第34話 決着①
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俺はこの堀北が約束を反故にする奴であることは百も承知であったし、反故にするためにいかなる手段も使ってくる奴だとよーくわかっている。だからこそ、俺はこの場に7人目、俺、ふうちゃん、小坂、小梢、後輩ちゃんに、堀北の6人以外の7人目を用意した。
俺は対戦前、トイレに行く振りをしながら部室の隣にある生徒会室に入ると、その人は既に生徒会室で待っていた。生徒会室は誰でも相談できる場所でもあるため、鍵はかかっていない。朝は誰もいないし密談にはピッタリの場所だ。
「峯岸先生おはようございます。
朝早いのに付き合ってくれてありがとうございます」
今回のキーパーソンの峯岸先生だ。俺は堀北と話をして対戦が決まった瞬間から、密かに得意技であるポケットに手を突っ込んだままスマホ操作によって堀北の言動を全て音声録音しながら、先生へのメールを打っていた。
「おはよう兼平。
まったく、兼平には驚いたぞ。
朝っぱらから部活のメンバー増やして同好会から部活に昇格させてくれだの、顧問を頼むだの私を指定して教員宛てメールを送ってきたと思ったら、今度は朝練するから立ち会ってくれとは。
私はまだお前の部活の顧問を引き受けるとは言っていないんだが?」
「ですけど、先生ここに来てくれたってことはやってくれないわけでもないんでしょ?」
「ま、まぁお前の部活なら別にやってやらんこともないが…」
「それならお願いします!
俺、先生くらいしか頼れる人がいないんです…。
先生は俺達の部活動にも唯一理解してくれてる先生ですし、凄く優しいですし…。
他に適任な人はいません!
どうかお願いします!」
峯岸先生は見た目クールではあるけれど、この土日にはネカフェゲーセンで俺や小梢と一緒にゲームして遊んでくれた人でもあるし、この人が休日にはコスプレした姿でアキバに出かけて密かに日ごろのストレスを発散しているのもみたことがある。
当然、俺のヲタク趣味にも寛容かつ理解もあって、小梢が遅くまで俺の部屋でヲタ活していることについても門限の時間までは見逃してくれるという女神のように優しい先生だ。
俺の部活が同好会から正式な部活へ昇格した際の顧問としてこれほど相応しい人はいない。
というわけで、俺が先生以外の人はダメなんだというオーラを全力で出す。すると、先生は見た目はいつものスマートでクールなままだけれども、ほんの少しだけ嬉しそうにみえる。面倒見の良い人なだけに押しに弱いことを毎日お世話になっている俺は知っている。とにかく褒めてごり押しだ。そして、そんな俺の作戦が効いたのか…。
「ぐぅ…そ、そこまで言われると…。優しいなんて初めていわれちゃったな…。
しかし、そ、そうか私くらいしか頼れる先生がいないのか。
なら仕方ないな!」
峯岸先生は案の定すぐに折れた。全く先生は本当に優しくて最高の先生だ。
「ありがとうございます!」
俺が顧問に就任してくれた峯岸先生にさっそく最初の仕事として堀北との勝負の立会を依頼。
これこそが俺の狙いだった。各部活動の部室の中の様子は生徒会室にあるモニターから確認できる。もちろん生徒会長以外は勝手に立ち上げられないが、先生は当然立ち上げ可能。学校内での不純異性交遊はこうして生徒会室や教職員室にあるこのモニターによって監視されているというわけだ。峯岸先生には密かにこの部屋から俺の部室だけを注視してもらうようにお願いしておいた。
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峯岸先生の登場に堀北は途端に焦りだした。
「ちょっ、ちょっと待て、兼平!なぜ先生を連れてきた?
お前が勝つまで先生には言わない約束じゃなかったのか?」
「堀北。俺は峯岸先生にはまだ何も言ってないよ。
ただ、勝負に立ち会ってもらい、勝った方の条件がきちんと履行されるか確認してもらいたいと頼んでおいただけだ。
ですよね?」
「ああ、そうだ。私はまだ兼平からこの部屋の様子をみておいてくれという以外は何も聞いてない」
「そ、そうか。って、
ハッ?
