第37話 ふうちゃん特製お弁当
昼休みになるとすぐに教室のドアがガラッと開いて、俺の交換恋人のふうちゃんが入ってきた。
クラスメイトの男子たちは突然のふうちゃんの登場に息を飲んでいる。
うちのクラスは水無瀬がいるおかげで美女耐性はかなりあるはずなんだが、やっぱり生のふうちゃんには勝てないらしい。後ろの席の上條は水無瀬ではここまで固まらないというのに、無言でかちんこちんにフリーズしている。
上條よ、そんなんで本当に親衛隊になれるのか?
いや、連中はふうちゃんと同じ空気吸ってるだけで満足してそうだし、案外その点でも素質ありかもしれんな。
そんなことはつゆ知らずふうちゃんはまっすぐに俺のところにやってくる。まっすぐもクソも俺の席は扉から進んですぐ正面の一番前の席だからなんだが。
「あっくん、お昼一緒に食べましょ♪」
クラスの意識が一斉に俺たちに向けられている中、ふうちゃんの発言に教室がざわつく。
ふうちゃんがこんな風に単独行動していること自体、激レアな状況なんだろうし、そんなふうちゃんが俺のことをあだ名呼びしているからクラスメイトは「えっ?どういうこと?」といった顔をしている。
隣の席の浅野が豆鉄砲撃たれたような顔をしているから俺はわざとらしく咳ばらいをしてから「俺ら幼馴染なんだよ」と一言添えて席を立った。浅野に言っておけば勝手にクラス中に伝播するだろう。女子は噂好きだしな。
俺はふうちゃんに近寄って小声でひそひそと話しかけた。
「ふ、ふうちゃん!目立つからどこか別の場所で待ち合わせとかにした方が良いんじゃない?」
「そう?私は目立つとか気にしないけど…」
そう言われても俺は気にするんだよ。これだから日ごろから目立つ人は…。
色々やらかしてしばらくは大人しくしていようと思っていたところにただでさえ目立つ人の相手をするとなれば色々配慮しないといけなさそうだ。
「元々目立ってる人はそうだよね…。
ほら廊下見てみ?小坂が水無瀬と廊下で落ち合ってるじゃないか」
「うーん、なんかアレはアレで目立ってるし、どっちでも結局同じじゃない?
ま、いいわ!どこ行く?ここでもいいし、外とかでもいいよ!」
「じゃ、じゃあ中庭で…。ここはさすがに視線が厳しすぎる」
俺は真後ろの席の石像と化した上條を見ながらここでランチを取るのは色々な意味で危険すぎると察して、秋になって若干利用者が減りつつある中庭を推すことにした。
「そ、そう?私、教室で机をくっつけてとかやってみたかったんだけど、あっくんが嫌なら仕方ないわね。じゃあ中庭に行きましょ!」
「お、おう」
・・・・・・・・・・
俺達は自販機でお茶を買ってから中庭に出る。評価ポイントのおかげで自販機の飲み物はタダだ。評価ポイントの効能は改めてみても物凄い。学食なんかは平均10点の評価の人間は全メニュー食べ放題になっているし、購買でもほとんどの商品がタダで手に入る。けれども、
「そうだ、今日はふうちゃんお弁当作ってきてくれたんだよね!
すごく楽しみだよ」
そう、学食のどんなメニューも購買のパン類も彼女の手作り弁当には到底及ばない。こればっかりはポイントうんぬんで手に入るものじゃないからな。味とか以前に単純に嬉しい。
俺は楽しみ過ぎて開けるのも待ち切れず内容を聞き出す。
「そういえば、どんなお弁当なの?」
「…。
え、えっと…お、おさかな系かな?」
ふうちゃんは一瞬目を泳がせてから曖昧な回答をした。
えっ?何故に動揺する?そもそもおさかな系って何?
鮭弁とかならわかるけど、おさかな系弁当?
おいおい、なんだが怪しげな雰囲気になってきたぞ。
あれ?そもそも、ふうちゃんって昔聞いた話だと、お家に家政婦さんがいるから料理とかは全然じゃなかったっけ?
い、いや、引っ越したからもしかしたらそれから覚えたとかって可能性もないではない!きっとそうに違いない!
だけども、今は全寮制だから寮食堂で朝ご飯も夕ご飯も出てくるし基本料理する必要ないんだよな…。
あれ、おかしいぞ……嫌な予感がしかしない…。
「ふうちゃんって、今まではお昼ってどうしてたの?」
「今まで?今までは親衛隊の皆と学食だったよ!」
「ふ、ふーん。そっかぁ…。
ゆ、夕食は?」
「夕食も皆と寮食堂がほとんどだったかなぁ。みんなで一緒にってなるとなかなか難しくってね」
「な、なるほど…」
恐る恐る周辺事実から聞き出していってもふうちゃんが料理してそうな気配はない。むしろどんどんとヤバい方向で固まってきた。しびれを切らした俺はとうとう核心部分に踏み込むことにした。
「えっと、ふうちゃん、お弁当作ったことというか料理をしたことはあるの?」
「えっとね、お弁当は生まれてはじめてつくったんだぁ!
