第30話 小梢の介入
「クッ…。
そこまで言われちゃしゃーねぇな」
「決まりだな」
しぶしぶ了承する堀北を見て俺が場所を変えようとすると、堀北は俺の肩を掴んで止めてきた。
「い、いや!ちょっと待て!
そ、それじゃあ足りねー!」
「なんだよ、この期に及んで…」
堀北はさっきとはまるで違う真剣な表情で俺を制止させた。どうやら嫌な予感を感じ取ったらしい。
「…そうだ。
よく考えたら俺には後がねーんだ。
お前との勝負に勝とうが、コイツに0点付けられたらどの道、俺は終わる。兼平、お前の提案は一見メリットがあるように見えて、俺には何のメリットもねぇ。
ただの現状維持、それだけじゃねーか。
だいたい、よく考えれば脅したとはいえ、実際の行動についてはまだ未遂なんだ。
俺が撤回したってことまで話せば大した問題じゃないはず。
俺にだってコイツに0点付ける権利がある。お互いに武器を持った対等な状況だからこそ0点つけねーっていうけん制が働くってのにそんなこと約束しちまったら俺に0点付け放題じゃねーか。
あぶねーあぶねー」
チッ、コイツ、気付きやがったか。
「クックック。
兼平、勝負は受けてやるが、その代わりに最低でも俺の評価点を0にしないことだけはソイツに約束させろ。
それができねーってなら俺もコイツに0点を付けて絶対道連れにしてやる。
そうなりゃ、コイツを好きになってくれた超レアな彼氏ともお別れだ。
クックック。そうだ、そうだ。そうだった。良く考えたらコイツも0点付けられたら困るんじゃねーか。
兼平…何でお前が先生のところに駆けこまずに俺にしつこく勝負を迫ってきたのかどうにも腑に落ちなかったが、そういうことだったのかよ。
ようやく納得いったぜ。こんな芋娘の恋人ごっこのために熱くなってつっかっかってきたってのかよ!
プッ、アッハッハッハッハ!やっぱテメーはマジでアホだな!
オメエが一番困ることが分かっちまった以上、はいそうですかと誰が受けるかよッ!
よく考えればお互いまだ失いたくないモンがあるって意味じゃまだ対等なんだ!俺の条件を付けくわえさせてもらう!」
「・・・チッ」
「それにそうだ!俺は今回ペナルティなしでこの学校に残れさえすれば一旦交換制度からは外れるが、逆に言えば俺はこの学校でまだ誰とも付き合ってない奴を使ってまたこのイベントに復帰できる!
告白フェスタがあったってのに彼氏なしの女じゃレベルは大分落ちちまうが上を目指すんなら背に腹は代えられねぇ。そうだ、俺は0点さえつかなきゃいくらでも再起できんじゃねーか!
なら、俺の条件は決まりだな!
勝負を受ける代わりにソイツに1点以上付けさせることを約束させろ。
んでもって、俺が勝ったらそいつに俺に10点付けた上でお気に入り登録してもらうおうじゃないか。
逆に俺が負けたらそいつに10点でもつけてやるしなんても言うこと聞いてやるよ。
その条件でこそ本当に対等な条件だ。そうだろ?」
堀北はそう言ってニヤ付く。
さすがは、これまでずるがしこくやってきて今の地位まで上り詰めた堀北だ。やろうとしていることは都合のいい女子を使い捨てにしようというクズの所業だが、転んでもただでは起きないらしい。
けれど、堀北の指摘するようにそこが今回のウィークポイントだったのも確かだ。
俺はそこを意識させないように勝負に持ち込んで堀北の方だけこの子にペナルティつけさせないことを確約させて、あとはこいつを島流しにするかどうかはこの子に任せてしおうとしたんだが、その罠にも気づくとは伊達にリア充のトップカースト所属してるわけではないらしい。
しかし、俺もこの子の評価を勝手に決めさせるわけにはいかないし、この子が1点以上付けることを確約するのは非常にマズい。弱った…。どうしたもんか…。
俺がそうして数秒ばかり悩んで返答できずにいると、後輩ちゃんが出てきてしまった。
「兼平せんぱい、私は別にそれでいいですよ…。
もし兼平せんぱいが負けたらそれで構いませんし、堀北先輩に最低でも1点以上は付けます」
後輩ちゃんが小さな声でそう零すと、堀北はニヤリと笑う。
クッ、その約束だけはマズいっていうのに!