た、立会だと!?なんだよそれ!どういうことだよ!」
「堀北、どういうこととは、俺をナメているのか?
俺はお前が口約束を守る気がないのは知ってるんだよ。お前には1学期の始めにも同じ手でハメられたからな。
この前のような言い逃れは絶対にさせない。だからお前がさっき約束した内容は全て俺のスマホに録音しているし、お前に約束を履行させるため、その執行者として最も適任な人、恋人交換制度の監視委員もやっていらっしゃる寮監こと峯岸先生に立ち会ってもらったというわけだ」
「そういうことだ、堀北。
キミの横暴な態度は全てこの目でしっかりとみさせてもらったぞ。
負けたからと勝負をなかったことにするその腐った根性だけでなく、人の物や部室まで破壊するとはな。はっきり言って先程のキミの行いは停学等の重大処分ものだぞ!!」
「くそおおおおおおおおおおおお!!
ま、待ってくれ!こ、こいつがセコいハメ技使ってきたからなんだ!インチキだったんだ!」
「ほう?ハメ技?私には法条の意見と同じようにキミの攻めが単に咎められただけにしか見えなかったが?」
「い、いや違うんだ!
こいつが硬直中を狙った下段攻撃ばっかり仕掛けてきてハメてきたんだ!
素人にはわからないかもしれないけど、確かにそうだったんだ!」
「そうか、素人にはか。
悪いが私はキミが使ってるタイガーでキミよりも6段上の24段【拳帝】だぞ。メインキャラのカタルーニャでは30段クラスの神段位までいっている。クリスティーナよりも弱キャラと呼ばれるカタルーニャでな」
「な、な…」
「フッ、意外か?
一応、こんな部活の顧問をやっているし、崩拳は私の青春のゲームでもあるんだ。
中学生の頃から、それこそ崩拳TAG・4時代から親友のマチルダの奴とずっとやっていた。
今でも休日はアキバでアイツとよくやりあってる」
先生は顧問になったのがついさっきだというのに何故かベテラン顧問のような顔をしてドヤっている。
先生、実は前々から顧問の座を狙っていたのだろうか?
そう言えばマチルダさんが昔から仲良いヲタク友達がいるって言ってたけど、それって峯岸先生だったんだな。
峯岸先生はネカフェゲーセンで俺らと対等以上に崩拳を渡り合える古参の強豪さんだ。
BDカネコの社員であるマチルダさんも相当強いが、それと互角な峯岸先生も相当だ。
段位は最高で神段位しか行っていないが、それはどちらかというと仕事が忙しくてあまり遊ぶ時間がないからでもある。これまで積み上げてきたノウハウやスティック捌きなんかはそれこそ全国プレーヤーの崇レベルだ。
そう、俺が今回欲しかったのは、こういう峯岸先生のような玄人目線からのフェアなジャッジだった。1学期のときはそれがなかったせいで俺は堀北に言われるがままだった。あのときは審判はいないわ、堀北サイドのオーディエンスしかいないわで超絶アウェー空間だった。
だが、今日は違う。ここは俺のホーム。審判もオーディエンスも俺が選べる。
峯岸先生はさらに解説を続ける。
「堀北、キミの攻めはキミより玄人の私からすると相当雑だった。それも相手に対するリスペクトのかけらもない自己中心的な攻めばかりだった。
キミはな、自分しか見えてないから相手の下段攻撃にも反応できないんだ。
私なら発生30F以上のあんな下段攻撃は見てから余裕でガードできるぞ。
クリスティーナ側はそんな攻撃を仕掛けなきゃいけないほどタイガーに対して不利を背負っているんだ。しかもクリスティーナ側は2択は迫っているが、2択を読まれて技をガードされればタイガー側は簡単にクリスティーナを浮かせることができる。相手のことを深く読まなきゃ勝てないんだよ。はっきり言って、運だのハメだのでは説明できない程にキミの敗因ははっきりしていたぞ。
正々堂々、リスクを背負いながら攻めてきた攻撃をハメ技と言うとは、キサマこそ素人か!!
