っていたけれど、食べ終わってみると案外毎日これだけというのもアリなのかもしれないという気持ちになってくる。そもそもお昼なんて毎日同じ具のおにぎりでも良いくらいだし。
俺の場合、家は貧乏ではないけれど家からの仕送りの額は高校生として至って普通の水準の額だし、自分で稼いだ分も加わるものの、その反面、ヲタクゲーマーとしての活動費がどうしても高額になるせいで基本的に色々節約しながらやりくりしている。アーケードゲームもネカフェ型フリープレーのゲーセンを使って節約するほどだし、昼飯代なんかは安く済ませようと一時は学食で150円の大盛ライス単品を頼んで備え付けのふりかけだけで過ごすときもあれば、新作ゲーム稼働とゆかりんのツアーが重なったときなんかは出費がキツ過ぎて、朝、寮の食堂でタダでおにぎり作ってそれで我慢することもあったからこれはこれでそんなときと比べたらたい焼きがプラスされる分ごちそうに入る部類なのかもしれない。
それにしても隣のふうちゃんはさっきからたい焼きをはむはむとおいしそうに食べている。
その様子があまりにも可愛いから俺は箸を止めてつい頭を撫でてしまった。
昔、ふうちゃんと遊んでいたとき、よく妹と同じように可愛いなと思うたびにその頭を撫でていたからどうやらその癖が未だに残っているらしい。
相変わらずふうちゃんの頭はさらさらのもふもふで撫でてるこっちが病みつきになりそうなくらいに気持ちがいい。それに凄く甘い香りもする。
「ふえ?」
「よしよし」
「あ、あっくん、ど、どしたの?」
ふうちゃんは俺に撫でられてることにすぐに気が付いて抵抗はしないものの慌てはじめた。そんな様子すらも可愛い。
「なんか懐かしいなって思って。だめか?」
「んーん。嬉しいよ。
もっとしてほしいな」
「そっか、ほらよしよし」
「きゃん♪優しくしてね!」
事後承諾ながらふうちゃんの了解も得られたので俺はさらにふうちゃんの頭をナデナデした。
撫でられたふうちゃんは本当に嬉しそうで、俺の方にちょこんと寄ってぴとっとくっついて、「もっとなでて♪」と言わんばかりに頭を差し出してくる。やっぱ可愛いな。
「それにしてもふうちゃんってそんなにたい焼き好きなの?」
俺は撫でられながらもはむはむとおいしそうにたい焼きを食べるふうちゃんを眺めながら尋ねた。
「うん、好きよ♥」
そう言ってぱぁっと眩しい笑顔を向けるふうちゃん。
ぬぅおおおお。やっべ、すっげーかわいい。なんだこの破壊力は。
俺はふうちゃんに悶絶しそうになって地面に頭を打ち付けたくなるのを必死でこらえる。
「す、すまん、良く聞こえなかった。もう一回言って?」
「?
たい焼き、好きよ♥」
い、いかん。ダメだこれ。脳が溶けそうになる破壊力があるな。もう一回言ってもらえば慣れるかと思ったが、1回では全然だった。
なんなんだこの天使は。俺はよしよしする手を早めながらもう一度お願いした。
「も、もう一回頼む」
「むぅ。あっくん、聞こえてるのにわざとでしょ。
もうだーめ!」
ちぇ、さすがに3回はダメらしい。
そう思っているとたい焼きを食べ終わったふうちゃんは俺の肩にぽすんとその小さい頭を倒してくる。
変なことを言わされてることに気がついて恥ずかしくなったのか長い髪の間から見える耳は真っ赤になっている。
それを見た俺が思わずよしよししていた手を止めると、ふうちゃんはその手を両手できゅっと握り込んで俺の手をさわさわいじりながらつぶやく。
「だって、あっくんとの思い出の味なんだもん。大好きに決まってるよ。
昔も好きだったけど今はもっと好きなの」
「そっか」
ふうちゃんの言葉に胸がいっぱいになってくる。あのときのその場しのぎだったあれが後のふうちゃんをここまで変えることになるなんて思ってもみなかったな。
「ねえ、私と最初にたい焼き食べたときのこと、覚えてる?」
「もちろん」
あれはふうちゃんと出会ってまだ日が浅い頃だった。
俺達は中野のヲタダラケの立ち読みコーナーで一緒に仲良くマンガを読んでいた。
**********
「ふうちゃん何読んでるの?」
「ZOZOの5部だよー!ここに出てくるプロシュートアニキがとってもカッコイイの!」
「相変わらず変わったのから攻めてくね。俺もアニキ好きだけどね。
『絶対ヤッてやる!とかそんな意気込みは負け犬の遠吠えだ。ヤッた!なら言って良い』ってセリフが凄い好き。結果を出した人だけが誇れるんだって俺もそう思うから」
「だよねだよね!私もしゅきー!かっこいいのぉ!
(きゅるきゅるきゅる…)
あっ…」
「あっ…」
「あうぅ…今の聞こえた?」
「う、うん。
ごめん。時間忘れて読んでたからもうこんな時間だもんね。お腹空いちゃうよね。
なんか食べにいこ?」
「うぅぅ…。恥ずかしいよぉ…。でもこんな時間に食べたら夕ごはん食べれなくなっちゃう。
お兄ちゃんに怒られちゃうよぉ…」
「そっか。確かに今がっつり食べたら晩ごはん食べられないもんね。そうだ、それなら!
良いところがあるんだ」
「えっ?どうしたの?