あっくんに私の初めて、プレゼントしちゃうよ、えへへ♥
あっ、でもね、料理はしたことあるのよ!家庭科の授業で何回もやったことあるの!」
「へ、へぇ…」
それ、俺もやったことあるし、みんなやったことあるよな。
「それでね、この前なんて班の皆に一番重要な主食の担当、お米炊く担当を任されちゃったんだから♪
すごいでしょ!」
ぱぁっとまぶしい笑顔を浮かべながらお米を炊いたことを自慢するふうちゃん。
「そっかぁー。そりゃすごいねー」
「でしょ!ってなんで棒読みなの?」
「い、いや凄すぎて頭がパンクしそうだっただけ…」
つい上の空で返事をしてしまったが状況は理解できた。おけおけ。ふうちゃんはお米しか炊けない。確かにお米は主食ではあるが、水ですすいでセットして炊飯器のボタン押すだけだよね…?
みんながおかずを作っている間にふうちゃんは必死でお米洗っていたり炊飯器の様子を見守っていたのだろうか…?
ヤバいな。これは想像以上にヤバそうだ。このランチ、俺は試されているといえるだろう。
どんなにゲロまず…じゃなく美味しくなかったとしても美味しく食べられるかという試練というわけだ。
俺らは中庭のベンチに座ると、さっそくふうちゃんがお弁当箱を渡してくる。
「はい、これあっくんの分!愛情たっぷり込めたのよ」
「あ、ありがと!」
ふうちゃんが両手で渡してきた物を片手で受け取ると重さでガクッと手首が下に落ちた。
やべー。コレ、かなり重量感あるぞ。
かなりズッシリきてやがる。これが愛の重さか…。
俺は緊張しながらお弁当のゴムを外す。
いよいよ問題のお弁当の中身とご対面だ。
さて、どんなものが飛び出してくるのか?
おさかな系とは一体何なのか?
俺は真っ黒に焦げた魚とかかつておさかなだったものと予想しているが、一体その正体やいかに!?
「へ…?」
蓋の隙間から見えてきたお弁当の中身は俺の予想を超えたものだった。
皆さんはおさかな弁当と聞いて何を想像するだろうか。
シャケ弁、アジフライ、しらす、ちりめんじゃこ…etc。色々あるが、これはそのどれでもなかった。
俺はこのお弁当がおさかな系だという意味を知った。
弁当箱に入っていたのは
①白米
②たい焼き
以上。
しかも②たい焼きは購買で売ってる市販品だ。
箱の中にたっぷり盛られた白米の上にダイレクトでたい焼きが置かれている。日の丸弁当のたい焼き版というすごくシュールな弁当だった。いや、ある意味おめでたいお弁当だった。
とりあえずマズいという線はなくなったのだけど、なんだこれ。一体何が主食なんだろうか?両方か?いや、ご飯が主食でたい焼きはデザートという線も……。
「えっと、これはどういうお弁当なの?」
「えへへ、私まだお米炊くことぐらいしかできないっていうのと、あっくんお米とたい焼き好きだから好きなものを詰め込んでみたの!どう!凄いでしょ?
けど、さすがにたい焼きはまだ作れないから買ってきたやつだけど、購買のも十分おいしいのよ!」
そう言って凄いでしょと連呼する天使に俺は何も突っ込めなかった。ああ、そうだね。日本人は大抵お米好きだよね。たい焼きもまぁ好きだね。けど、普通の人間は米だけ食べてるわけじゃないし、たい焼きのようなおやきはどこぞの猫型ロボットのようにそれだけを主食に生きてるわけじゃないからね。てか、これは俺のというよりふうちゃんの好物を詰め込んだって感じだよな。たい焼きとご飯ってどうやって食えと?
そう思いながらふうちゃんの手元の方を見てみるとふうちゃんの方のお弁当の中身はおにぎりとたい焼き一個ずつだった。
くっ…なんだそれ。
それだけみると案外女の子のお弁当としてあり得なくはなさそうなのがなんか悔しい。
ふうちゃんは小さく「いただきます」と言って手を合わせてから、まずはたい焼きを頬張っていた。
たい焼きから食べるとかやっぱそれ、デザートじゃなくて主食なんだな。
たい焼きを頬張るふうちゃんは「んー♪」とか言って目を輝かせてめちゃくちゃ幸せそうだ。その様子はお世辞抜きで超可愛い。
まぁ、これはこれで新しくていっか。ふうちゃんを見ていたら俺までお腹すいてきたということで、俺も食事に入る。
「いただきまーす!ってあれ?」
たっぷりと大盛かつぎっちり入った白米を摘まんでみると、意外にも間には海苔が敷かれていてただの白米じゃなくてノリ弁だった。しかもその下の層もある三層構造になっていて、一番下の層にはふりかけがかかっている。
なんだろう、これが逆の順番(白米層→海苔弁層→ふりかけ層)なら見た目かなり良い感じになっていただろうし、おかずなしのふりかけのり弁って男の子の弁当としてあり得なくはないのが悔しい。てか下手に好きじゃないおかず入っているよりはふりかけのり弁がっつり食べたいっていう気持ちがないわけじゃない。そもそも可愛い女の子が作ってくれたならおにぎりだけでも十分嬉しいってもんだ。
というわけで俺はがっつりとご飯をつまんで口の中に入れてみる。案の定、海苔とふりかけが染み込んで美味しいご飯だった。悔しいけど美味い。てか普通に美味い。想像していたものを裏切られた効果もあったのかもしれないが、俺にはそのお弁当が未だかつてないほど美味しく感じた。
「ふうちゃん、美味いよぉ…」
「そ、そんなに!?でも喜んでくれて良かったわ♪
明日もがんばるね!」
うっ、これを毎日ってのは流石にちょっと勘弁してほしい。