しかもキミはプレーヤーにとって何より大事な道具であるコントローラーを借りた身であるのにそれを叩き壊すわ、みっともない言い訳するわ、いい加減にしろッ!!
恥を知れッ!!」
「うぐ…」
公正かつ厳正なジャッジが堀北に下った。先生は不合理なことばかりする堀北に一喝した。
う…俺は怒られていないのに思わず俺までビクッとしてしまうほどのド迫力だ。
さすがの堀北も鬼寮監こと峯岸先生の一喝の前には黙るしかないらしい。
さて、ようやくコイツも聞く耳を持ち始めたようだし、いよいよ俺とコイツとのやり取りも決着のときだな。
「堀北、全部先生の言う通りだ。
お前はクリスティーナ殺しキャラで有名なタイガー使ってここまで一方的になるはずないって思ってたんだろうけど、そうだとしたら堀北、お前はこのゲームを勘違いしてるよ。
このゲームはな。多少実力に差があっても、キャラの性能差、相性差があっても、相手を良く知ろうとした方が勝つんだ。
俺は闇雲にプレーするのではなく、お前がどういう攻撃をしてくるのかずっと考えていた。
だからお前の技もスカせたし、的確に確定反撃攻撃を入れられた。
特に今のお前みたいに、何も考えずにただキャラ差で圧殺しようとする奴に勝つことなんざ簡単過ぎるんだよ。攻撃が単純だからな!
お前の敗因はプレーヤーレベル以前のところ、お前が相手を見なさすぎるところが敗因だ。
結局、お前は表面的にしか人を見ない。だから浅野にも捨てられる。
これに懲りたらもう少し人の中身を知ろうとする努力をするんだな」
「なんだよ兼平が偉そうに!
ただのゲーマーが俺に偉そうに語るな!何がこのゲームを勘違いしてる、だ!
テメーはこのゲームの開発者かよ!」
「そうだが?」
「は?」
「ああ、もちろん開発者は俺一人じゃないないぜ。
ただ、俺がデバッグプレーもしてるし、キャラのバランス調整に対する意見も出してる」
「な、なんで素人のお前がそんなことを?」
「なんだ、堀北、キミは半年近く兼平と一緒にいながら気づいてなかったのか?
兼平はな、崩拳の産みの親であるBDカネコの創業者の孫だぞ」
「ハ、ハアッ!?」
「兼平はゆくゆくはBDカネコを背負う人間だ。そして幼い頃からゲーセンの現状を肌で体験して研究し続けているプロゲーマーの一人だ。
こんな凄い人間と同じ学び舎で学べてお前たちは大層幸せだなと羨ましく思っていたのだが、本人らは全く気付かずだったのか。もったいない」
「先生、それ一応秘密にしてましたので…」
「そうか、そうだったのか。
それはすまなかったな。けれど、隠し通そうとしてもお前の研究成果、各ゲームへのコメントなんかは既にアーケードゲーム専門誌のユートピアに何度も載っているし、今も立派にプロとして活動しているのだからいずれは必ずわかるものだろ。あんまり隠してるのもお前の将来のためにも良くないと思うぞ。プロゲーマーたちの活動拠点でもあるこの部活動もただの遊びサークルだとあらぬ誤解を与えてしまうぞ」
「確かにそうですね…ただ小中学校はそれもあって友達ができなかったと思ってたのもあったので、もうちょっと普通の高校生をやってみたかったんです。
ま、その結果が今の俺ですから、結局家はあんまり関係なかったとわかりましたけどね。
先生が皆に言ってくれたことで逆にスッキリしました。自分ではなかなか言い出せるものでもありませんでしたし」
「そうか。なら良かった
堀北、そういうことだ。開発者サイドの有り難い話が聞けて良かったな」
「くっそおおおおおおおおおおーーー!!
なんだよそれ!そんなの聞いてねぇよ!!ちくしょおおおおおお!!」