だが、今の俺には堀北を説得させられるだけの他の案が思いつかない。
けれどその瞬間、ふうちゃんが後輩ちゃんの前を塞いだ。
「アナタ、そんな約束はしちゃだめよ。さっきのこの人の話聞いてなかったの?
評価っていうのは何が付くかわからないからこそきちんと付き合うんだから。アナタが0点付けないなんてそんな約束をしたら残りの6日間、本当に酷い目に遭うわよ」
「ほ、法条先輩…」
ふうちゃんは優しく後輩ちゃんへと語り掛けてさっきの提案を撤回するよう促した。後輩ちゃんはハッとしてその約束のまずさに気づいたらしく、すぐに黙った。
ふ、ふうちゃんが先輩やってる!ふうちゃんが甘えん坊のポンコツちゃんなのはどうやら俺の前でだけらしい。
ふうちゃんは続けて堀北の前へと進んだ。
「ねぇ、堀北君?あなた、そんなに自分のこと凄いって言ってるのに、散々侮ってたこの子からたったの1点すら取ることも難しいっていうの?
あなたのレベルってそんなもんなの?違うよね?
この学校のカーストトップにいるっていうならそれくらい実力で取って見せてよ」
「ハッ?なんだよ法条、いきなり出てきて。
自信がねーわけねぇだろ?
退屈なんだよ。なんもなくこんな芋と過ごすなんてな」
「ふーん。それなら私がその退屈さを紛らわしてあげてもいいけど。
もし、この人が負けたなら、私があなたに交換チケットを使ってあげるわ。それに交換恋人として付き合うことになったら親衛隊のみんなも外して1対1で付き合ってあげる。
もちろん、あなたがこの1週間ちゃんとこの子と交際して、実力で1点以上取って、その後、また誰かと恋人になれたらの話だけどね。
それならどう?」
「おいおい、マジかよ。法条が?俺と?
願ってもねー話だ!
乗った!
おいおいマジかよ。コイツから評価1以上取るだけで法条が手に入るのかよ!最高じゃねーか!
由里や木村のヤローが悔しがる姿が目に浮かぶぜ…。
クックック!俺にもツキが回ってきたな!」
「ちょっと、ふうちゃん!?」
ふうちゃんはあろうことか、自分を景品にして後輩ちゃんを庇っていた。堀北はさっきは羨ましくないとか言っていたが、見た目重視なコイツからすると、容姿が100点満点すら振り切っているふうちゃんは本当は喉から手が出るほど欲しかったようだ。
俺は慌てて「ふうちゃん、そんなのダメだって」と止めに入ったが、ふうちゃんは全く慌てることなく俺に耳打ちする。
「大丈夫よ。あっくん負けないでしょ?
私、信じてるもん♥」
ふうちゃんは耳打ちするとぴょんと離れて俺と視線を合わせた。
ふうちゃんは完全に俺を信じ切った目をしている。
はぁ…。俺はふうちゃんのその目に弱いんだ…。
確かに負けるつもりもないしな。というか俄然ヤル気も湧いてくる。
だが俺がふうちゃんの覚悟に折れようとしていたところ、別方向から反対意見が出た。
「いいえ、だめですよ、ふうちゃんセンパイ!
そういう役目はせんぱいの本恋人である私がするべきなんですから」
「こ、小梢!どうしてここに!?」
「どうしてって、ふうちゃんセンパイの親衛隊が取り囲んでたらせんぱいが何かしてるってわかりますって。
様子見に来てみれば、よりによって私の友だちの千影ちゃんをたらしこんでたなんて…。
変な所で手が早いですねっ!」
そういって、小梢は俺の腕をペシペシ叩いてくる。手が早いのはどっちだよ。小梢はいつの間にふうちゃんを親しみ込めたふうちゃんセンパイ呼びに変更していて、これにはふうちゃんもいつの間にそんなに仲良くなったっけ?と呆気にとられている。
すまんな、こいつはマイペースなんだわ。本彼氏の俺のことはいつまでも「せんぱい」呼びだし。しかも俺が後輩ちゃんに手を出したとかあらぬ嫌疑までふっかけてやがる。
「てか、たらしこんでねーし!つか、この子、お前の友だちだったのかよ!なんか見覚えあるわけだ!」
小梢は俺に背中を向けて後輩ちゃんの方へと駆け寄っていく。
「せんぱい、気付くの遅いですよ。てか、千影ちゃんは私たちが出会ったあの時にも居ましたからね?