きゃっ。もうあっくん、ごーいんなんだから♪」
「ごめん。良いこと思いついたからつい。はぐれないようにしっかり握っててね」
「うん♪」
・・・・・・
「すみませーん。たい焼き1個くださーい」
「たいやき?あっくん、たい焼きって何?」
「ふうちゃんもしかしてたい焼き知らない?」
「(ふるふるふる)」
「そっか。ならちょうど良かった。
ここのたい焼きとっても美味しいんだよ!」
「ぼっちゃん嬉しいこと言ってくれるね。
はいどうぞ。2人とも熱いから気を付けて食べるんだよ」
「はーい。ありがとうございます!
ふうちゃん、出来たみたいだよ!さっそく食べよう!」
「なにこれ?おさかな?」
「そう、甘いおさかなだよ。かわいいでしょ?」
「うん。すごい!かわいい!」
「これをね、頭からがぶりっていくんだよ。1人1個じゃ多いけど、2人で1個なら夕ご飯前の腹ごしらえにちょうどいいと思うし!ほら、食べてみて」
はじめてたい焼きを見たふうちゃんはまるで宝物でも見つけたかのように目をキラキラさせておもいっきりかぶりつく。
「うぐぅ。あちゅいよぉ」
「プッ。さっきおばちゃんが熱いから気を付けてって言ってたじゃん。
もう慌てんぼうなんだから。
そんなにいきなりがぶりといかないでゆっくりちょこちょこ食べてみ?」
「うん。はむはむっ!
あっ!」
「ね、おいしいでしょ?」
「うん♪あつあつでおいしー♪
あっくん、おいしいよ!ありがと♥」
「へへ。どういたしまして。
俺はしっぽのところが好きだからそっちを残しておいてね」
「だーめ!こっちあんこ入ってないじゃん。
もう、あっくんってばすぐそういうこと言うんだから。
ね、一緒に食べよ♪はい、あーん」
「…ちぇ。ばれたか。あーん。
ん!うまい!」
「おいしいね!」
「うん」
**********
「懐かしいなぁ。
あのときはふうちゃん腹ペコだったもんね」
「もぉ!そういう余計なことは思い出さないでっ!」
ふうちゃんは真っ赤になってぷんすか怒って俺の二の腕をぽかぽか叩いてくる。ふうちゃんはそういうところも含めて可愛いと思うけどな。ふうちゃんには熱烈なファンというより見守りたい的な親衛隊ができているのはそういうことなんだろう。
それにしてもふうちゃんの中であのときの俺がたまたま選択したたい焼きがそこまで大きな存在になっていたとは…。なんだかたい焼きに妬けてくるな。たい焼きだけに。
けれど、そういうことなら2人でちょっとやってみたいことができてきた。
俺はたいやきのエキスがしみ込んだ残りのご飯をかきこんでお弁当を完食した。
「ごちそうさま!凄く美味かった!」
「ふふ、おそまつさまでした」
「そうだ、ふうちゃん。今日は俺と一緒にたい焼き作ってみよっか?」
「えっ!?あっくん、たい焼き作れるの!?」
「うん。たいやき器があればね。
昨日一緒に行ったカンダムカフェのマチルダさんからおやきの作り方は教わったことがあるからあとは型枠付きの専用焼き器さえ手に入ればカンプラ焼きだろうとたい焼きだろうと作れると思う」
「す、すごーい!あっくんすごいよぉ!これってプロじゃないと作れないと思ってた!
一緒に作ってみたい!」
「大げさだなぁ。けど決まりだね。
たい焼きに限らずおやき系って自分で作るときは結構バリエーション豊かにできるんだよ。つぶあんだけじゃなく、定番のカスタードクリームとかはもちろん、もちチーズとかもできるし、中身なしの皮だけ作ってから半分に切ってサンドイッチとかハンバーガーにもできるし、皮の材料を変えればお好み焼きなんてバージョンも作れるしね。たい焼きづくしなお弁当も可能だよ」
「凄い!しゅごいよぉ!
たいやきづくし!!あっくん、すごーい!!」
「うわっ!」
俺の提案に大興奮といった様子のふうちゃんは俺にぎゅっと抱き着いてきた。
や、やばい。向こうは完全に無意識でじゃれてるだけなんだろうけれど、こんな可愛い子に抱き着かれるとさすがに俺の理性がもたなくなりそうだ。俺は慌ててふうちゃんの肩を抑えて押し戻す。
ふうちゃんも俺が押し戻したことでようやく興奮のあまり抱き着いてしまったことに気が付いたのか「あうぅ」と言って唸って恥ずかしがっている。
まったく、そうなるならやらなきゃいいのにこの幼馴染はちょっとぽんこつなところがあるから困りものだ。こっちの気も知らずに俺に対して無防備過ぎる。ふうちゃんの無邪気なソレは同年代の女性に対する免疫がほぼない俺にはあまりにも厳しい。即死魔法級の破壊力がある。
「えへへ、ちょっと興奮しすぎちゃったみたい。
ごめんね、あっくん」
「まったく、危うく死にかけたよ…」
「?」
「ごほん、それはともかく、今日の放課後は一緒にたいやき器とか具材買いに行こうね!」
「賛成ー!」
「その後だけど、ふうちゃんどっか行きたいとことかやりたいこと何かある?」
「んー。私、あっくんと一緒にいられたらどこでもって感じだよ。
一緒に行きたいところがないわけじゃないけど、買い物とかお料理するなら遠くにはいけないよね…。
あっ、そうだ!」
ふうちゃんは必死で考えているといった真剣な表情をした後、何か名案を思い付いたのか、ぱっと笑顔になる。そしてもう一度俺の肩にこてんと頭を倒してとんでもないことを言い出した。
「あっくん、私ね、あっくんのお部屋に行きたい。
お部屋で二人っきりでゆっくりしたいな♥」