千影ちゃんもダメだよ、このせんぱいはダメダメなんだから…。
悪い人についてっちゃダメっていったよね?」
「う、うん…でもね、ちがうの。せんぱいは悪くないの…悪いのは私なの…。
これはきっと前世の因果なの…。
せんぱいたちがね、あのときの大戦と同じように私を奪い合って戦っちゃうんだって…。
うぅぅ、こんなところでも前世の影響が出ちゃうなんて…なんて強い因果なの?」
小梢の奴、俺のことをダメダメだの、悪い人だの酷い言いっぷりだ。だが、いきなり現れた小梢に叱られた後輩ちゃんの方は遠い目をしながら俺でも意味不明なことを口走っていた。だ、大丈夫なのかこの子は?まさか厨二病患者って奴なのか?
「あちゃー。千影ちゃんまたいつもの病気でてるよ…。これだから現役ラノベ作家はっ!すぐに物語の中に入り込んじゃうんだから!
ま、しばらくしたら妄想から醒めていつも通り「はわわー」ってなるし、放っておきますかねー」
小梢は千影ちゃんという名前らしき後輩ちゃんの様子を見て大きくため息をする。後輩ちゃん、ラノベ作家だったのか…。なんか小坂同じくヤベ―奴のオーラというかそういう直感が働いてたんだけど、そういうことだったんだな。小梢の友だちじゃそういう奴でもおかしくはないか。なんたって小梢の友だちだもんな。
一方、小梢の方は、今度は堀北の方へと向き直って、いつもより半オクターブ低い声で声をかけていた。
「さて、それはとにかく、堀北先輩。
堀北先輩は私と付き合いたいんですよね?
それなら私がふうちゃんセンパイの代わりに景品になってあげます。堀北先輩が勝ったら私が先輩に交換チケット使ってあげます。それならどうです?」
「マ、マジで!?
くっ…法条も捨てがたいが、神崎も捨てがたい!くそー!モテる男はツラいぜ!
え、選べねー!!」
堀北の脳内はどんだけハッピーなのかわからんが、奴の中では、二人が景品に名乗りをあげたこと=自分が好き、と捉えてるらしい。やっぱトップリア充の脳内はヤバいな。ハッピーパウダーキメてんじゃないかと思うくらいのハッピーっぷりだ。
堀北は二人をじっと見比べて悩んでいて正直キモい。アホなのか、コイツは?
数十秒悩んだ末に堀北は決断した。
「いや、ここは初志貫徹じゃないが、神崎だ!神崎はモロ俺のタイプだしな!」
「じゃ、決まりですね♪
ただ、私、前にも言いましたが、崩拳の弱い人は嫌いなので、対戦の種目はあのときと同じく、崩拳でいかがでしょう?」
「崩拳だと?
むしろ望むところだ!」
小梢はいきなり堀北に話しかけたかと思ったら有無を言わさない感じで仕切りはじめて、あっという間に自分が景品になった上で堀北との勝負の内容等を俺抜きで勝手に決めていた。
結局、勝負種目は崩拳か。まぁいいけどな。
てか、今の小梢は一応見た目はきゃぴぴっとした可愛い後輩モードなんだが、普段の小梢を知っている俺からすると、若干声が低いのがわかって少し怖い。コイツ相当怒ってやがる。
こいつはこいつで物凄く勘の良い奴だ。
友だちが堀北に一体何をされたのか感付いている。
いや、それだけじゃない。俺は堀北にされた仕打ちについてどうでも良いと思っていたが、対戦種目としてあの時と同じく崩拳を選ぶあたり、どうやら小梢の方は俺が堀北にハメられたことを決して忘れてはいなかったらしい。
まったく本人も気にしてないことをよくもここまでという感じだよ。
あれは1学期始まってちょっとクラスに慣れたGW明けくらいだったっけかな…。




